勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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聖女の旅路

第十三章第1話 聖騎士とは

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 私たちはサキモリを離れ、ミヤコへと戻ってきた。本当は今すぐにでもレッドスカイ帝国へ行って皇帝に文句を言い、拉致された女性たちを取り戻したいところではあるだが、残念ながら船がない。

 密貿易の船を使って再びシュアンユーへと行くことも考えたが、攻め寄せた軍が壊滅したことを受けて海上の警備がかなり厳しくなっているそうだ。特にゴールデンサン巫国からの船に対してはとても厳しいらしく、警告もなく火矢や魔法で攻撃を受けると聞いている。現にチカナガさんの船も一隻撃沈されたそうで、今は船を出せないと断られてしまった。

 ではレッドスカイ帝国の港に入らずに他の国へ行けばよいのではないかとも提案したのだが、残念ながらゴールデンサン巫国の航海技術ではどうやってもレッドスカイ帝国に港に立ち寄る必要があるらしい。

 収納で物資を運べば大丈夫かとも思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。

 あと、チカナガさんが、レッドスカイ帝国はゴールデンサン巫国からの報復攻撃を警戒しているのだろうと渋い表情で言っていたのが印象に残っている。

 とはいえ、そもそも最初からゴールデンサン巫国に攻撃などしなければこんなことにはならなかったわけで、自業自得とはまさにこのことだろう。

 さて、そんなわけでミヤコに戻った私たちはアーデに相談すべく御所へとやってきた。

「フィーネ、いらっしゃい。ミヤコに戻ってくるなりわたしに会いに来てくれるなんて感激だわ。そろそろわたしと結婚する気になってくれた?」
「いえ、そういうわけでは……」
「もう、フィーネったら恥ずかしがり屋さんね」
「そういうわけではなく」
「いいのよ! 恥ずかしがらなくっても。わたしとフィーネの仲じゃない」

 アーデはまるでいたずらっ子のような笑みを浮かべ、私をぎゅっと抱きしめた。すると私の頭はアーデの柔らかな胸に押し付けられる。

 ……あれ? 苦しくない?

「ふふ、どう? この強さなら苦しくないでしょう?」
「え、あ、はい」

 私が素直にそう答えると、アーデは嬉しそうにくつくつと笑った。

「じゃあ、このままお話しましょう」
「え? それはちょっと……」
「いいじゃない。減るものじゃないんだし。それにわたし、フィーネ成分を補給したいの」
「せ、せいぶん?」
「そうよ。愛しい愛しい婚約者成分。いつか一緒になるって分かっているけど、それでも離れ離れの時間は辛いわ。だ・か・ら、このくらいはいいでしょう?」
「え……はぁ」

 そういう言い方をされると反論しにくいのだが、一つだけはっきりしておく必要がある。

「アーデ、私は結婚するつもりは……」
「今は、でしょ? 分かっているわ。私たちにはいくらだって時間があるもの。ねえ、そうでしょう?」
「ええと……」
「分かったわ。今はこれで我慢してあげるわ」

 そう言うとアーデは大きく息を吸い込んだ。

 ええと、これは私の体臭を吸い込んでいる?

「ちょ、ちょっと! アーデさん! 姉さまに変なことをしないでください!」

 私が少し驚いていると、ルーちゃんが止めに入ってきてくれた。するとアーデは声のトーンを一段落とす。

「あら?」

 それからほんの一瞬間をおいて、アーデの声のトーンが元に戻る。

「ルミアちゃん、だったわね? こっちにいらっしゃい」
「え?」

 アーデに抱きしめられているせいで表情は確認できないが、虚を突かれてキョトンとしている様子がありありと想像できる。

「ルミアちゃんはフィーネの妹分でしょう? それなら婚約者である私の未来の妹分だもの。一緒にフィーネ成分を補給しましょう」

 !?!?!?

 アーデがわけのわからないことを言いだした。
「ア、アーデ?」
「ほら、ルミアちゃん。いらっしゃい。そう、こっちへ。そのまま後ろから抱きついちゃいなさい」
「は、はい」

 ルーちゃんが私の背中から抱きついてきたのだろう。ルーちゃんのささやかだけれども確かな膨らみが背中に押し当てられる。

「ルーちゃん……」
「えへへ、姉さまっ」

 ルーちゃんの甘えるような声になんだか怒る気が失せてしまった。

 私はそのまましばらくの間、二人に抱きしめられていたのだった。

◆◇◆

 成分とやらを摂取し終え、満足したらしいアーデに事情を説明した。

「ふーん、そう。やっぱり旅を続けるのね」
「はい」
「でも、今は無理かもしれないわね。レッドスカイ帝国は完全にこっちを敵視しているみたいだし。皇帝をサクッと暗殺すれば止まるかしら?」
「いえ、それはちょっと……。それに連れていかれた人たちを助けるのだって皇帝に命令してもらうのが早いと思いますし」
「うーん、どうかしらねぇ。人間って人間をさらって奴隷にするんでしょう? そんなことを許している皇帝が素直にこっちの言うことを聞くかしら?」
「それは……」
「でも、分かったわ。一応要求はしてみるわね。あ、そうだ! フィーネ、一筆書いてくれるかしら? こっちの言うことは聞かなくてもフィーネの要求くらいは聞くかもしれないわ」
「はい。もちろん――」
「フィーネ様! それは!」

 するとクリスさんが慌てて止めに入ってきた。だがアーデはクリスさんに冷たい視線を向ける。

「なあに? フィーネは聖女よ? 聖騎士はそれを支えるのが役割じゃないのかしら?」
「ぐ……、だ、だが聖女が国家間の争いに首を突っ込むことは――」
「世界聖女保護協定違反?」
「あ、ああ。そうだ」
「でもそれ、人間が勝手に決めたことよね?」
「なっ!?」
「神が選び、自由にやりたいことをしてもいいってと精霊神様にお墨付きをもらったフィーネがやりたいって言っているのよ? たかが人間ごときが勝手に決めたことにどうして縛られなければいけないの?」
「だ、だが! 過去の聖女はその結果!」
「なあに? もしかしてフィーネを守り切る自信がないの?」
「そのようなことは!」

 クリスさんは語気を強めた。

「ねえ、あなた本当にフィーネに忠誠を捧げているのかしら? 本当はフィーネにじゃなくて国王とやらになんじゃないの?」
「なっ!?」
「ならどうして反対するのかしら?」
「そ、それは……人間の国は力のみで成り立っているわけではない。ルールを守らなければ国が立ち行かなくなる」
「ふーん。なら国のためにフィーネの意思は犠牲にしてもいいってことかしら? しかも無理やりさらわれた人間を助けたいって言っているだけなのに? あなた、やっぱりフィーネの騎士じゃないんじゃないの?」
「なっ……」

 クリスさんはついに言い返せなくなったのか、口をパクパクさせるとそのまま固まってしまった。

「ええと、クリスさん。いつも世界聖女保護協定とか、知らないことをたくさん教えてくれて、一緒にいてくれて感謝しています。でも、やっぱり今回レッドスカイ帝国軍のやったことは許せません。だから、今回だけは私のやりたいようにさせてください。ごめんなさい」
「は、はい……」

 クリスさんはそう言うと、がっくりとうなだれたのだった。

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 第十三章の更新も前章と同様に毎週火曜日、木曜日、日曜日の 19:00 となります。
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