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聖女の旅路
第十三章第11話 難民たちの事情(後編)
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クリスさんは真剣な表情で私の目を見てくる。
「では、申し上げます。今回の件はレッドスカイ帝国の内政の問題です。行って種を授けるなどの行為は問題ないと思いますが、税の支払い拒否の件や魔物退治の件にまで踏み込むことは、フィーネ様がレッドスカイ帝国そのものと対立することになりかねません。そうなればゴールデンサン巫国から拉致された人々を助けるということの足かせにもなってしまうでしょう」
「うーん、じゃあ、どうしたらいいんでしょうか?」
「それは……そうですね」
クリスさんは少し考えるような素振りをみせたが、すぐに口を開く。
「やはりここは当事国であるグリーンクラウド王国に動いてもらうのが良いと思います。たとえばフィーネ様がグリーンクラウド王に種をお与えになり、それを使って拉致された者たちの件も含めて交渉してもらうことで話は一挙に進むのではないでしょうか? もちろんグリーンクラウド王の協力は必要ですが……」
「なるほど……」
「え? あいつらの……」
私が納得していると、先ほど答えてくれた難民の男性が嫌悪感を隠さずにそう呟いた。
「ええと、皆さんはこの国の人たちに何かされたんですか? 町の中には入れてもらえていないですけど、皆さんを魔物から守るための警備の兵士がいるように見えるんですけど……」
すると男性は顔を真っ赤にし、大声で怒鳴り始めた。
「はぁ? あいつらは魔物が来ても見て見ぬふりですよ。しかもちょっと気に入らないと殴ったり蹴ったりしてくるし、女子供にまで乱暴をするやつだっているんです! 追い返されて魔物に殺されたやつだって! あいつら、俺らがレッドスカイ帝国民だから差別してやがるんだ!」
えっ!? 殴る蹴るだけじゃなく、女性に乱暴まで? どうしてそんな酷いことを?
しかし男性が怒鳴ったせいで遠くにいたレ・タインさんたちに聞こえてしまったのだろう。今度はレ・タインさんが顔を真っ赤にして駆け寄ってきた。
「ええい! 黙って聞いておれば! ハイディンの民を養うだけで精一杯なところに押しかけてきたお前たちにこうして家を与えてやったではないか! それに食料だって配給してやっているのだぞ! お前たちにくれてやった分がなければそれだけハイディンの民の腹がふくれたというのにだ!」
「はぁ? 一日に具のほとんど入ってない肉まんが一つじゃないか! そんなんでどうやって生きていけって言うんだ! 子供だっているんだぞ! 足りるわけないだろ! だから子供に食わせるために森に入って、それで何人殺されたと思っているんだ!」
激怒しているレ・タインさんに難民の男性もまた怒りをあらわにする。
「なんだと? 勝手にやってきたくせになんという言い草だ! そもそもだ! どうしてレッドスカイ帝国から来たお前たちを我々が助けなければいけないんだ! 自分の子供を食わせられないお前たちが悪いんだろうが! 我々だって自分たちの子供を食わせるのに必死なんだ! 我々の子供たちですら! 腹いっぱい食えない状況なのだぞ! なのにどうしてお前らを腹いっぱい食わせなきゃいけないんだ! 食料を恵んでやってる時点でありがたく思え!」
「なんだと!? これだからグ――」
「もうやめろ! 馬鹿!」
レ・タインさんと罵り合いをしていた難民の男性は別の難民の男性によって羽交い締めにされ、、奥へと連れて行かれた。
「はぁはぁ、聖女様、お見苦しいものをお見せして申し訳ありません」
「いえ……自分たちの民を食べさせてあげるのが優先だというレ・タインさんのお話は理解できます。ただ、あの人は兵士の人が女性に乱暴をしたり、何もしていない人に暴力を振るったと訴えていましたよ」
「そのようなことは報告を受けておりません。もし本当にそんなことがあったのであれば問題ですので調査はいたしますが、ご覧のとおりの状況です。おそらくきちんとした証拠は見つからないでしょう。そして証拠が見つからなければ処罰することは……」
ああ、うん。たしかにそれはそうだ。
それにこれだけこじれた状況で兵士の罪を問うために難民たちに事情を聞けば、きっと彼らはかなり誇張して伝えてくるだろう。一方で兵士たちが本当にそんなことをしていたとしても、彼らが罪を自ら懺悔するとは考えにくい。
もちろん私が【魅了】と【闇属性魔法】で無理やり聞き出すことはできるが、あれはできるだけ使いたくない。
それに今回の問題は、どちらかを悪と断じて裁くことは難しそうな気がする。難民の人たちは生きるために必死なのだし、ハイディンの人たちだって自分たちが生きるために必死なのだ。
誰が一番悪いかと言われれば、やはり魔物の被害が多発しているのにリーチェの種を渡さず、将軍を派遣しないレッドスカイ帝国ということになりそうな気がする。
かといって私が直接文句を言いに行くのは、クリスさんの言うとおり問題をややこしくするだけな気がする。
となると、私にできることはせめてここの子供たちがしばらく飢えない程度の食料を提供してあげることぐらいか。
「……そうですね。わかりました」
私がそう返事をすると、レ・タインさんはホッとしたような表情を浮かべたのだった。
「では、申し上げます。今回の件はレッドスカイ帝国の内政の問題です。行って種を授けるなどの行為は問題ないと思いますが、税の支払い拒否の件や魔物退治の件にまで踏み込むことは、フィーネ様がレッドスカイ帝国そのものと対立することになりかねません。そうなればゴールデンサン巫国から拉致された人々を助けるということの足かせにもなってしまうでしょう」
「うーん、じゃあ、どうしたらいいんでしょうか?」
「それは……そうですね」
クリスさんは少し考えるような素振りをみせたが、すぐに口を開く。
「やはりここは当事国であるグリーンクラウド王国に動いてもらうのが良いと思います。たとえばフィーネ様がグリーンクラウド王に種をお与えになり、それを使って拉致された者たちの件も含めて交渉してもらうことで話は一挙に進むのではないでしょうか? もちろんグリーンクラウド王の協力は必要ですが……」
「なるほど……」
「え? あいつらの……」
私が納得していると、先ほど答えてくれた難民の男性が嫌悪感を隠さずにそう呟いた。
「ええと、皆さんはこの国の人たちに何かされたんですか? 町の中には入れてもらえていないですけど、皆さんを魔物から守るための警備の兵士がいるように見えるんですけど……」
すると男性は顔を真っ赤にし、大声で怒鳴り始めた。
「はぁ? あいつらは魔物が来ても見て見ぬふりですよ。しかもちょっと気に入らないと殴ったり蹴ったりしてくるし、女子供にまで乱暴をするやつだっているんです! 追い返されて魔物に殺されたやつだって! あいつら、俺らがレッドスカイ帝国民だから差別してやがるんだ!」
えっ!? 殴る蹴るだけじゃなく、女性に乱暴まで? どうしてそんな酷いことを?
しかし男性が怒鳴ったせいで遠くにいたレ・タインさんたちに聞こえてしまったのだろう。今度はレ・タインさんが顔を真っ赤にして駆け寄ってきた。
「ええい! 黙って聞いておれば! ハイディンの民を養うだけで精一杯なところに押しかけてきたお前たちにこうして家を与えてやったではないか! それに食料だって配給してやっているのだぞ! お前たちにくれてやった分がなければそれだけハイディンの民の腹がふくれたというのにだ!」
「はぁ? 一日に具のほとんど入ってない肉まんが一つじゃないか! そんなんでどうやって生きていけって言うんだ! 子供だっているんだぞ! 足りるわけないだろ! だから子供に食わせるために森に入って、それで何人殺されたと思っているんだ!」
激怒しているレ・タインさんに難民の男性もまた怒りをあらわにする。
「なんだと? 勝手にやってきたくせになんという言い草だ! そもそもだ! どうしてレッドスカイ帝国から来たお前たちを我々が助けなければいけないんだ! 自分の子供を食わせられないお前たちが悪いんだろうが! 我々だって自分たちの子供を食わせるのに必死なんだ! 我々の子供たちですら! 腹いっぱい食えない状況なのだぞ! なのにどうしてお前らを腹いっぱい食わせなきゃいけないんだ! 食料を恵んでやってる時点でありがたく思え!」
「なんだと!? これだからグ――」
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「いえ……自分たちの民を食べさせてあげるのが優先だというレ・タインさんのお話は理解できます。ただ、あの人は兵士の人が女性に乱暴をしたり、何もしていない人に暴力を振るったと訴えていましたよ」
「そのようなことは報告を受けておりません。もし本当にそんなことがあったのであれば問題ですので調査はいたしますが、ご覧のとおりの状況です。おそらくきちんとした証拠は見つからないでしょう。そして証拠が見つからなければ処罰することは……」
ああ、うん。たしかにそれはそうだ。
それにこれだけこじれた状況で兵士の罪を問うために難民たちに事情を聞けば、きっと彼らはかなり誇張して伝えてくるだろう。一方で兵士たちが本当にそんなことをしていたとしても、彼らが罪を自ら懺悔するとは考えにくい。
もちろん私が【魅了】と【闇属性魔法】で無理やり聞き出すことはできるが、あれはできるだけ使いたくない。
それに今回の問題は、どちらかを悪と断じて裁くことは難しそうな気がする。難民の人たちは生きるために必死なのだし、ハイディンの人たちだって自分たちが生きるために必死なのだ。
誰が一番悪いかと言われれば、やはり魔物の被害が多発しているのにリーチェの種を渡さず、将軍を派遣しないレッドスカイ帝国ということになりそうな気がする。
かといって私が直接文句を言いに行くのは、クリスさんの言うとおり問題をややこしくするだけな気がする。
となると、私にできることはせめてここの子供たちがしばらく飢えない程度の食料を提供してあげることぐらいか。
「……そうですね。わかりました」
私がそう返事をすると、レ・タインさんはホッとしたような表情を浮かべたのだった。
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