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欲と業

第十一章第26話 冤罪疑惑

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「聖女様! どうか! どうか信じてください! 我々は襲撃の命令など出してはおりません!」

 起き上がった男性は必死に無実を訴えてくるが、なんのことを言っているのかさっぱり分からない。

 クリスさんはもう臨戦態勢になっているし、野次馬も集まりつつある。

「フィーネ殿、まずは場所を移したほうが良さそうでござるよ」
「そうですね。あの、すみません。ここでは困りますので……」
「聖女様! そのような訴えを聞かれるのですか!?」

 そう声を荒らげたのは裁判所の職員さんだ。

「ええと?」
「その者は有罪の判決を不服として聖女様のご威光を利用しようとしているのですぞ!」
「でたらめを言うな! 聖女様のお言葉だなどとそのご威光を借り、我々を嵌めたのはお前たちではないか! 聖女様がお怒りになられたのはハスラングループが聖女様の種が瘴気を浄化するものだと知らずに転売し、結果として高額になったことだけだそうではないか! そうでございますね? 聖女様!」
「え? ああ、はい。そうですね。私はその種を各地に届けることを望んでいただけですから、値段を吊り上げて使えないようにしたことに対して抗議しましたよ」
「そら! どうだ! 聖女様! こやつらは聖女様がハスラングループを罰することを望まれているなどという妄言を吐き、聖女様のご威光を笠に着て我らラインス商会とハスラングループの商売を妨害したのです!」
「はぁ。私は別にハスラングループの皆さんを罰しようと思っているわけではないですね」

 なんだか、ものすごい大事おおごとになっているような?

「聖女様! しかも今回はこともあろうに、我々が裏組織の者を利用して対立商会に刺客を差し向けたなどという濡れ衣を着せてきたのです!」
「ええと?」

 こんなことを私に言われてもどうしようもないような?

「ですから! 我々は濡れ衣を着せられているのです! 我がラインス商会は裏組織の者との付き合いなどありません!」
「はぁ。濡れ衣で罰せられるの良くないと思いますよ」
「そら! 聖女様のそう仰っているではないか!」
「待つでござるよ。そもそも、それは本当に濡れ衣なのでござるか?」
「もちろんだ!」
「そんなわけあるか! 聖女様! 我々はきちんと証拠を――」
「その証拠がでっちあげだというのだ!」

 再び怒鳴り合いが始まり、気付けば周囲は完全に野次馬に囲まれている。

「ええと、鎮静」

 私は男性に鎮静魔法を掛けて落ち着かせる。

「もう騒ぎになってしまいましたし、どこか部屋に案内してください。お話をお聞きします」

 どうやら私も関係している話のようだし、ちょっとくらいはいいだろう。

 こうして私たちは裁判所の一室で話を聞くことになったのだった。

◆◇◆

「と、このような証拠からラインス商会は有罪であると判断しました。そのためリヒャルド会長を収監し、またラインス商会に営業停止を命じたのでございます」

 説明されたことのいきさつはこうだ。

 まず私に直訴してきた男性の名前はベンノさんで、ラインス商会の会長リヒャルドさんの息子だ。

 ベンノさんが冤罪を訴えているのは川でベアトリクスさんという女性の水死体が見つかった事件で、ラインス商会のリヒャルド会長が裏社会の連中に依頼してベアトリクスさんを殺したとされているらしい。

 被害にあったベアトリクスさんはラインス商会の対立商会の会長夫人だったそうで、真っ先にトラブルになっていたラインス商会が疑われたらしい。

 実行犯はまだ捕まっていないものの、その地区を牛耳っている裏社会の男とリヒャルド会長が会員制の高級レストランで会食していたのが目撃されており、高級レストランからもそのような証言が得られている。

 そして会食が行われてからすぐにベアトリクスさんが行方不明となり、同時にリヒャルド会長と会食した男も姿を消した。

 そのうえその会食した男が被害者の女性を尾行していたとする目撃証言もあったことから、直接の証拠はないもののリヒャルド会長が犯行の首謀者であると判断したのだそうだ。

 ……これって、リヒャルド会長が指示した証拠ってどこにもないのでは?

「うーん?」

 よくわからずに首をひねっていると、ベンノさんが涙ながらに訴えてきた。

「聖女様! 我々は殺害を指示などしておりません!」
「……たしかに、証拠はないでござるな」
「やっぱりそう思いますか?」
「これで牢屋に入れられるなら、やりたい放題でござるな」
「ですよねぇ……」
「そ、そんな……っ!」

 裁判官らしき人が私たちの感想を聞いて絶句している。

 でも、これで殺人だって言われたらみんな困るんじゃないかな?

「聖女様! どうか裁判のやり直しを! お願いします!」
「え?」

 そんなこと私に言われても……。

 困った私はクリスさんのほうをちらりと見るが、クリスさんも困惑しきっている様子だ。

 ルーちゃんは……まあ、予想どおりではあるが出されたクッキーを美味しそうに頬張っている。

「聖女様! お願いします!」

 ベンノさんがそう懇願してくるが、裁判官らしき人もなぜか私のことをびくびくした様子でうかがっている。

「あの、裁判官さん。どうして私に裁判のやり直しをして欲しい、なんて話になるんですか?」
「それは――」
「聖女様はその権利をお持ちなのです! 聖女様による審判で裁判の結果が間違っていると判断された場合、裁判をやり直すと法で定められているからです! ですからどうか!」

 は? 私が裁判所の判断が間違っているかどうかを判断するわけ?

 それはいくらなんでも聖女様を信用しすぎじゃないだろうか?

 聖女なんてただの偶像なんだよ?

「あまりそういったことには関わりたくないところでござるが……」
「そうですよね」
「「聖女様!」」

 私がそう呟くと、ベンノさんと裁判官の人が同時にそう叫んだのだった。
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