勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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滅びの神託

第十章第26話 復興したトゥカット

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2021/12/14 誤字を修正しました
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 サリメジを出発して三日後、私たちは予定通りトゥカットへと到着した。前回とは違って南門から日の出ている時間だ。車窓からは多くの人でごった返すトゥカットの平和な光景が確認できる。

 あれ? 多くの人でごった返している?

「聞いていたよりも栄えているでござるな」
「もしかして、また吸血鬼がいるんでしょうか? 姉さま……」
「ルミア。吸血鬼の眷属はこの時間に外を歩けば太陽の光に焼かれて消滅する。フィーネ様だけが特別なのだ」
「あ、そうでした。えへっ」

 ルーちゃんは恥ずかしそうに笑って誤魔化す。

「それにしても、どうなってるんでしょうね?」
「村というには人が多いでござるな」
「本当ですね」

 再び馬車の外に視線の送る。いくら進んでも人混みが途切れることなく、道行く人々は物々しい警備態勢でやってきたホワイトムーン王国の豪華な馬車を見ては何かを囁き合っている。

 あれ? もしかして私たち、不審がられているのかな?

 そりゃあ、いきなり外国の馬車がやってきたら驚くよね。

 そんなことを考えていると、懐かしいフェルヒの館に私たちを乗せた馬車が到着した。

「聖女様。ただいま市長に面会の申し入れを行っております。想像以上に町として急速な復興を遂げていたようで、お手数をおかけして申し訳ございません。どうかしばらくお待ちください」
「はい。大丈夫ですよ」

 ちらりと車窓からフェルヒの館を仰ぎ見ると、そこは以前と同じ建物ながらも、吸血鬼の巣窟となっていたとは思えないほどきっちりと整えられている。
 
「なんだか、懐かしいですね」

 私の何気ない一言にクリスさんたちは少し顔をしかめた。

「フィーネ様。私たちは気が気ではなかったのですよ」
「ああ、そうでした。あのときはいつの間にかさらわれてしまって、心配をかけてしまいました。でも今はもう安心ですよ。だって、寝ていても結界が解けることはなくなりましたからね」
「……はい。ですが、いつでもフィーネ様の結界を頼りにできるわけではありませんので」
「それもそうですね。頼りにしていますよ」
「はい」

 そんな話をしていると馬車のドアがノックされた。

「聖女様。失礼いたします。市長との面会の準備が整いました」
「ありがとうございます」

 こうして私たちは吸血鬼の館ではなくなったトゥカットの市長さんの館へと足を踏み入れたのだった。

◆◇◆

 応接室に通された私たちは一通り自己紹介を終えると、市長さんが町の様子やあの後のことを教えてくれた。

「聖女様が吸血鬼を退治してくださり、無人となっていたトゥカットに人が住むようになったのはすぐのことです。ユルギュから一部の有志が鉱山を再開しようと移住しました。それからは鉱山の関係者を中心に少しずつ人口が増えていきました」
「ですが、今は随分と人がたくさん住んでいますよね。サリメジでは村程度の人口だと聞きました」
「はい。しかし魔物が暴れるようになってから状況が変わったのです。特にここ数か月で一気に移住者が増えました」
「ええと? 魔物が暴れているのに皆さん、移住してきたんですか?」
「はい。理由は不明なのですが、トゥカット周辺は比較的魔物が大人しいのです。そうですね。魔王警報が注意報の段階だったときのような感じと申し上げれば分かりやすいでしょうか」
「それは、どうしてなんですか?」
「はっきりしたことは分かっておりません。ただ、我々は聖女様のおかげだと考えております」
「え? 私ですか?」
「はい。吸血鬼を退治してくださったとき、この町を隅々まで浄化してくださったと聞いております。ですから、きっとそのおかげで魔物たちも寄ってこないのではないかと考えております」
「はぁ」

 それはおそらく違う気がする。なぜなら浄化魔法では瘴気を散らすことはできるが、消滅させることはできないからだ。

「その真偽は定かではありませんが、我々はそう信じておるのです」
「そうですか」

 まあ、魔物が襲ってこないならそれはそれでいいかもしれないね。

 それからしばらく市長さんから話を聞いたのだがこれといって目ぼしい情報はなく、そのまま市長さんとの面会は終了したのだった。

◆◇◆

 市長さんの館を出た私たちは今、トゥカットの大通りを歩いている。大通りには変わらず多くの人々が行き交っており、露天商の威勢のいい声や買い物客の話し声が町の賑わいを実感させてくれる。

「うーん。どういうことなんでしょうね?」
「分かりませんが、市長の言うことも信じたくなります」
「でも浄化魔法では瘴気を消せないんですから、私が原因ではないと思うんですよ」
「ですが……」

 そんな話をしながらぶらぶら歩いていると、いつの間にか中央広場にやってきていた。

「あ、ここはたしか……」

 そうして視線を送った先、広場の真ん中にある芝生に一輪の花が咲いている。まるで百合のような形の花で、淡いピンクのきれいな色の花びらがなんとも美しい。

 私たちが近づこうとすると、いつの間にかリーチェがその花の隣におり、愛おしそうに花びらを撫でている。

 リーチェだけでもかわいいのに、きれいな花と並んだリーチェはもっとかわいい。

 おや? リーチェが何か言いたそうにしているような?

 ええっ!? これはあのとき植えた種が育って咲いた花!?

「どうやら、リーチェの種が育って花を咲かせたみたいです」
「そうなのですか。このような乾燥した場所に百合とは」
「さすが姉さまとリーチェちゃんですねっ!」
「うちのリーチェですから」

 リーチェが褒められるのは自分のことのように嬉しい。

「……フィーネ殿。原因はこれではござらんか?」
「え?」
「思えば、セムノスも魔物の被害が少なかったでござるな」
「え? ああ、はい。そうでした」
「そしてここトゥカットもでござる。共通点は、リーチェ殿の種が植えられていたことでござるよ」
「……ああ、そうですね」

 言われてみれば、この種は瘴気を浄化することができるのだ。だから周囲の瘴気を吸い取って浄化していたとしても不思議ではないし、私もそのつもりであちこちに種を植えてきた。

 だがそれはほんの気休め程度のつもりで、まさかここまで効果があるとは想像だにしていなかった。

「これってもしかして、リーチェの種をあちこちに植えておけば瘴気の問題を解決できるってことでしょうか?」
「可能性はあるでござるが、フィーネ殿一人ではどうしようもないでござるな」
「あ……それもそうですね。私が世界中を回るわけにはいかないですし」

 希望が見えたかと思ったが、どうやら一筋縄ではいかないようだ。

「そうでござるな。でもちょうどいい人間ならたくさんいるでござるよ」

 そう言ってシズクさんは意味深な笑みを浮かべたのだった。
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