上 下
411 / 625
人と魔物と魔王と聖女

第九章第37話 変態疑惑

しおりを挟む
「そういえば、ベルードはアイリスさんの昔からの知り合いなんですか?」
「ん? どうした? 藪から棒に」
「いえ。ただ、ベルードはアイリスさんを大変な困難の末に助けたと聞きました。だから昔からの知り合いだったのかな、と」
「いや、違うな」
「ではどうしてアイリスさんを助けたんですか?」

 私の質問にベルードはじっくりと考え込むような素振りをみせた。

「そうだな。理由はフィーネ、貴様だな」
「え? 私?」
「ああ。あの時フィーネは精霊を召喚してあの村の瘴気を消滅させてみせた。であればエルフを仲間に迎え入れればその力の一端が分かると思ってな。それで里の外で人間に捕まっているエルフを探したのだ」
「それがたまたま、アイリスさんだったんですね」
「ああ、そうだ」
「他には見ませんでしたか? 私の妹分の子の妹を探しているんですけど……」
「いや、知らんな。貴様の妹分というのは、あの時の緑の髪のエルフか?」
「はい」
「なるほど……」

 ベルードはそう言って何かを思い出そうとしている素振りしたが、すぐに首を横に振る。

「いや、心当たりはないな。すまない」
「いえ、ありがとうございます。私たちもそう簡単には見つかると思っていませんから」
「どこかでそういった話を聞いたら伝えよう」
「ありがとうございます」

 なんだか、話してみるとベルードは意外と悪人ではないかもしれない。

 女湯を覗く変態ではあるけれど。

 って、思い出してしまった。

「そういえば」
「なんだ?」
「ベルードはどうして私に殴り飛ばされた後、海に浮かんで晴れやかな表情を浮かべていたんですか?」
「んなっ!? ち、違う。私は断じて変態なわけでもなければ貴様に殴られて喜んでいたわけではない」
「はぁ。あまり蒸し返すのも悪いとは思いますけど、やっぱり気にはなってしまいますね。それに、ベルードはアイリスさんの恋人なんですよね? だったらアイリスさんにもベルードをビンタしたほうが喜ぶって教えてあげたほうがいいかなって思いまして」
「いや、違う! 違うのだ!」
「はぁ」

 ここまで必死に否定されると変態疑惑はますます深まっていく。それを私の表情から察したのか、ベルードは諦めたように小さくため息をついた。

「分かった。アイリスにまでそんなことを吹き込まれたのでは敵わんからな」

 そうは言っているが、単に性癖を隠しているだけなのではないだろうか?

 それならアイリスさんをリエラさんに紹介して、女王様の極意を叩き込んでもらうのも良いかもしれない。

「何を考えているのか知らんが、私はドMではないからな」

 むむむ。どうして考えていることがバレたのだろうか?

「魔王は瘴気による衝動を引き受けているということを話しただろう?」
「はい」

 いきなり真面目になった。

「私も魔王を目指している以上、大量の瘴気とその衝動を引き受けているのだ」

 なるほど。それはたしかにそうなのだろう。

「その私に貴様はあれほどのバカげた出力の浄化魔法を撃ち込んできたのだ。そのおかげで一時的に瘴気による衝動が解消されたのだ」
「はぁ」
「なんだ。その気のない返事は」
「でも、魔物に浄化魔法を使っても倒せないじゃないですか」
「それはそうだろう。魔物はそもそも実体化しているのだ。そう簡単に浄化などできん」
「じゃあ、ベルードはどうしてですか?」
「貴様の浄化魔法の出力がおかしすぎるのだ! 一体何をどうすればあんなバカげた出力になるのだ。しかも見事な拳を入れよって。聖女とは治癒師の流れをんだ戦闘力の一切無い職業ではなかったのか?」
「あはは。一応、吸血鬼ですから。身体能力だけはそこそこあるんです」

 私がそう言うとベルードは小さく舌打ちをした。

「そういえば、アイリスさんに掛けられた隷属の呪印を無効化したって聞きましたけど」
「ああ、その話か。進化の秘術を使って呪印に干渉しただけだ。消すことはできなくてもその本質を変えることはできるからな」

 なるほど。解呪以外にも本当に選択肢があるのか。

 ということは、進化の秘術は正しく使われれば無限の可能性を秘めているのではないだろうか?

「先に断っておくが、私はアイリスを無理矢理縛ってなどいないからな。あいつがどこかの里に行って暮らしたいというならいつでも送り出してやるつもりだ。今あいつが私のもとに残っているのはあいつ自身の意志だ」
「そうですか。……じゃあ、アイリスさんがそう言った場合は私に教えてください。私は隷属の呪印を解呪できますから」
「そうか。ならばその時は頼む」

 ベルードはそう言って優しい微笑みを浮かべた。

 うん。どうやらベルードは本当にアイリスさんを大切にしているようだ。

「それとな。世話になっているのは私のほうでもあるのだ」
「え?」
「あいつはな。私に歌を歌ってくれるのだ。その歌はな。瘴気の衝動に苛まれている私の心を落ち着かせてくれるのだ」

 ああ、たしかにアイリスさんの歌はすごかったもんね。

「あいつの過去の話は聞いたことがあるか?」
「はい。人間の奴隷にされた、というくらいでしたら」
「ああ。そうだ。人間の奴隷にされていたとき、無理やり歌姫の職業に変更させられたそうだ」
「職業を変更? 神様にお祈りしなきゃダメなのにですか?」
「隷属の呪印の強制力はそれほどまでに強いということだ」

 そう言われて初めて会ったときのルーちゃんを思い出した。

 たしかに、あれはひどかった。あんな外道なことを許してはならないと強く感じたのをまるで昨日のことのように覚えている。

「だが、アイリスはその力を使って歌ってくれているのだ。心が落ち着くように、穏やかであるようにという祈りを込めてな」
「なるほど……」

 そんなやり方もあるのか。

 魔法薬師の次の職業は歌姫もありかもしれない。歌に乗せて色々な効果を届けられるならその効果は絶大のような気がする。

「アイリスさんの歌って、これですか?」

 私は習った歌を歌ってみた。ベルードは目を閉じてそれをじっくりと聞いてくれている。

 やがて一曲歌い切った私にベルードは拍手を送ってくれた。

「なるほど。これが聖女の歌か。フィーネの副職業は歌姫なのか?」
「いいえ、違いますよ。でも、戻ったらそうするのはありかも知れないと思いました」
「そうか……。そういえば戻りたいと言っていたな? ならば、私が送ってやろう」
「え? 良いんですか?」

 何ということだ! 渡りに船とはこのことだ。

「ああ。ただ、この島の場所を誰にも言わないことが条件だ」
「わかりました。この島の場所は秘密にします」
「いいだろう。明日、ワイバーンを寄越すからそいつに行き先を言え。といっても人里の近くには送れないがな」
「ありがとうございます。十分です」

 こうして私はついにこの島を出られることになったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...