勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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聖女の旅路

第十三章第6話 港町ハイディン

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 チャンドラ王子の船でゴールデンサン巫国を後にした私たちは、長い航海の末にハイディンというグリーンクラウド王国の港町へとやってきた。

 この港町はグリーンクラウド王国の北東部に位置しており、レッドスカイ帝国との貿易の一大拠点となっているそうだ。だがそれは一方で国境の町でもあるということも意味しており、貿易港であると同時に軍港となっていて、武装した船も多く停泊している。

 そのため港には武装した兵士たちがあちこちに立っており、どことなくピリピリした雰囲気も漂っている。

「聖女様、馬車をご用意しております。さあ、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」

 チャンドラ王子に促され、私たちは馬車に乗り込んだ。ユルギュに置きっぱなしの馬車とはかなり形が違っていて、日よけはあるものの窓ガラスのないオープンな構造になっている。このあたりはだいぶじめじめして蒸し暑いので、きっと通気性をよくするためにこのような形になっているのだろう。

 そんな馬車に乗って大通りを通っているのだが、どこか町の雰囲気が暗いように感じる。それと、あちこちに武装した兵士が立って警備もしているのも気になる。軍港も兼ねている港なのだから警備兵があちこちにいることも不思議ではないが、一般人が通るであろう大通りにもこれだけ兵士がいるのはやりすぎのような気がする。

 ……もしかして、このあたりはあまり治安が良くないのだろうか?

 そう考え、私は思い切ってチャンドラ王子に質問してみる。

「チャンドラ王子」
「いかがなさいましたか?」
「町の雰囲気が少し暗い気がします。それに警備の兵士も多いように見えるのですが……」
「はい。残念ながら魔物の増加に伴い、難民が増えています。その影響で現在、残念ながら町の治安が大幅に悪化してしまっているです。なるべく保護し、仕事を見つけられるようにと努めてはいるのですが手が回っておらず……お恥ずかしい限りです」
「そうでしたか。故郷が魔物に?」
「はい。我が国としてはこの事態に危機感を持っておりまして、我が王も全力で問題の解決を目指しております。ですが増え続ける魔物にどうしても対処しきれず、こうして聖女様におすがりしたという次第でございます」

 なるほど。つまりグリーンクラウド王国としては頑張ったものの、もはやにっちもさっちも行かなくなってしまったということのようだ。

 それこそ将軍のように人間離れした強さの人がたくさんいればどうにかなるのだろうが、そんな人がそこらじゅうにいるわけではない。

 と、そこまで考えたところで私は将軍のことを思い出した。

 ……きっと魔物がいると聞いたら嬉々として突っ込んでいくんだろうなぁ。

 って、あれ? そういえば、将軍はあの戦争でゴールデンサン巫国の人たちを相手に戦っていたのだろうか?

 もし将軍が来ていたのなら、サキモリの被害はあんなものでは済まなかったと思うのだが……。

 それによくよく考えれば女性を無理やり攫って行くなんてやり方、将軍らしくない。将軍はもっと、こう、正面から突っ込んでいって全部なぎ倒すというか、そんな感じの戦い方をしそうな気がする。

 となると、結局出陣せずに今でもイーフゥアさんの尻に敷かれているのだろうか?

 その様子を想像して、私はなんだかほっこりした気分になった。

 うん。戦争なんかするよりそっちのほうが平和でいいよね。

「聖女様?」
「あ、いえ、すみません。少し考え事をしていました。よかったら魔物に困っているという件もお手伝いさせてください」
「っ! よろしいのですか!?」
「もちろんです。こう見えても、ホワイトムーン王国では魔物暴走スタンピードから町を守るために戦ったりしていますからね」
「ありがとうございます!」

 チャンドラ王子は心底嬉しそうにそう言って頭を下げてきたのだった。

◆◇◆

「聖女様、ようこそグリーンクラウド王国へ。私はハイディンの太守レ・タインと申します」
「フィーネ・アルジェンタータです」

 馬車に乗って到着した先はこの町の太守のお屋敷で、館の入り口では立派な服を着た人たちがずらりと並んで私たちを出迎えてくれた。

 ただ、服装が何やらレッドスカイ帝国のものと近い気がする。チャンドラ王子はターバンを巻いているのにこの違いはなんなのだろうか?

「ささ、どうぞこちらへ。チャンドラ殿下も、お役目ご苦労様でした」

 そんな疑問を抱きつつも、私たちはレ・タインさんに案内されてお屋敷の中へと足を踏み入れる。

 立派な石造りのお城のような感じで、門の上にはレッドスカイ帝国のあちこちで見かけた楼が鎮座している。建物の内部もやはり似たような感じだが、派手さはこちらのほうが少ない気がする。

「聖女様、何か気になることでも?」
「え? ああ、ええとですね。この建物はずいぶんとレッドスカイ帝国のものに似ているな、と思っていまして」
「ああ、それはですね。かつてこの地にあったハイディン王国が、一時期レッドスカイ帝国に支配されていた歴史があるからです。ですからその頃の名残がこうして残っているのです」
「そうなんですか?」
「はい。ですがレ・タイン太守の先祖がレッドスカイ帝国の搾取に反旗を翻し、なんとか独立を果たしたのです」
「はぁ。それが今のグリーンクラウド王国なんですか?」
「いえ、そうではありません。ハイディンが王国が独立した後もレッドスカイ帝国は常に領土を狙い、侵略を繰り返してきたのです」
「なるほど」
「それからもハイディンは今のグリーンクラウド王国の前身となる四つの王国と手を結び、レッドスカイ帝国の度重なる侵略を撃退してきました。その後、個別に対処するよりも一つの国となったほうが良いということになりまして、そうしてグリーンクラウド王国という一つの王国となったのです」
「そうだったんですね」
「はい。そのような歴史がありますので、我が国はレッドスカイ帝国の脅威にさらされたゴールデンサン巫国に手を差し伸べたのです。もちろん、聖女様がいらしたということもありますが……」

 なるほど。ということは、もしかするとゴールデンサン巫国に攻め込んだのも吸血鬼というのはただの口実で、単に新しい領土が欲しかっただけだったりするのかな?

 そんな話をしているうちに目的の部屋に着いたようだ。

「ささ、どうぞこちらにおかけください」
「はい。ありがとうございます」

 私たちはレ・タインさんに勧められ、竹で編まれたちょっとオシャレな椅子に腰かけるのだった。
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