勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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黒き野望

第八章第21話 呪い

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私たちはシャルたちが築いた陣地へと撤退した。

兵士の皆さんの大半は目を覚ましたが、重傷だったリシャールさんと恐らく MP 切れになったと思われるシャルはいまだに目を覚ましていない。

私は天幕内でシャルのベッドサイドに置かれた椅子に座り、その容体を観察する。

何かにうなされているようで、時おりしかめっ面になったり「ううう」と苦しそうなうめき声を上げたりしている。

これは呪いを受けた影響か、それともやはりユーグさんのことか。いや、その両方かも知れない。

私は苦しむシャルの額にそっと手をあてては彼女の回復を祈る。

「フィーネ様……」
「大丈夫です。ただ、心配なのでもう少しこうさせていてください」
「はい」

クリスさんが心配そうな表情で私を見つめている。

ああ、もしかしたらレッドスカイ帝国で私が MP 切れで倒れたときにクリスさんはこんな気持ちだったのかもしれない。

申し訳ないという気持ちとクリスさんに対する感謝の気持ちを私の胸中で交錯する。

「うう……」

シャルが苦しそうなうめき声を上げた。

「シャル……」

私はもう一度シャルの額に手をあてる。

「いやあぁぁぁぁぁ」

突然シャルは悲鳴を上げるとガバッっと上体を起こした。

マンガなんかでよく見るシチュエーションではあるが、目の前で実際に寝ている状態から上体を起こすのを見ると「かなり腹筋を使いそうだな」などというどうでもいいことを考えてしまう。

そんな私の目の前でシャルは大きく息を切らしており、寝覚めが良いとはとても言えそうにない。

「シャル?」
「……あ、フィーネ」

私の顔を見たシャルの目からはポロポロと涙がこぼれだす。

「シャル? 大丈夫ですか?」
「……夢、じゃないんですのよね?」
「はい。ちゃんと私はここにいますよ」

私はそう言ってシャルの右手に手を添える。

「あ、わ、わたくし……あ、リシャール! リシャールが!」

私の手を勢いよく握ったシャルは私に顔を近づけてきた。

「お願いですわ! どうかリシャールを! わたくし!」

まくし立てるように話すシャルを安心させるように私はニッコリと微笑む。

「大丈夫です。リシャールさんは助かりました。きっとシャルが MP 切れになるまで治癒魔法をかけ続けてくれたおかげです」
「え?」

シャルは信じられないといった表情を浮かべている。

「フィーネ様。リシャール殿の様子を見て参ります」
「お願いします」

クリスさんがそう言って気を利かせて退出してくれた。きっと外で待っていてくれていることだろう。

「本当に? 本当に助かったんですの?」
「はい。危ないところでしたが何とかなりました」
「そう……よかった……」

シャルはそう言って安堵の表情を浮かべたが、そのまま俯いてしまった。

「シャル?」
「わたくし、聖女失格かもしれませんわ」

大切な友達との約束を果たすためいつだって一生懸命に努力していて、そしてどんな時も自信満々だったのに!

そんなシャルとは思えないその一言に私は思わず狼狽うろたえてしまった。

「え? どうしたんですか?」
「わたくし、【回復魔法】がほとんど使えなくなってしまったのです」
「……どういうことですか?」
「これまでであればリシャールの傷口を塞ぐくらいはできたはずでしたのに、エミリエンヌを治癒しただけで力尽きてしまったのですわ。【回復魔法】の使えない聖女など!」
「ええと、どういうことですか?」
「ですから、わたくしの【回復魔法】のレベルが 2 だった頃の治癒魔法しかできなくなってしまったんですわ! こんなわたくしなど!」

うん? レベルが下がるなんてそんな事あるの?

「シャルはステータスを確認したんですか?」
「え? それはまだ……」
「じゃあ、私は後ろを向いているので確認してみてください」

そう言って私はシャルに背を向けた。

「ステータス・オープン」

シャルがステータスを開いた声が聞こえる。

「え? 下がっていない? ではどうして?」
「もういいですか?」
「あ……ええ。良いですわ」

許可を得て向き直るとシャルは困惑した表情を浮かべていた。

「レベルが下がっていなかったのなら今まで通り使えるんじゃないですか?」
「……そうですわね」

それからシャルは詠唱すると治癒魔法を自分にかけた。

うん。バッチリ何の問題も無く使えているように見えるけれど……。

「あ、もしかして?」
「何ですの?」
「はい。もしかすると、掛けられていた呪いのせいなんじゃないでしょうか?」
「呪い?」
「シャルはそのイヤリングに付与した解呪と浄化がかなり相殺してくれていたみたいですけど、エミリエンヌさんは私に呪いをかける媒介にされていたみたいでしたし、相当強力な呪いをかけられたんじゃないですか?」
「呪いをかける? あ! ではあの時の煙が!」

シャルはギリリと歯ぎしりをした。

「ということは、あの見えていた煙は撒き散らされた呪詛だったんですね。それで、シャルを呪って【回復魔法】を封じたうえに私にも同じような呪いをかけようとしていたということですかね? ああ、でもあの性格だと【聖属性魔法】の方も封じようとしていたのかもしれませんね」
「そんな! じゃあフィーネによろしく伝えろというのは……」

シャルがそう言って顔を青くした。

「よろしく伝えれば邪魔な私もまとめて封じられると考えたんじゃないでしょうか。まあ、私には呪いは効かないのでそんなことをしても何の意味もないんですけどね。ただ、そのおかげでシャルが殺されなかったんですから、良かったです」

私はそう言うとシャルは悲しそうな表情を浮かべ、そのまま俯いてしまったのだった。
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