勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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聖女の旅路

第十三章第7話 ハイディンの現状

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「グリーンクラウド王国へ、そしてハイディンへようこそお越しくださいました。ハイディンの民を代表し、このレ・タインが御礼申し上げます」
「いえいえ。私も魔物たちが人を襲うような状況を放ってはおけませんから」
「ありがとうございます。そう仰っていただき、ハイディンの民も安堵しておることでしょう」
「ええと、まずは種ですよね」
「おお! あの魔物が出現しなくなるという!」
「はい。ですが、この種も万能なわけではありません。そもそも魔物とは――」

 私はこれまでに知った魔物に関する知識をチャンドラ王子とレ・タインさんに伝えた。

「なんと! 魔物とはそのような……」
「まさか我々の悪しき欲望によって生み出されていたとは……」

 二人は、いや、二人だけではない。その話を聞いていた人たちは皆、同様に絶句している。

 やはり魔物と瘴気と人間の関係は正しく伝わっていないようだ。一度は人の神がその身を犠牲にしてまで瘴気をなんとかしようとしたのだから、なんらかの形で伝わっていても不思議ではないはずなのだが……。

 ん? ああ、そうか。それがあの「魔物は人間の罪の写し鏡」という教会の教えか。たしか人間は魔物が暴れているのを見て自らを律し、家族や周りの人を大切にし、神に祈りなさい、みたいな感じだったっけ?

 ううん。そんな曖昧で回りくどい言い方をしているせいできちんと伝わっていないのだと思うのだが……。

「せ、聖女様。我々は一体どうすれば……」
「これ以上瘴気を生み出さないようにするには、人間が正に傾き、自ら光り輝く必要があります」
「自ら光り輝く……」
「はい。聖女とは人々に希望を与えるための存在ですが、決して瘴気の、魔物の問題を解決することができるわけではありません。種を植えれば周囲の瘴気を浄化し、魔物が生まれづらくすることはできるようになりますが、それが永遠に続くわけではないんです」
「……つまり、問題を解決するには我々が変わる必要がある、と」

 レ・タインさんは真剣な表情でそう確認してきた。

「はい、そのとおりです」
「そう、でしたか……」

 レ・タインさんは少し気落ちした様子だ。

「ですが、今周囲で暴れている魔物を解放するのはお手伝いしますよ」
「ほ、本当ですか!?」
「はい、もちろんです」

 レ・タインさんはそれを聞いて表情を輝かせる。

「魔物たちだって、暴れたくて暴れているわけではありません。あの子たちは瘴気からくる衝動に突き動かされているだけで、それさえなければ本当はいい子たちなはずなんです」
「さ、左様でございますか……」

 私の発言にレ・タインさんの表情が強張った。優しい魔物を見たことがないだろうから仕方のないことなのかもしれないが、理解されないというのは悲しいものだ。

「というわけで、現状をもう少し詳しく教えてもらえますか?」
「はい。船上からご覧になっているかもしれませんが、ここハイディンは北、西、南の三方を深い森に囲まれております」
「はい」
「この森は昔から魔物が多く出現する地として知られておりました。ですからハイディンは古来より、レッドスカイ帝国の侵略に対抗するだけでなく、魔物との戦いの最前線でもありました」
「そうでしたか」
「とはいえレッドスカイ帝国とは貿易を通じた関係もございまして、常に敵同士というわけではありませんでした。ただ、人や物の流れは原則として海を利用していました」
「森に魔物が出るからですか?」
「はい」
「あれ? でも難民が増えているって……」
「それは我が国の民ではなく、レッドスカイ帝国から来た難民なのです」
「太守! それは!」

 レ・タインさんの発言をお付きの人が慌てて止めに入ったが、レ・タインさんは首を横に振った。

「お前も聖女様のお言葉を聞いていただろう。我が国の都合だけを考えるという行為もまた、魔物を生み出す原因の一つであるはずだ」
「それは……」
「聖女様、我が国の民は首の皮一枚といったところではありますが、なんとか守れておるのです。港からこちらへ向かわれる馬車の中からご覧になったかと思いますが、ハイディンの町は今、治安が大変悪化しております。その大きな原因はレッドスカイ帝国からの難民です。彼らは頼る相手もおらず、また我々には彼らを保護する余裕がありません」
「……」
「とはいえ命懸けで抜けてきた魔物の出る森に追い返すわけにも行かず、町の周囲に勝手に住み着いているのを黙認しておったのですが、いつの間にか町の中に入り込んでおりまして、盗みや乱暴を働く者が現れ、警備を強化せざるを得なくなりました」
「そうでしたか」

 となると、ハイディン周辺の魔物をなんとかするだけでは意味がなさそうだ。レッドスカイ帝国側の人たちもなんとかしてあげないと。

「レッドスカイ帝国の状況はどうなっているんですか? 難民の人たちはなんと言っているんですか?」
「え? あ、それは……」
「ええっ? まさか何も分かっていないんですか?」
「はい。我々もそれどころではなく、また彼らも我々を信用していないようでして……」

 ええと、レ・タインさんってもしかして……いや、まあいいや。私たちが手の回らない分を手伝ってあげればいいだけだ。

「それでは、何があったのかを調べてもらえますか? 私たちは周囲の魔物たちを解放してあげようと思います」
「っ! ありがとうございます!」

 レ・タインさんはそう言って頭を下げてきたのだった。

 うーん、それにしても将軍は一体何をやっているんだろうか?

 絶対に一人でふんふん言いながらあの斧槍をブンブンと振り回し、魔物の群れに突撃していそうなものなのだが……。
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