勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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欲と業

第十一章第9話 北へ

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「聖女様!」

 手持ちの種を主教さんに渡し終えて迎賓館に戻り、そろそろ出発しようとしているとアスランさんが血相を変えてやってきた。

 ここは迎賓館なのだが、勝手に入ってきていいのだろうか?

「なぜこのまま旅立たれてしまうのですか!」
「はぁ。ご自身の胸に手を当てて考えてみてはいかがでしょうか? 種を買い占めたうえにオークションで売りさばいたそうじゃないですか」
「それはっ!」

 実は主教さんが本当のことを言っているのかを確認するため、シズクさんが念のため聞き込み調査をしてくれたのだ。

 するとどうやらこのオークションの話はかなり有名だったらしく、あっという間に証言が集まった。しかもなんと当時の新聞にも大々的に広告が出されており、その高額な落札価格もニュースになっていたのだそうだ。

「当時は、本当に効果があるとは誰も知らなかったのです! もし知っていたなら! そのようなことは致しませんでした!」
「でも、何もしなかったじゃないですか。アスランさんが買い戻して、人々のために配れば良かったんじゃないですか?」
「それは……」

 アスランさんが初めて温和な表情を崩して、表情を歪めた。

「アスランさんはお金儲けのために私の意向を無視し、そのせいで今も人々は苦しんでいるんですよ? どうしてそんなことをしたアスランさんを信用して種を預けなければいけないんですか?」
「ぐ……」
「そういうわけですから、お引き取りください。私はアスランさんのグループには種を渡しません。どこかで誰かに託すとしても、ハスラングループにだけは渡さないように強く言っておきます」
「そんな! 聖女様!」
「そもそもこんなことをしているから瘴気が生まれ、より魔物が暴れるようになるんです」

 ああ、なんだか話をしていたら久しぶりに少し腹が立ってきた。

「大体ですね、アスランさんはどうして勝手に入り込んでいるんですか? アスランさんは迎賓館のフリーパスでも持っているんですか? それともブルースター共和国は迎賓館に呼ばれてもいない人が歩いているのを――」
「フィーネ様、これ以上は時間の無駄です。それに今の件をこれ以上追求すれば外交問題に発展する可能性が高いです。となれば、ここで長時間の足止めをされてしまうかもしれません。それよりも、早く白銀の里に着くことのほうが大切なのではありませんか?」
「あ……」

 そうだった。一応私はホワイトムーン王国の聖女ということになっていて、迎賓館に泊めてもらったということは国賓として扱われているのだ。

 そんな他国の聖女のところに不審者がやってきたという話になれば、ホワイトムーン王国としては抗議をせざるを得ない。

 そうなれば、事情聴取やらなんやらで出発が大幅に遅れることは間違いない。

 うん、クリスさんの言うとおりだ。

「そうですね。出発しましょう」
「はい」

 こうして私はアスランさんを無視してそのまま馬車に乗り込んだ。シズクさんとルーちゃんも乗り込み、クリスさんが御者台に座って馬車を発進させる。

「聖女様!」

 アスランさんの叫び声が聞こえたが、私たちを乗せた馬車はそれを無視してゆっくりと動き始めた。

 アスランさんはかなりの権力者のようだし、きっとそのうちまた会うこともあるだろう。そのときまでにきちんと反省しておいてくれればいいのだけれど……。

◆◇◆

 リルンを出発した私たちは、エルムデンを目指して以前通った街道を北へ向かって進んでいる。

 ごとごとと揺れる馬車の中から外の景色を眺めていると、ルーちゃんが何か思いつめたような様子で話しかけてきた。

「姉さま……」
「なんですか?」
「あいつ、なんか怪しくないですか?」
「え? あいつって誰のことですか?」
「あの、アスランって人です」
「どういうことですか?」
「えっと、上手くは言えないんですけど、なんだかすごく悪いやつなような気がするんです」
「悪いやつ?」
「はい……」

 どういうことだろうか?

 前にアスランさんと会ったときの印象とは違って、金にがめつい人だということは間違いないだろう。

 だが国一番の商会で、国を牛耳っているとまで言われている商会の会長なのだ。お金儲けが大好きな人でないとそんな商会を率いることはできないだろう。

 私は返答に困り、シズクさんのほうへと視線を送った。

「ん? 拙者でござるか? そうでござるな。ハスラングループはトゥカットで商人たちに聞いて初めて知ったでござるが、あの会長は少なくとも善人ではないと思うでござるよ」
「どうしてそう思うんですか?」
「それはフィーネ殿も指摘したとおりでござるよ。善人であれば、あの種を植えると魔物が減ると分かった時点ですぐに種を買い戻すでござるよ。あの男は新聞社なる民を扇動する組織も持っているようでござるしな。そこを動かせば売った値段で買い戻すぐらいはわけないでござるよ」
「なるほど……」

 新聞社が扇動組織かどうかはさておき、民衆を焚きつければそれぐらいはできそうだ。

「フィーネ殿にああして近づいてくるのだって、きっと自分の利益のためにやっているのでござろう。故に、善人ではないと思うでござるよ。ただ、ルミア殿の言うような悪人かどうかは確信が持てないでござるな」

 なるほど……ん?

「確信が持てないってどういうことですか?」
「ああ、それは単にあれだけ大きな商会のトップが悪いことをしていないはずがないということでござるよ。ただ、悪人であるかどうかはまだ分からないでござるな」
「え?」

 どういうことだろう?

「たとえば、奴隷たちを保護していたあの建物でござる」
「ええと?」
「あの男は、あの建物をホテルにしようとしていたと言っていたでござろう?」
「そうですね」
「あんな迎賓館のすぐ近くという一等地に、あれだけまとまった建物をどうやって手に入れたのでござろうな?」
「?」
「もしかするとたまたまかもしれないでござるが、これまで通ってきた町の一等地には必ずハスラングランドホテルがあったでござるな」
「はい。そうですね。私たちも泊めてもらいましたからね」
「そういうことでござるよ」
「ええと?」
「土地を買い上げるのは簡単ではないでござるよ。都合よく一等地にあれほど広い土地をあちこちの町で手に入れるのは、並大抵のことではないでござる。きっと、役人や有力者を金で抱き込むくらいはしていたでござろうな。場合によっては暴力的な手段や良くない連中を使っていたかもしれないでござるよ」
「ああ、なるほど」
「もっとも、ハスラングループがホテルを建設しようとしているときにたまたま運よく全ての町で土地を売りたい者がいて、たまたま売ってくれたのかもしれないでござるがな」

 そう言ってシズクさんはニヤリと笑ったのだった。
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