勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
524 / 625
欲と業

第十一章第45話 生き残り

しおりを挟む
「聖女様、ようこそお越しくださいました」

 そう言って私の前でシスターさんがブーンからのジャンピング土下座を決めた。

 そうだね。7点かな。可もなく不可もなく、といったところだ。全体的に無難な演技だが華がないとでも言えばいいのだろうか。基本は出来ているので、躍動感を意識して演技に臨めば高得点が期待できるかもしれない。

「神の御心のままに」

 と、いつもどおりそんなことを考えているとはおくびにも出さずにシスターさんを立ち上がらせた。

「はじめまして、ええと……」
「申し遅れました。わたくし、この修道院を預かっておりますアンヌマリーと申します」
「フィーネ・アルジェンタータです。よろしくお願いいたします」

 お互いに自己紹介をすると、私たちは修道院内にある応接室へと案内された。

「聖女様は、人をお探しなのですね」
「はい」

 するとアンヌマリーさんは深刻そうな表情を浮かべた。

「ガブリエル主教が、この修道院であればなにか知っているかもしれないと」
「……」

 しかしアンヌマリーさんは深刻そうな表情のまま、押し黙っている。

「アンヌマリー殿、この修道院の者はあのおかしな連中がうろついているスラム街を通って買い物に行った。そうでござるな?」
「……」

 アンヌマリーさんは深刻そうな表情のままだが、ピクリと眉を動かした。

 やはりシズクさんも同じことを疑問に思っていたようだ。話すらできない相手なのに、普通の人が歩いて買い物に出掛けても襲われないというのは不自然だ。

「主教殿からそう聞いて、拙者たちはここに来たでござるよ。何を隠しているでござるか?」
「それは……」
「それは?」

 しかしアンヌマリーさんはそのまま押し黙っている。

「フィーネ様に対しても話せない秘密、ということか?」

 そう横から口を挟むクリスさんは少し怒っている様子だ。

「そ、そんなことは……」
「ではどういうことだ? 誰彼構わず襲ってくるあの連中がうろつく中、歩いて買い物に行ける。よもやこの修道院があの連中の発生の原因なのではないか?」
「そんなことはありません! ですが……」

 アンヌマリーさんは即座に反論してきた。だが、その言葉は尻すぼみに小さくなってしまい、後が続かない。

 私たちの間に重苦しい空気が流れる。

「フィーネ様、ここは――」

 クリスさんが何かを言いかけたそのときだった。応接室の扉が開き、一人のシスターさんが駆け込んできた。
 
「院長! もういいのです 聖女様! 申し訳ございませんでした!」

 入ってきたシスターさんはひざまずき、目に涙を溜めながら私に謝罪をしてくる。

「ドロテ……」

 そんなシスターさんをアンヌマリーさんは複雑な表情で見つめている。

「聖女様! どうか! どうかお許しください!」
「ええと?」

 そんなに謝られても私にはなんのことだかさっぱりわからない。もしやと思って【人物鑑定】をかけてみるが、やはりこのシスターさんとは初対面だ。

「ドロテさん、ですか? 私はあなたとは初対面だと思うんですが……」
「ですが、私は! 私たちは許されないことをしました! どうか! どうか!」

 ボロボロと涙を流しながらドロテさんは許しを乞うが、なんのことだか分からないのだから許すも何もない。

「ええと、落ち着いてください。一体何をしたんですか?」
「はい、実は……」

 ようやく少し落ち着いたらしいドロテさんは衝撃の告白を始めた。

「私たちは……私と主人、そして息子はシュタルクファミリーの構成員でした」
「!」
「主人はいわゆるNo.2のポジションで、アミスタッド商会を通じた奴隷取引を牛耳っていたのです」

 それを聞いてルーちゃんの表情が険しいものになる。

「主人はその罪で処刑されました。ですが息子は摘発を逃れ、ここオレンジスター公国で新たにマフィアを立ち上げてしまいました」
「……」
「しばらくはアミスタッド商会のときのように奴隷狩りを行い、他国に売りさばいていたようです。ですが魔物の動きが活発になり、取引がうまくいかないことが増えたため奴隷取引をやめたのですが……」
「ですが?」
「その、今度は怪しげな薬の密売に手を染めているのです」
「薬?」
「はい。私はよく分かりません。ですがその薬を服用すると強い力を得る代わりに少しずつ邪悪な性格になり、やがて理性を失うのだそうです」
「……」
「しかもその薬には依存性があるようで、止めたくても止められれなくなるのです!」
「……奴隷取引に麻薬の密売でござるか」
「我が国ならば即刻処刑だが……」
「姉さま、そいつを殺しましょう! そいつのせいで!」
「ルーちゃん……」
「聖女様、私は間違いに気付きました。だからこうして修道院で神に祈っています。ですが、息子は未だに間違いを犯し、罪を犯し続けております。聖女様、どうか! どうか息子を止めてください」
「……ええと、ドロテさんが説得するわけにはいかないんですか?」

 するとドロテさんは悲しそうに顔を伏せた。

「もう、あの子は私の言うことなど聞いてはくれません」

 そう答えたドロテさんはとても悲しそうではあるが、何かがおかしい気がする。

 ええと、なんだろうか? この違和感は?

 するとシズクさんが私に耳打ちをしてきた。

「フィーネ殿、ドロテ殿に刻まれた隷属の呪印を解呪してほしいでござるよ」
「え? あ、はい」

 私はつい反射的にドロテさんに解呪魔法を掛ける。するとしっかりした抵抗と共にドロテさんに掛けられていた呪いが解除された。

 それと同時にドロテさんは地面に突っ伏して倒れる。

「あ、解けましたね」
「やはりでござるか」
「え? ドロテ? ドロテ? どうしたのです? ドロテ? 聖女様? これは一体?」

 アンヌマリーさんはドロテさんを心配しているが、かなり戸惑った様子だ。

「ええと、呪いを解呪したんですが……」
「えっ!? 呪いを!? それは一体……」
「ええと……」

 よく分からないのでシズクさんに目で合図を送り、説明を代わってもらう。

「要するに、ドロテ殿は誰かに隷属の呪印で操られていたということでござるな」

 それを聞いてアンヌマリーさんは目を見開き固まった。

「アンヌマリー殿、外を歩いて無事なのはドロテ殿だけなのではござらんか?」

 その問いにアンヌマリーさんは首を小さく縦に振った。

「となるとドロテ殿に隷属の呪印を施した主はなんらかの理由でこの修道院を必要としていて、ドロテ殿を内部に潜入させておく必要があったのでござろうな」
「ええと?」
「つまり、あの襲ってきた連中も何かで操られている可能性があるということでござるよ。だからあちら側であるドロテ殿は襲われなかった、と考えれば辻褄が合うのではござらんか?」
「それはそうですけど……」
「ですが聖女様、シズク様、うちの修道院はなんの変哲もない普通の修道院です。長い歴史があるわけでもなければ古い遺物があるわけでもありません。建物だってご覧のとおりの普通の建物です。そんな修道院が残されて歴史ある教会が破壊されるなど……」

 アンヌマリーさんが困惑した様子でそう言ってくる。

「それは、ドロテ殿に聞いてみたほうがいいのではござらんか?」
「う、うう……」

 シズクさんがそう言うのとほぼ同時に、床に倒れていたドロテさんが目を覚ました。

 それからすぐに起き上がると、まるで先ほどのループを見ているかのように目に涙を溜めて私の前に跪いてきたのだった。

「聖女様! どうか! どうかお許しください!」

================
 先週に続いて本日も新作「エロフに転生したので異世界を旅するVTuberとして天下を目指します」を公開しました。

公式アプリをご利用の方:
 左上の×ボタンから目次に戻っていただき、「著者近況報告」→「作品」をお選びいただき、「エロフに転生したので~」よりジャンプしてください。

ブラウザをご利用の方:
 ↓の枠外にリンクがございますので、そちらをご利用ください。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

処理中です...