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正義と武と吸血鬼
第十二章第4話 チェンツァン名物
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イァンシュイでロバ肉を堪能した私たちは険しい山を越え、チェンツァンにやってきた。ここまで来れば帝都イェンアンはあと少しだ。
「さあ、この町にも美味しいものがたくさんありますよ」
「ホントですかっ? 楽しみですっ!」
「うんうん。ご馳走してあげるよ」
「やったぁ! マルコさん、ありがとうございますっ!」
なぜかはよく分からないが、マルコさんがルーちゃんにおごってくれるらしい。
あれだけ気持ちよく食べてくれるので食べさせがいがあるというその気持ちはわかるが、出してもらってばかりというのも少し悪い気がする。
やはり私もお金を出したほうが……。
そんなことを考えつつ、私たちはメインストリートから外れた一角にやってきた。
「ここのあたりは砂漠のほうから移り住んできた人たちが多く住んでるんですよ。だから、ほら」
マルコさんが指さした先には羊がぶら下げられていた。
「美味い羊肉が食べられるんですよ」
「わぁ! 美味しそうっ!」
マルコさんとルーちゃんに先導され、私たちは町の中を歩いていく。
「ほら、ここが一番おいしいんですよ。オヤジ! 串焼き十本」
「おお! マルコの旦那じゃないか! 女連れなんて珍しいじゃないか。ついにコレができたか?」
店番をしている中年のオヤジが小指を立ててニヤついた表情でマルコさんにそう言った。
「いやいや、違うよ。今回はこの方たちに砂漠越えを手伝ってもらったんだ。だから、そのお礼にと思ってな」
「はぁー。女なのにそこまで腕が立つの珍しいなぁ」
そう言いながらもオヤジはテキパキと羊の肉を焼き始める。
「ちょっと待っててくれよ。一番美味いとこを焼いてやるからな」
焼かれている羊肉からは香ばしい香りが漂ってくる。
「そういやお嬢さんがた、この町は初めてかい?」
「いえ。ただ前に来たときは急いでいたのでただ通過しただけでした」
「そうかぁ。残念だったなぁ」
「何がですか?」
「ここチェンツァンにはな。町の名前の由来にもなっているチェンツァン山という山があるんだ。ほら、あそこに見えてる山だよ」
そう言ってオヤジは南の山を指した。そこにはレンガ積みの高い塔が建っている。
「あの山の頂上には塔が立っていてな。見晴らしも良くて観光名所になっていたんだが、最近は鶏の魔物が住み着いちまったんだ」
「はぁ。退治しないんですか?」
「それがな。別に襲ってくるわけじゃないんだよ。近づかなければ特に害がないからって、町も国も放っておいてるんだよなぁ」
「はぁ」
「それによ。今は兵士を集めているらしいんだ。それで後回しにされてるんじゃないかって思うんだよなぁ」
「兵士を集めてるんですか?」
「噂だけどな。あちこちで魔物が増えてるって話を聞くし、まさか戦の準備じゃあないとは思うけどよ。でもこの町だっていつ鶏の魔物が襲ってくることか」
うーん、なるほど。それはたしかに怖いだろう。
「お! 焼けたぞ! ほらよ!」
オヤジは串を紙袋に入れて渡してくれた。
「あ、お代は……」
「俺が払うよ。フィーネさんたちは俺たちの護衛だからね」
そう言ってマルコさんはさっとお金を支払ってしまう。
「はぁ。じゃあ、ありがとうございます」
そうして私とマルコさんが一串ずつ、クリスさんとシズクさんは二串ずつもらう。もちろん残りはすべてルーちゃんの胃袋の中へと消えていくことだろう。
「じゃあ、いただきます」
私は串にかぶりつく。
まず口の中に広がるのはスパイシーな香りとちょっぴりの辛さ、そしてしっかりと効いた塩味だ。そこから熱々の羊肉を噛めばじゅわりと肉汁が口いっぱいに溢れだし、塩味とスパイスの香りと辛みが見事に混ざりあってワイルドなハーモニーを奏でる。
しかも驚いたことに、羊独特の臭みというものがほとんどない。
「これは美味しいですね」
「でしょう? 羊の串焼きならあの店が一番なんですよ」
マルコさんは自慢気にそう胸を張るのだった。
◆◇◆
「次はこの屋台グルメです。おばちゃん! チェンツァン油麺を五つ!」
「はいよ。あら! マルコさんじゃない! こんな別嬪さんを連れて、ついに身を固めるのかい?」
「いやいや、彼女たちは砂漠で護衛をしてくれたんだ」
「まぁ! 女だてらに強いだなんて、すごいねぇ」
「はぁ」
マルコさん、行く先々で奥さんがいないことを心配されている。
行商というお仕事だと一ヵ所に落ち着くのも難しいのだろうが、行く先々でこうして心配されているということはマルコさんの人望がなせる業なのかもしれない。
「はいよ!」
おばさんはそう言って丼を渡してくれた。
「マルコさん、お代は……」
「もちろん、俺が払いますよ」
「……はい」
マルコさんはそう言ってすぐさま支払いを済ませた。
まあ、大した金額ではないのだが、ルーちゃんにこのペースでおごり続けて大丈夫なのだろうか?
そんなことを思いつつも、丼の中を確認する。
太麺の上に唐辛子の混ざった辛そうなタレがかけられていて、その上にネギがたっぷりと乗せられている。
「それはニンニクと唐辛子を香ばしく炒めた油と鶏出汁を凝縮した油そばですよ」
「なるほど」
それは美味しそうだ。
「いただきます」
私は麺を口に運ぶ。
「んっ!」
ガツンとしたニンニクとごま油の香りがまず口の中に広がり、続いて醤油味の凝縮された鶏出汁が続いてやってくる。さらにもちもちとした太麺の食感とごま油の優しい甘みが広がったかと思えば、唐辛子の程よい辛さがアクセントとなって味をシャキッとしたものにまとめ上げてくれている。
美味しい!
「どうですか?」
「とても美味しいですね」
私がそう答えると、マルコさんはホッとしたような表情になった。
「良かった。実は俺、この国の料理の中でこれが一番好きなんですよ」
「そうだったんですね。シンプルなのに飽きの来ない味で、私も美味しいと思います」
私はちらりとルーちゃんのほうを見る。するとルーちゃんはいつのまにかお代わりを済ませており、四杯目を受け取っているところだった。
「あ! ルミアさん! お代は俺が!」
マルコさんは慌てておばさんのところへと走っていったのだった。
「さあ、この町にも美味しいものがたくさんありますよ」
「ホントですかっ? 楽しみですっ!」
「うんうん。ご馳走してあげるよ」
「やったぁ! マルコさん、ありがとうございますっ!」
なぜかはよく分からないが、マルコさんがルーちゃんにおごってくれるらしい。
あれだけ気持ちよく食べてくれるので食べさせがいがあるというその気持ちはわかるが、出してもらってばかりというのも少し悪い気がする。
やはり私もお金を出したほうが……。
そんなことを考えつつ、私たちはメインストリートから外れた一角にやってきた。
「ここのあたりは砂漠のほうから移り住んできた人たちが多く住んでるんですよ。だから、ほら」
マルコさんが指さした先には羊がぶら下げられていた。
「美味い羊肉が食べられるんですよ」
「わぁ! 美味しそうっ!」
マルコさんとルーちゃんに先導され、私たちは町の中を歩いていく。
「ほら、ここが一番おいしいんですよ。オヤジ! 串焼き十本」
「おお! マルコの旦那じゃないか! 女連れなんて珍しいじゃないか。ついにコレができたか?」
店番をしている中年のオヤジが小指を立ててニヤついた表情でマルコさんにそう言った。
「いやいや、違うよ。今回はこの方たちに砂漠越えを手伝ってもらったんだ。だから、そのお礼にと思ってな」
「はぁー。女なのにそこまで腕が立つの珍しいなぁ」
そう言いながらもオヤジはテキパキと羊の肉を焼き始める。
「ちょっと待っててくれよ。一番美味いとこを焼いてやるからな」
焼かれている羊肉からは香ばしい香りが漂ってくる。
「そういやお嬢さんがた、この町は初めてかい?」
「いえ。ただ前に来たときは急いでいたのでただ通過しただけでした」
「そうかぁ。残念だったなぁ」
「何がですか?」
「ここチェンツァンにはな。町の名前の由来にもなっているチェンツァン山という山があるんだ。ほら、あそこに見えてる山だよ」
そう言ってオヤジは南の山を指した。そこにはレンガ積みの高い塔が建っている。
「あの山の頂上には塔が立っていてな。見晴らしも良くて観光名所になっていたんだが、最近は鶏の魔物が住み着いちまったんだ」
「はぁ。退治しないんですか?」
「それがな。別に襲ってくるわけじゃないんだよ。近づかなければ特に害がないからって、町も国も放っておいてるんだよなぁ」
「はぁ」
「それによ。今は兵士を集めているらしいんだ。それで後回しにされてるんじゃないかって思うんだよなぁ」
「兵士を集めてるんですか?」
「噂だけどな。あちこちで魔物が増えてるって話を聞くし、まさか戦の準備じゃあないとは思うけどよ。でもこの町だっていつ鶏の魔物が襲ってくることか」
うーん、なるほど。それはたしかに怖いだろう。
「お! 焼けたぞ! ほらよ!」
オヤジは串を紙袋に入れて渡してくれた。
「あ、お代は……」
「俺が払うよ。フィーネさんたちは俺たちの護衛だからね」
そう言ってマルコさんはさっとお金を支払ってしまう。
「はぁ。じゃあ、ありがとうございます」
そうして私とマルコさんが一串ずつ、クリスさんとシズクさんは二串ずつもらう。もちろん残りはすべてルーちゃんの胃袋の中へと消えていくことだろう。
「じゃあ、いただきます」
私は串にかぶりつく。
まず口の中に広がるのはスパイシーな香りとちょっぴりの辛さ、そしてしっかりと効いた塩味だ。そこから熱々の羊肉を噛めばじゅわりと肉汁が口いっぱいに溢れだし、塩味とスパイスの香りと辛みが見事に混ざりあってワイルドなハーモニーを奏でる。
しかも驚いたことに、羊独特の臭みというものがほとんどない。
「これは美味しいですね」
「でしょう? 羊の串焼きならあの店が一番なんですよ」
マルコさんは自慢気にそう胸を張るのだった。
◆◇◆
「次はこの屋台グルメです。おばちゃん! チェンツァン油麺を五つ!」
「はいよ。あら! マルコさんじゃない! こんな別嬪さんを連れて、ついに身を固めるのかい?」
「いやいや、彼女たちは砂漠で護衛をしてくれたんだ」
「まぁ! 女だてらに強いだなんて、すごいねぇ」
「はぁ」
マルコさん、行く先々で奥さんがいないことを心配されている。
行商というお仕事だと一ヵ所に落ち着くのも難しいのだろうが、行く先々でこうして心配されているということはマルコさんの人望がなせる業なのかもしれない。
「はいよ!」
おばさんはそう言って丼を渡してくれた。
「マルコさん、お代は……」
「もちろん、俺が払いますよ」
「……はい」
マルコさんはそう言ってすぐさま支払いを済ませた。
まあ、大した金額ではないのだが、ルーちゃんにこのペースでおごり続けて大丈夫なのだろうか?
そんなことを思いつつも、丼の中を確認する。
太麺の上に唐辛子の混ざった辛そうなタレがかけられていて、その上にネギがたっぷりと乗せられている。
「それはニンニクと唐辛子を香ばしく炒めた油と鶏出汁を凝縮した油そばですよ」
「なるほど」
それは美味しそうだ。
「いただきます」
私は麺を口に運ぶ。
「んっ!」
ガツンとしたニンニクとごま油の香りがまず口の中に広がり、続いて醤油味の凝縮された鶏出汁が続いてやってくる。さらにもちもちとした太麺の食感とごま油の優しい甘みが広がったかと思えば、唐辛子の程よい辛さがアクセントとなって味をシャキッとしたものにまとめ上げてくれている。
美味しい!
「どうですか?」
「とても美味しいですね」
私がそう答えると、マルコさんはホッとしたような表情になった。
「良かった。実は俺、この国の料理の中でこれが一番好きなんですよ」
「そうだったんですね。シンプルなのに飽きの来ない味で、私も美味しいと思います」
私はちらりとルーちゃんのほうを見る。するとルーちゃんはいつのまにかお代わりを済ませており、四杯目を受け取っているところだった。
「あ! ルミアさん! お代は俺が!」
マルコさんは慌てておばさんのところへと走っていったのだった。
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