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欲と業

第十一章第19話 冥龍王の最後(後編)

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「っ!」

 私は思わず結界を張り、ブレスに備える!

 だがいくら待っても、ブレスが飛んでくることもなければアンデッドが出現することもなかった。

 冥龍王はそのまま崩れ落ち、その体を力なく地面に横たえたのだ。

「あ、あれ?」
「フィーネ様、これは一体?」
「傷口に種を植えなくても効いているでござるな」

 よくわからないが、冥龍王は立ち上がることすらできていない。

 起き上がろうともがいているようだが、もうそんな力すら残っていない様子だ。

 なんというか、呆気ない。

 炎龍王との戦いと同じような戦いになることを覚悟していたのだが……。

「……ヴァルガルム様は闇属性じゃからな」

 インゴールヴィーナさんが複雑な表情でそう言ってきた。

「どういうことですか?」
「そなたの聖属性の力の前には無力ということなのじゃろう」

 んん? 何を言っているのかちょっとわからない。

「ええと、炎龍王と戦ったときはこんなんじゃなかったんです。いくらリーチェの種には瘴気を浄化する力があるとはいえ、傷口に埋め込まないと効きませんでしたよ?」
「じゃから、聖属性は闇属性に強いということじゃ。火に水をかけると消えるのと同じじゃよ」
「はぁ」

 やっぱりよくわからない。瘴気って、闇属性なの?

 瘴気を【闇属性魔法】でどうこうできる気はしないのだけれど。

 だからこそベルードたちは瘴気をどうにかするために進化の秘術を研究しているんじゃないだろうか?

 それにそもそも、リーチェの種は聖属性なんだろうか?

 聖属性の浄化魔法でできるのは瘴気を散らすことだけだ。リーチェの種による浄化は瘴気を消滅させているのだから、ちょっと違う気がする。

 そりゃあ、リーチェには聖属性の魔力を渡しているけどさ。

「フィーネ殿、とどめを刺すでござるよ」
「……そうですね」
「お任せください」

 クリスさんが聖剣を抜いて冥龍王の太い首に当てる。それから剣を振り上げ、真っすぐに振り下ろした。

 その一太刀は冥龍王の首筋に大きな傷をつけるが、傷口はゆっくりと塞がっていく。

 炎龍王とは再生する速さが違うが、それでも同じ特性を持っているらしい。

 私は炎龍王にしたのと同じように傷口へ種を埋め込んだ。すると冥龍王の体がビクンと震え、傷の再生がぴたりと止まる。

 するとなんと! 今度はその傷口がボロボロと広がり始めるではないか!

「……炎龍王のときとは大分違いますね」
「そうでござるな」

 そうしてしばらくすると苔で覆われた冥龍王の体は崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 もう、危険はなさそうだ。

 そう判断した私はリーチェを召喚した。

「リーチェ、あれの浄化をお願いします」

 するとリーチェはいつもと同じようにこくりと頷くと、冥龍王の体の上に次々と花びらを降らせていく。

「おお、これが恵みの花乙女の……」

 リーチェの浄化を初めて見たインゴールヴィーナさんが感慨深そうにそう呟いた。

 それから戻ってきたリーチェから種を受け取ると、花びらの山にそっと投げ込んだ。

 再びリーチェに魔力を渡すが、炎龍王のときのようにものすごい量の魔力が持っていかれる。

 きっとかなりの瘴気をため込んでいたに違いない。

 だが今回は炎龍王のときと違い、今回はMPにかなり余裕がある。

 そうしてしばらく浄化しつづけていると、冥龍王の体は跡形もなく消え去った。

 あたり一面には苔がびっしりと生えており、あちこちに白い小さな花を咲かせている。

「地下でもこのような花が咲くのですね」

 クリスさんが屈んで小さな花を観察している。

「そうみたいですね。リーチェの種はその場所に合った植物が育つのかもしれませんね」

 思えば毒沼を浄化したときははすのような植物だったし、トゥカットでは百合のような花が咲いていた。

 今回は地下だから、苔だったのかもしれない。

 なんとなく白の散りばめられた緑のじゅうたんを見てみると、白い花の隣に小さな黒い宝玉が転がっているのが目に入った。

 それを拾って見てみると、まるで夜の闇を凝縮したような不思議な色をしている。

「これが魔石でしょうか?」
「きっとそうでござるな」

 だがそんな闇色にもかかわらず、見ていて不安を感じるようなことはない。どちらかというと快眠できそうというか、そう、なんだか安らぐような不思議な感覚を覚える。

 この不思議な魔石を観察していると、いつの間にかインゴールヴィーナさんが脇から覗き込んでいた。

「……ヴァルガルム様。これでようやく……」

 じっと魔石を見つめていたインゴールヴィーナさんの口から、そんな言葉がこぼれた。誰かに聞かせる言葉ではなく、本当にぽろりと出てきたということがありありと感じ取れる。

 それは解放感からだろうか?

 安心感、いやそれとも旧知の相手が逝ってしまったことによる虚しさだろうか?

 もしかするとそれらの全てがないまぜになり、とても一言では言い表せないのかもしれない。

 魔石をじっと見つめるインゴールヴィーナさんの表情にはなんというか、ものすごい重みを感じる。

 私は冥龍王がどんな龍で、インゴールヴィーナさんとどんな関係を築いていたのかを知らない。

 なぜ冥龍王が瘴気を引き受け、自らを封印するという道を選んだのかも分からない。

 だがその口ぶりからして、インゴールヴィーナさんが尊敬していたことは間違いないだろう。

 そんな尊敬する相手が瘴気に呑まれて狂っていき、自分のことを忘れてしまう。

 しかもそれをずっと近くで見守り続けるという人生を選んだのだ。一体、どれほどの覚悟をすればそのような人生を送る決断ができるのだろうか?

 気が付けば私は魔石をインゴールヴィーナさんに差し出していた。

 魔石の保管をお願いしようとしていたはずなのに、私の口からは労いの言葉がついて出る。

「お疲れ様でした」
「っ!」

 インゴールヴィーナさんはそれを聞くなり目を見開き、息を呑んだ。

 それから小さく頷いて魔石を受け取ると大切そうに両手で抱え、胸元でぎゅっと握りしめたのだった。
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