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欲と業
第十一章第37話 贖罪修道院(前編)
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ロラさんの案内もあり、私たちはその日の昼に修道院への入口とされる場所にやってきた。
ボロボロに崩れた門があり、辛うじてセブニッツ修道院と書かれた表札が見てとれるだけだ。そこから先は急な登り坂になっている。
「聖女様、私はここであの人と別れて……」
「そうでしたか。まずは登ってみましょう」
いくら案内とはいえ、こんな場所へ人を置き去りにしたのだ。気に病んでしまうのも仕方がないかもしれない。
私たちは門をくぐり、坂道をゆっくりと登り始めた。勾配はどんどん急になっていき、そして道幅は次第に細く狭くなっていく。
そうして一時間ほど登っていくと峠を越えたようで、道は下り坂へと変わった。そのまま十分ほど下っていくと、突如修道院が私たちの目の前に姿を現した。
そこは石造りのしっかりした壁に囲われており、門には頑丈そうな鉄製の扉が取り付けられている。
入口の門と同じようにもっと荒れ果てた廃墟のような場所を想像していたが、意外ときっちり手入れがされているようだ。
近づいて見てみると、なんと門扉には南京錠が外側から掛けられていた。
どうやら一度入るとそう簡単には外へ出られない仕組みのようだ。
「この鍵は、この門を開けるためですかね?」
「おそらくは」
収納から取り出した鍵を差し込んで回すと、バチンという重たい音と共に勢いよく鍵が開いた。
「開きましたね。行きましょう」
「はい」
私たちは扉を開け、修道院の敷地内へと足を踏み入れる。
するとそこには石でできた大きな建物がぽつんと建っており、その周囲を広大な畑が取り囲んでいた。
あれれ? なんだか想像していたのとはかなり違うような?
ここ、ちゃんと人が暮らしているんじゃないの?
そんな疑念を抱きつつも、目の前の建物の扉を叩く。
しばらく待っていると中から扉が開かれ、シスターさんが顔を出した。シスター服を着ているもののそこから覗く顔は驚くほどに整っており、その肌と声から察するにかなり若いようだ。
「セブニッツ修道院へようこそ。さあ、どうぞお入りなさい」
シスターさんは何も聞かず、私たちを招き入れてくれた。
「ありがとうございます」
私たちは連れられて建物の中へと入る。
「当修道院はどのような事情の方も受け入れています。罪と向き合い、共に神へ祈りを捧げて暮らしましょう」
うん? もしかして私たち、修道院に入りたいと思われている?
「あ、ええと……」
「ご安心ください。私たちは、貴方がたがどのような罪を犯したのかを尋ねません。懺悔は神に対してなさい」
「そうではなくて……」
「シスター、フィーネ様は修道院に入りに来られたのではない。人を探しに来たのだ」
クリスさんが割って入ってきてくれた。
「人探し、ですか?」
シスターさんの表情が曇る。
「申し訳ございませんが、当修道院では面会を受け付けておりません。どなたからお聞きになられたのかは存じ上げませんが、どうぞお引き取りください」
「だが!」
ああ、そうか。なるほど。これはいきなり押しかけた私たちが悪いね。
ここは後ろ暗いところのある人が隠れ住むための場所なんだから、いきなり来て知り合いでもない人に会いたいだなんて迷惑でしかなかった。
「シスターさん、私たちの配慮が足りずにすみませんでした。ですが、せめて種だけでも植えさせてもらえませんか?」
「……種、ですか?」
「はい。瘴気を浄化することのできる種で、魔物の発生を少しだけ押さえることができます」
「……そのような種が? 聞いたこともありません」
どうやらこの修道院に噂は伝わっていないようだ。
「リーチェ」
私はリーチェを召喚し、種を貰う。
「これがその種です」
「せ、精霊……?」
シスターさんが随分と大げさに驚いている。リーチェのあまりの可愛さに驚いた、というわけではなさそうだ。
「はい。花の精霊です」
「花の……」
シスターさんは眉間に皺を寄せ、何かを思い出そうとしている様子だ。
「……め、恵みの……花乙女?」
「ぶっ」
白銀の里以来すっかり忘れていたその言葉に、私は思わず噴き出してしまった。
「どうしてそれを?」
それに答えるかのようにシスターさんがフードを取り、フードの下からは艶やかな黒髪が零れ落ちた。
しかし私の目はシスターさんの黒髪の間から覗く耳に釘付けとなった。
なぜならシスターさんの耳は少し尖っており、どう見ても人間のそれではないからだ!
「母方の祖母がエルフだったそうです。恵みの花乙女の話は死んだ母から聞きました。世界の瘴気や穢れを浄化して回る伝説の存在なのだ、と」
「そうだったんですか……」
「どうぞ、その種をお植えください」
シスターさんは穏やかな表情でそう言ったのだった。
ボロボロに崩れた門があり、辛うじてセブニッツ修道院と書かれた表札が見てとれるだけだ。そこから先は急な登り坂になっている。
「聖女様、私はここであの人と別れて……」
「そうでしたか。まずは登ってみましょう」
いくら案内とはいえ、こんな場所へ人を置き去りにしたのだ。気に病んでしまうのも仕方がないかもしれない。
私たちは門をくぐり、坂道をゆっくりと登り始めた。勾配はどんどん急になっていき、そして道幅は次第に細く狭くなっていく。
そうして一時間ほど登っていくと峠を越えたようで、道は下り坂へと変わった。そのまま十分ほど下っていくと、突如修道院が私たちの目の前に姿を現した。
そこは石造りのしっかりした壁に囲われており、門には頑丈そうな鉄製の扉が取り付けられている。
入口の門と同じようにもっと荒れ果てた廃墟のような場所を想像していたが、意外ときっちり手入れがされているようだ。
近づいて見てみると、なんと門扉には南京錠が外側から掛けられていた。
どうやら一度入るとそう簡単には外へ出られない仕組みのようだ。
「この鍵は、この門を開けるためですかね?」
「おそらくは」
収納から取り出した鍵を差し込んで回すと、バチンという重たい音と共に勢いよく鍵が開いた。
「開きましたね。行きましょう」
「はい」
私たちは扉を開け、修道院の敷地内へと足を踏み入れる。
するとそこには石でできた大きな建物がぽつんと建っており、その周囲を広大な畑が取り囲んでいた。
あれれ? なんだか想像していたのとはかなり違うような?
ここ、ちゃんと人が暮らしているんじゃないの?
そんな疑念を抱きつつも、目の前の建物の扉を叩く。
しばらく待っていると中から扉が開かれ、シスターさんが顔を出した。シスター服を着ているもののそこから覗く顔は驚くほどに整っており、その肌と声から察するにかなり若いようだ。
「セブニッツ修道院へようこそ。さあ、どうぞお入りなさい」
シスターさんは何も聞かず、私たちを招き入れてくれた。
「ありがとうございます」
私たちは連れられて建物の中へと入る。
「当修道院はどのような事情の方も受け入れています。罪と向き合い、共に神へ祈りを捧げて暮らしましょう」
うん? もしかして私たち、修道院に入りたいと思われている?
「あ、ええと……」
「ご安心ください。私たちは、貴方がたがどのような罪を犯したのかを尋ねません。懺悔は神に対してなさい」
「そうではなくて……」
「シスター、フィーネ様は修道院に入りに来られたのではない。人を探しに来たのだ」
クリスさんが割って入ってきてくれた。
「人探し、ですか?」
シスターさんの表情が曇る。
「申し訳ございませんが、当修道院では面会を受け付けておりません。どなたからお聞きになられたのかは存じ上げませんが、どうぞお引き取りください」
「だが!」
ああ、そうか。なるほど。これはいきなり押しかけた私たちが悪いね。
ここは後ろ暗いところのある人が隠れ住むための場所なんだから、いきなり来て知り合いでもない人に会いたいだなんて迷惑でしかなかった。
「シスターさん、私たちの配慮が足りずにすみませんでした。ですが、せめて種だけでも植えさせてもらえませんか?」
「……種、ですか?」
「はい。瘴気を浄化することのできる種で、魔物の発生を少しだけ押さえることができます」
「……そのような種が? 聞いたこともありません」
どうやらこの修道院に噂は伝わっていないようだ。
「リーチェ」
私はリーチェを召喚し、種を貰う。
「これがその種です」
「せ、精霊……?」
シスターさんが随分と大げさに驚いている。リーチェのあまりの可愛さに驚いた、というわけではなさそうだ。
「はい。花の精霊です」
「花の……」
シスターさんは眉間に皺を寄せ、何かを思い出そうとしている様子だ。
「……め、恵みの……花乙女?」
「ぶっ」
白銀の里以来すっかり忘れていたその言葉に、私は思わず噴き出してしまった。
「どうしてそれを?」
それに答えるかのようにシスターさんがフードを取り、フードの下からは艶やかな黒髪が零れ落ちた。
しかし私の目はシスターさんの黒髪の間から覗く耳に釘付けとなった。
なぜならシスターさんの耳は少し尖っており、どう見ても人間のそれではないからだ!
「母方の祖母がエルフだったそうです。恵みの花乙女の話は死んだ母から聞きました。世界の瘴気や穢れを浄化して回る伝説の存在なのだ、と」
「そうだったんですか……」
「どうぞ、その種をお植えください」
シスターさんは穏やかな表情でそう言ったのだった。
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