勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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聖女の旅路

第十三章第3話 それぞれの悩み

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 朝食を食べ、テッサイさんの道場の掃除を手伝った後、私はルーちゃんと一緒にミヤコの名物であるサバ寿司を買うためミヤコの目抜き通りへとやってきた。サバ寿司は特別なお祝いのときに食べるミヤコの伝統料理らしい。

 では一体なんのお祝いなのかというと、今日は若い門下生たちが初伝に到達したかを測定する試験をするのだそうだ。試験と言っても、受験する門下生たちの中にはテッサイさんが合格できると思って受験を奨めた子もいるため、合格者が出ることは間違いない。

 つまり私たちはその合格祝いで出されるサバ寿司を買い出しに来たというわけだ。

 あ、そうそう。言い忘れていたが、私たちは再びテッサイさんの道場でお世話になっている。

 というのも船が出せるようになるのを待つ間は暇なので、どうせなら修行をしておこうというわけだ。

 え? 私?

 私は見学だ。どういうわけか私が素振りをするとなぜか必ず木刀はすっぽ抜け、あらぬ方向に飛んでいってしまう。昔ならまだしも、今のステータスで振り回してすっぽ抜けた木刀はどう考えても凶器だ。当たり所が悪くなくても死者が出る恐れがある。

 私としてはしっかり握っているつもりなのだが……。

「あ! 姉さま! あれですよね?」
「え? どこですか?」
「ほら、あそこですっ! イヅハナって書いてあります」
「……あ、本当ですね」

 あまり目立たない外観だったせいで気付かなかったが、暖簾のれんにはたしかにイヅハナと書かれている。そして驚いたことに、お店の前にはまだ開店前にもかかわらずそこそこの行列ができていた。

 どうやらかなりの人気店のようだ。

 私たちは素直にその行列の後ろに並ぶのだった。

◆◇◆

 フィーネたちがイヅハナへサバ寿司を買いに出掛けているころ、シンエイ流道場では受験前の弟子たちが最後の確認を行っていた。そんな道場の奥の一室で、テッサイとシズクが深刻そうな表情で向き合っていた。

「ふむ、黒狐の力が、のぅ」
「いくら力を引き出そうとしても、拙者の中にたしかにいるはずの黒狐殿は反応してくれないのでござるよ」

 それを聞いたテッサイはじっとシズクの目を見つめる。シズクの瞳には不安の色が浮かんでいた。

「なるほどのぅ。じゃがステータスにはきちんと書かれておるんじゃったな?」
「はい」
「ふーむ、そうであるならば正しい手順を用いれば使えるはずじゃのぅ」
「その正しい手順がまったく分からないでござるよ」
「じゃが、一度は使えたんじゃろう?」
「はい」
「ならばそのときのことを思い出して……できるならシズクはとっくの昔に使えるようになっておるはずじゃのぅ」

 テッサイにそう言われ、シズクはがっくりとうなだれた。

「ふむ、そんなに落ち込むでない。儂は生憎【狐火】とやらの正しい発動手順は分からぬ。じゃが一度とは言え無意識に使えたのであれば、それは内面の問題のはずじゃ」
「……」
「シズク、お主の内に秘めたる黒狐の力に本心から向き合う。それが必要なのではないかのぅ」
「……はい」

 シズクは俯いたまま、畳をじっと見つめてみる。

「力になれんですまんのぅ」
「……いえ」
「シズク、儂はそろそろ試験を見てやらねばならぬ」
「はい……」
「シズクよ。瞑想でもして、心を鎮めておきなさい」
「はい、師匠」

 テッサイはそう伝えると立ち上がり、部屋を後にする。そして弟子たちの待つ道場への道すがら、ぼそりと小さくつぶやいた。

「キキョウ、お主が生きておればあるいは……いや、意味のない話じゃな」

 テッサイは小さくかぶりを振ると、道場へと入るのだった。

◆◇◆

 クリスティーナはネギナベ川沿いの土手に座り、川面をぼんやりと眺めていた。

「誰に忠誠を捧げているのか、か……」

 ぼそりとそう呟くと、悔し気な表情を浮かべた。

「まさか吸血鬼に諭されるとは、な……」

 そう言って大きくため息をついた。

「だが、そうだな。私の振る舞いはフィーネ様に忠誠を捧げていると言える振る舞いだったのだろうか? 私の理想の聖女像を押し付けていただけではないのか?」

 クリスティーナは再び大きくため息をついた。

「聖女とは神が人々に希望を抱かせ、瘴気を生み出さないようにするための存在、か。では、聖騎士とはなんなのだろうな。そもそも今のフィーネ様は私の助けなどなくても、十分にやっていけるのではないか?」

 クリスティーナは自嘲気味にそう吐き捨てる。

「私は……」

 クリスティーナは再び大きくため息をついたのだった。
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