上 下
541 / 625
正義と武と吸血鬼

第十二章第9話 ルミア vs. 皇帝(後編)

しおりを挟む
「ラムラックのイァンシュイ風ローストでございます」

 続いてスパイシーな香りのする塊肉が運ばれてきた。あばら骨がずらりと並んだその見た目は中々に豪快だ。

 給仕さんはそれをその場でカットし、小皿に移して配膳してくれる。

 私はそのお肉をお箸でほぐし、小さくして口に運んだ。

 ん! これは!

 しっかりと効いたコショウの香りと共に塩味がガツンと来る。これまでの繊細な味とはうって変わってとてもワイルドな料理だ。コショウだけではなく色々な香辛料が少しずつ使われているようで、様々な香りがコショウの香りの中から少しずつ顔を出す。

 そのうえきれいな焼き色のついた表面は香ばしく、お肉も臭みがまったくと言っていいほどない。羊らしい独特の香りはあるが、嫌な臭いはまったくないのだ。それでいて適度に脂ののったお肉からは肉汁がたっぷりとしみだしてきて、強めにかけられた塩と合わさることで絶妙なバランスとなる。

 うん。この塩加減を実現できるのは本当にすごいね。

 おいしい!

 私が食べ終わってルーちゃんのほうを確認すると、ルーちゃんはあの巨大な塊肉のほとんどを一人で食べきっている。

 すると私の視線に気付いたルーちゃんがまるでリスのように頬を膨らませながらも、私に声をかけてくる。

「ん? ほひひいれすね」
「ああ、はい。そうですね。おいしいですね。でも、飲み込んでからしゃべってくださいね」

 するとルーちゃんはコクコクうなずき、すぐさま口の中のものを飲み込んだ。

「本当に美味しいですよねっ! 姉さま!」
「はい」

 そう返事をしてから皇帝のほうを見るが、なぜか皇帝は少し不機嫌そうな表情を浮かべている。

 ええと?

「イェンアンダックでございます」

 次の料理が運ばれてきた。今度は鴨が丸ごと一羽のようだ。給仕の人がまたもや取り分けてくれる。

「まずはこちらの皮つき肉をご賞味ください」

 そう言って出されたのは、見るからにパリパリしていそうないい色をした皮のついたお肉だ。見たところ、胸肉だろうか?

 そんなことを考えながらお肉を口に運ぶ。

 んん? 甘い?

 よく見ると砂糖が振りかけられているようだ。だがその砂糖の甘さと皮から出てくる油が混ざりあい、パリパリの皮の食感としっとりしたお肉の味わいが絶妙にマッチしている。

 うん。美味しいね!

「続いてこちらをご賞味ください。鴨肉と白髪ねぎの巻物でございます」

 今度の料理は半透明の皮で先ほどのお肉とネギを巻いた料理だ。うっすらと見える黒いものは甜麺醤テンメンジャンだろうか?

 ものすごく、北京ダックっぽい。

 私はさっそくイェンアンダックを口に運ぶ。

 うん。味は完璧に北京ダックだ。皮に包まれたことでジューシーな肉汁がしっかりと閉じ込められ、さらに白髪ねぎのシャキシャキ感と香り、そしてコクのある甘辛い甜麺醤が口の中で完全体となって踊りだす。

 ああ、美味しい。

 私がちらりとルーちゃんのほうを見ると、なんとルーちゃんの前にはもう一羽分の鴨が出されていた。しかも驚くべきことに、ルーちゃんは私の目の前であっという間に完食してしまったではないか。

 いつも思うが、一体ルーちゃんのどこにあれだけの量が入っているのだろうか?

東坡肉トンポーローでございます」

 続いて運ばれてきたのは皮つき豚バラ肉の角煮だ。八角の香りが私の鼻をくすぐる。

 それを口に運べば八角の香りと共に甘辛いタレの味とスッとした脂の甘みが口いっぱいに広がる。お肉もしっかりと煮込まれているようで、噛めばほろりとまるで溶けるように崩れるのだ。

 よし。次は付け合わせの青梗菜ちんげんさいだ。茹でてあるのだろうが、しっかりときれいな緑色を保っている。火がしっかり通っているのにシャキシャキの食感は残っており、この甘辛いタレとの相性も抜群で、青梗菜の美味しさを完璧に引き出している。

 美味しい!

「ソウギョの唐揚げでございます」

 次に運ばれてきたのは大きな魚を丸ごと一匹揚げたであろう料理だ。そこに甘酢あんがかかっている。

 またしても私たちの目の前で給仕さんが取り分けてくれ、取り分けたあとの残りの大皿がルーちゃんの前に置かれた。

 どうやら給仕さんたちも理解してくれたらしい。

 そんな様子に感心しつつも、私は唐揚げをいただいた。お酢の香りとともに甘酸っぱいあんが口いっぱいに広がる。

 んん! これは!

 唐揚げは骨もなく、外はサクッとしているのに中の白身はふっくらしている。白身自体はかなり淡白な味わいで、臭みなどはまったくない。だがその淡白な味わいだからこそ、この甘酢あんとよく合っている。それに甘酢あんには野菜もたっぷり入っており、栄養満点なのもありがたい。

 うん。美味しいね。美味しいが、さすがにそろそろお腹いっぱいになってきた。

 ルーちゃんは相変わらずものすごい勢いで食べているが、一体いつ終わるのだろうか?

「干しナマコの煮つけでございます」

 茶色いスープで煮込まれたナマコが運ばれてきた。八角の香りが漂ってくる。

 私はさっそくナマコを口に含んでみた。するとコリコリとしたまるでこんにゃくのような食感と共にとても複雑なスープの味が口いっぱいに広がる。分かるだけでも牡蠣、鶏がら、豚骨、椎茸あたりは使われていそうな感じがする。そこに醤油の香りと八角の香り、さらにわずかな花椒の香りと辛みが口の中で混ざりあう。

 うん。美味しい。美味しいのだが、さすがにお腹が……。

 もっと食べたいのだが、残念ながらもう食べられそうにない。

 私は三切れあったなまこのうち一切れを残した。

「海鮮あんかけチャーハンでございます」

 ああ、うん。美味しそうなのが来た。だがさすがにもうこれ以上は食べられない。

「すみません。あまりに量が多くてこれ以上は食べられそうにありません。隣のルミアに食べさせてください」
「かしこまりました」

 そうして私の分の海鮮あんかけチャーハンはルーちゃんの所へと運ばれていった。

「陛下、申し訳ありません。私はもうお腹がいっぱいでこれ以上は……」

 すると皇帝は得意げな表情になった。

「そうかそうか。満足してもらえたようで何よりだ」

 あれ? 残したのに気を悪くしていない? んん?

 それから海鮮あんかけチャーハンを食べたところでクリスさんがギブアップした。そしてさらにふかひれスープを食べて点心盛り合わせが出てきたところでシズクさんがギブアップした。

 気が付けば皇妃様たちは数口食べただけで下げさせている。

 うーん。どうやらこの国の人たちにとってもこれは多すぎるようだ。

 そして最後に杏仁豆腐がこれでもかという量で出てきたのだが、ルーちゃんはそれもぺろりと平らげてしまった。

「あー、美味しかったですっ!」

 信じられない量を一人で平らげたルーちゃんが満足げにそう言うと、皇帝はなぜか悔しそうに顔を歪めたのだった。

 ええと? もしかして食べきれない量を出してやろうとか思っていたのだろうか?

 残すのはもったいないと思うけどなぁ……。

================
注)中国では伝統的にホストはゲストが食べきれないくらいの量の料理を用意するのが礼儀とされており、ゲストはホストに気を遣って少し料理を残すのが礼儀とされています。とはいえ最近では、この風習は悪習であるとして見直す向きもあるそうです。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

最強幼女のお助け道中〜聖女ですが、自己強化の秘法の副作用で幼女化してしまいました。神器破城槌を振り回しながら、もふもふと一緒に旅を続けます〜

黄舞
ファンタジー
 勇者パーティの支援職だった私は、自己を超々強化する秘法と言われた魔法を使い、幼女になってしまった。  そんな私の姿を見て、パーティメンバーが決めたのは…… 「アリシアちゃん。いい子だからお留守番しててね」  見た目は幼女でも、最強の肉体を手に入れた私は、付いてくるなと言われた手前、こっそりひっそりと陰から元仲間を支援することに決めた。  戦神の愛用していたという神器破城槌を振り回し、神の乗り物だと言うもふもふ神獣と旅を続ける珍道中! 主人公は元は立派な大人ですが、心も体も知能も子供です 基本的にコメディ色が強いです

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...