勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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滅びの神託

第十章第31話 新たなる神託

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 ここはガティルエ公爵領の領都、ヴェルセレア。その中心には荘厳なガティルエ公爵邸が支配者としての威容を誇っている。かつて聖女候補だったシャルロット・ドゥ・ガティルエは、そんな公爵邸の自室で今日も床にせっていた。

「お嬢様。失礼いたします」

 メイドたちがそう言って入室すると、彼女たちの主人であるシャルロットの横たわるベッドへと近づいた。ベッドに体を横たえたシャルロットの目は開かれているものの、その目に光はない。その顔も以前とは違って頬がこけており、長い間まともに食事もっていない様子だ。

 ベッドサイドのテーブルには輝きを失ったロザリオとユーグの残した指輪が置かれていた。

「お嬢様。失礼いたします」

 メイドたちがシャルロットの上体を起こすとその髪をかし、また服を脱がせて全身をくまなく拭いて体を清めていく。

そうして身支度を整えられたシャルロットの前に食事が運ばれてきた。

「お嬢様。どうかお召し上がりください。ご家族も心配なさっております」
「さあ、お嬢様。どうか。きっとご友人のフィーネ・アルジェンタータ様はお戻りになられるはずです。あの方は約束を違えるような方ではございませんよ」

 そう声をかけられつつ口に流し込まれた食事をシャルロットは時間をかけてゆっくりと嚥下する。

 そうして長い時間をかけ、シャルロットは食事を終えると再びベッドに体を横たえたのだった。

◆◇◆

「お嬢様、失礼いたします」

 メイドが明るくそう言ってから入出すると、シャルロットのもとへと駆け寄った。

「お嬢様! ついにフィーネ・アルジェンタータ様がお戻りになられたそうですよ!」

 だがシャルロットはその言葉にすら反応しない。

「お嬢様……」

 彼女は悲しそうにそう呟いたが、すぐに首を横に振った。そして笑みを浮かべ、明るく優しげにシャルロットに声をかける。

「お嬢様。今日はさらにいい報せがあるんですよ?」

 そう言って手に持った便せんを差し出した。

「こちら、なんとフィーネ様からお嬢様へのお手紙です。旦那様が、王都でフィーネ様から直接預かってらしたそうですよ!」

 しかしシャルロットからの反応はない。

「お嬢様……。お嬢様! フィーネ様ですよ! せっかくご友人が無事に戻ってきてくださったというのに、どうして目を覚ましてくださらないんですか!」

 必死に呼び掛ける彼女にもやはりシャルロットは反応しない。

「……取り乱して申し訳ございません。お手紙はサイドテーブルに置いておきますね。さあ、お嬢様。お支度のお手伝いをさせていただきます」

 そういって彼女はシャルロットの体を清め、髪と服装を整えていく。そして長い時間をかけてシャルロットに食事を摂らせると、彼女はシャルロットをベッドに横たえて部屋を後にしたのだった。

◆◇◆

 とある日の深夜、月の出ていないヴェルセレアは闇に包まれていた。家々からも明かりが消え、町はすっかり寝静まっている。

 もちろんそれはシャルロットの住むガティルエ公爵邸とて例外ではない。だが、そんなガティルエ公爵邸の一室から白い光が突如としてあふれだした。その光はどこか神々しく、とても神聖なものにも見える。

「な!? あれは、お嬢様のお部屋では!?」

 外で警備に当たっていた男は大慌てでそのことを報せに邸内へと走るのだった。

◆◇◆

「……よ。シャルロット・ドゥ・ガティルエよ」

 何者かに呼ばれ、シャルロットは目を覚ました。しかしそこは見渡す限り雲が続いている何も無い場所だった。

「え? わ、わたくし、どうして……? ここは?」
「シャルロット・ドゥ・ガティルエよ。そなたに神託を下す」
「え? ま、まさか!」

 ぼんやりとしたハゲ頭を見たシャルロットは慌ててブーンからのジャンピング土下座を決める。

「勇者とは、勇気ある者なり。勇者とは、魔王を滅ぼす者なり」
「!!」

 それを聞いたシャルロットは息を呑んだ。

「すべての災厄が倒れしとき、災厄の王が蘇る。勇者は災厄の王を倒せる者なり」
「災厄の、王?」

 しかしシャルロットの疑問にハゲ頭の人物が答えることはなかった。

「ユーグ・ド・エルネソスは死してなお、シャルロット・ドゥ・ガティルエを守ることを望んだ。その高潔なる願いを認め、勇者シャルロット・ドゥ・ガティルエよ。そなたに神剣ユグドネソスを授ける」
「え?」
「勇者シャルロットよ。魔を打ち倒し、世界に光の時代をもたらすがよい」

 その言葉を聞いたシャルロットの視界はすぐにホワイトアウトしたのだった。

◆◇◆

 気が付くと、シャルロットは自室のベッドで寝ていた。

「今のは、一体?」

 そう呟いたシャルロットはゆっくりと上体を起こす。しかし、たったそれだけの動作で彼女は息を切らしてしまった。

「どうなっているんですの?」

 そう言って窓の外をちらりと見遣るが、どうやら今は深夜のようでそこには闇が広がるばかりだ。

 すると突然、サイドテーブルの上から白い光が放たれた。

「えっ!?」

 慌てて振り向いた視線の先には輝きを失ったはずのロザリオとユーグとの想い出の指輪があり、なんとその二つが光り輝いているのだ。

「ええっ? どういうことですの?」

 シャルロットがその様子を眺めていると、やがてその二つはふわりと宙に浮かびあがった。そして指輪がロザリオへと吸い込まれるようにして消えていく。

「待って! それはわたくしとユーグ様の大切な!」

 しかしシャルロットの言葉もむなしく二つは一つになり、そして眩い光を放つ。

「あっ!」

 あまりの眩しさにシャルロットは思わず顔を背けた。やがて光が収まり、シャルロットが顔を上げるとそこには淡く光り輝く一振りの剣が浮かんでいた。

「……そう。そういうことですのね。神は、わたくしにもまだ使命があると仰るのですね」

 悲しそうで、寂しそうで、それでいて決意のこもった目をしたシャルロットが剣を掴んだ。

「あ、ユーグ、様……」

 優しい表情をしたシャルロットは剣を杖にし、ふらつく足でなんとか立ち上がる。

 と、そのときだった。部屋の扉がノックされる。

「お嬢様! ご無事ですか!」

 いつものメイドの慌てた声が扉の向こう側から聞こえてくる。

「ええ。大丈夫ですわ。わたくしにも、まだ使命が残っていたようですの」
「っ! お嬢様!」

 しっかりとした口調でそう答えたシャルロットに、扉の向こう側からは感極まった声が聞こえてきたのだった。
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