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人と魔物と魔王と聖女
第九章第31話 孤島の宴
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たっぷりと長時間かけて温泉に浸かったアイリスさんは、ずいぶんとリフレッシュした様子になってくれた。温泉のおかげですっかり疲労が取れたのだろう。
「フィーネさん。温泉というのはすごいですね。それにお肌もすべすべになった気がします」
「そうなんです。温泉というのは大地からの贈り物ですからね」
「大地からの贈り物……」
私の言葉を繰り返したアイリスさんの表情は穏やかに微笑んでいる。
「……そうですね。とても素敵です。フィーネさん。ありがとうございます」
「はい」
どうやらアイリスさんも温泉の魅力を理解してくれたようだ。
これをきっかけにして魔大陸とやらでも温泉開発が進んでくれると嬉しいのだが……。
◆◇◆
「私の留守をよく守ってくれました。それから、フィーネさんにも感謝します。乾杯」
「乾杯ゴブ~」
アイリスさんの音頭で宴会がスタートした。もちろん手に持った木のコップにはハーブティーが注がれている。
宴会といってもメニューはいつもどおりだ。魚の塩焼きとスープ、目玉焼き、ふかし芋、野草サラダといったアイリスタウン産の料理が並び、そこにアイリスさんが持ってきてくれた黒パンが加わっている。
いつものメニューなので私たちには特に何も感じないが、久しぶりにこの島を訪れたアイリスさんからはえらく感動されている。
「このアイリスタウンでこれほど豊かな食事が食べられるなんて……!」
「これもフィーネのおかげゴブ」
「おかげだニャン」
「ワンワン」
あまり大したことはしていないけどね。でもお世話になっているのだし、このくらいするのは当然だと思う。
「フィーネさん。色々と、本当にありがとうございます。特にあの温泉というものはすばらしいですね」
「どういたしまして」
私としても温泉好きが増えてくれるならこんなに嬉しいことはない。
「そうゴブ。温泉は素晴らしいゴブ」
「お、お、お、おでも……そ、そ、そ、そ、そう、お、、お、お、思う……」
「オレッチ、温泉は得意じゃないっち……」
まあ、アルベルトは植物だからね。リーチェがあまり得意ではないのと同じなのだろう。
ただ、そんな話は置いておいて気になることがある。アイリスさんの前には成人男性が食べる量よりも少し多いくらいの量の料理が取り分けられている。
ルーちゃんやリエラさんほどではないが、かなりの大食いらしい。
「あの、アイリスさん。ずいぶんたくさん食べるんですね?」
「え? あ、はい。昔からたくさん食べたほうがいいと言われてきたので……」
これは……やはりあの胸に栄養を行き渡らせるのに必要なのだろうか?
ということは私の胸が成長しないのは小食が原因なのか?
いや、でも背も伸びていないしな。うーん……?
「それに、その魔大陸では大変でしたので。だからたくさん食べてよく眠るようにしているんです。そうすれば疲労も抜けますから」
アイリスさんはそう言って一度言葉を切ると、私の顔を見ておもむろに口を開く。
「ですが、今日からはそこに温泉を加えようと思います」
「ぜひそうしてください」
「はい」
アイリスさんはそう言って柔らかな笑顔を浮かべた。
ここに来たばかりのアイリスさんはかなり疲れた様子だったが、もうそんな様子は微塵も見受けられない。
魔大陸で何をしているのかは知らないが、しっかりと英気を養ってお仕事をがんばってくれたらと思う。
◆◇◆
やがて用意した料理も空になった。アイリスさんは新鮮な魚を使った料理をずいぶんと気に入ってくれたらしい。かなりたくさん食べていたのに、さらにおかわりまでしてくれた。
大した調理をしたわけではないが、それでも魚を獲ってきた身としては何とも嬉しい限りだ。
今はみんなでアイリスさんを囲んでいる。
何をしているのかというと、アイリスさんが歌ってくれるのを待っているのだ。
ヴェラの話によると、アイリスさんはとても歌がうまくて聞いていると穏やかな気持ちになれるのだそうだ。
やがてアイリスさんがおもむろに立ち上がった。そして静かに目を閉じたアイリスさんは右手をその豊満な胸に当て、ゆっくりと歌い始めた。
静かなアイリスタウンの夜に鈴を転がしたかのような優しい歌声が響き渡る。
優しくて、心地よくて、柔らかな気持ちにさせてくれる美しい歌声。
おお、すごい。
ヴェラが褒めていたので期待していたが、これは想像以上だ。
はっきり言って、これはお金を取れるレベルだと思う。
私はその素晴らしい歌に聞き惚れていると、あっという間に一曲が終わってしまった。
ああ、名残惜しい!
私が拍手をするとアイリスさんはこちらに向かって一礼してくれた。
「素晴らしいです! ずっと聞いていたくなりますね」
「ありがとうございます。それじゃあ、フィーネさんもご一緒に」
「え? わ、私はアイリスさんのように上手ではないですから」
「歌はですね? 上手か下手かではなく、楽しいかどうかですよ」
そう言われてしまうと断りづらい。
ええい。仕方ない。恥はかき捨てだ。
そう思ってアイリスさんに近寄る。
「はい。それじゃあみんなで歌いましょう」
アイリスさんはそう言って先ほどの歌をもう一度ゆっくりと歌い始めた。
私もそれに倣い、見よう見まね歌えるところだけを歌ってみる。
こうして町長さんを囲んだ宴は楽し気な歌声に包まれ、アイリスタウンの夜は更けていくのだった。
え? 歌はどうだったかって?
上手だったかどうかはわからないけど、アイリスさんは優しく褒めてくれたよ。
それになんというか、歌を歌うことの楽しさは理解できたと思う。
「フィーネさん。温泉というのはすごいですね。それにお肌もすべすべになった気がします」
「そうなんです。温泉というのは大地からの贈り物ですからね」
「大地からの贈り物……」
私の言葉を繰り返したアイリスさんの表情は穏やかに微笑んでいる。
「……そうですね。とても素敵です。フィーネさん。ありがとうございます」
「はい」
どうやらアイリスさんも温泉の魅力を理解してくれたようだ。
これをきっかけにして魔大陸とやらでも温泉開発が進んでくれると嬉しいのだが……。
◆◇◆
「私の留守をよく守ってくれました。それから、フィーネさんにも感謝します。乾杯」
「乾杯ゴブ~」
アイリスさんの音頭で宴会がスタートした。もちろん手に持った木のコップにはハーブティーが注がれている。
宴会といってもメニューはいつもどおりだ。魚の塩焼きとスープ、目玉焼き、ふかし芋、野草サラダといったアイリスタウン産の料理が並び、そこにアイリスさんが持ってきてくれた黒パンが加わっている。
いつものメニューなので私たちには特に何も感じないが、久しぶりにこの島を訪れたアイリスさんからはえらく感動されている。
「このアイリスタウンでこれほど豊かな食事が食べられるなんて……!」
「これもフィーネのおかげゴブ」
「おかげだニャン」
「ワンワン」
あまり大したことはしていないけどね。でもお世話になっているのだし、このくらいするのは当然だと思う。
「フィーネさん。色々と、本当にありがとうございます。特にあの温泉というものはすばらしいですね」
「どういたしまして」
私としても温泉好きが増えてくれるならこんなに嬉しいことはない。
「そうゴブ。温泉は素晴らしいゴブ」
「お、お、お、おでも……そ、そ、そ、そ、そう、お、、お、お、思う……」
「オレッチ、温泉は得意じゃないっち……」
まあ、アルベルトは植物だからね。リーチェがあまり得意ではないのと同じなのだろう。
ただ、そんな話は置いておいて気になることがある。アイリスさんの前には成人男性が食べる量よりも少し多いくらいの量の料理が取り分けられている。
ルーちゃんやリエラさんほどではないが、かなりの大食いらしい。
「あの、アイリスさん。ずいぶんたくさん食べるんですね?」
「え? あ、はい。昔からたくさん食べたほうがいいと言われてきたので……」
これは……やはりあの胸に栄養を行き渡らせるのに必要なのだろうか?
ということは私の胸が成長しないのは小食が原因なのか?
いや、でも背も伸びていないしな。うーん……?
「それに、その魔大陸では大変でしたので。だからたくさん食べてよく眠るようにしているんです。そうすれば疲労も抜けますから」
アイリスさんはそう言って一度言葉を切ると、私の顔を見ておもむろに口を開く。
「ですが、今日からはそこに温泉を加えようと思います」
「ぜひそうしてください」
「はい」
アイリスさんはそう言って柔らかな笑顔を浮かべた。
ここに来たばかりのアイリスさんはかなり疲れた様子だったが、もうそんな様子は微塵も見受けられない。
魔大陸で何をしているのかは知らないが、しっかりと英気を養ってお仕事をがんばってくれたらと思う。
◆◇◆
やがて用意した料理も空になった。アイリスさんは新鮮な魚を使った料理をずいぶんと気に入ってくれたらしい。かなりたくさん食べていたのに、さらにおかわりまでしてくれた。
大した調理をしたわけではないが、それでも魚を獲ってきた身としては何とも嬉しい限りだ。
今はみんなでアイリスさんを囲んでいる。
何をしているのかというと、アイリスさんが歌ってくれるのを待っているのだ。
ヴェラの話によると、アイリスさんはとても歌がうまくて聞いていると穏やかな気持ちになれるのだそうだ。
やがてアイリスさんがおもむろに立ち上がった。そして静かに目を閉じたアイリスさんは右手をその豊満な胸に当て、ゆっくりと歌い始めた。
静かなアイリスタウンの夜に鈴を転がしたかのような優しい歌声が響き渡る。
優しくて、心地よくて、柔らかな気持ちにさせてくれる美しい歌声。
おお、すごい。
ヴェラが褒めていたので期待していたが、これは想像以上だ。
はっきり言って、これはお金を取れるレベルだと思う。
私はその素晴らしい歌に聞き惚れていると、あっという間に一曲が終わってしまった。
ああ、名残惜しい!
私が拍手をするとアイリスさんはこちらに向かって一礼してくれた。
「素晴らしいです! ずっと聞いていたくなりますね」
「ありがとうございます。それじゃあ、フィーネさんもご一緒に」
「え? わ、私はアイリスさんのように上手ではないですから」
「歌はですね? 上手か下手かではなく、楽しいかどうかですよ」
そう言われてしまうと断りづらい。
ええい。仕方ない。恥はかき捨てだ。
そう思ってアイリスさんに近寄る。
「はい。それじゃあみんなで歌いましょう」
アイリスさんはそう言って先ほどの歌をもう一度ゆっくりと歌い始めた。
私もそれに倣い、見よう見まね歌えるところだけを歌ってみる。
こうして町長さんを囲んだ宴は楽し気な歌声に包まれ、アイリスタウンの夜は更けていくのだった。
え? 歌はどうだったかって?
上手だったかどうかはわからないけど、アイリスさんは優しく褒めてくれたよ。
それになんというか、歌を歌うことの楽しさは理解できたと思う。
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