345 / 625
黒き野望
第八章第14話 ユスターニ名物
しおりを挟む
一仕事した後はやはり食事を、ということで私たちは湖畔のレストランへと案内された。
どうやらこの町の若い男性たちが連行されていったということ以外には何もされなかったらしい。男手を奪われたせいで苦しくなったことは確かだが、それでも市民の生活は苦しいながらも何とか維持されていたらしい。
ちなみに町長さんの一家はユスターニが陥落したときに見せしめとして殺されてしまったそうで、お屋敷は主人不在のままメイドさんや年老いた執事さんがとりあえず守っていたらしい。
ただ、アルフォンソがなぜこんな意味不明なことをしているのかがさっぱりわからない。
国として治めているんだから代官くらいは派遣しないと成り立たないのではないだろうか?
それにいくら皇帝になったとはいえ国民がいるから統治者としてやっていけているわけで、このまま若い男性だけを連れ去るなんてことを続けていたら最終的には子供がいなくなって滅んでしまうのではないだろうか?
ホワイトムーン王国に攻め込んできたときも若い男性を連れ去っていったそうだが、あれは敵国の戦力を削ぐということが目的ではなかったという事なのだろうか?
そんな疑問を抱きつつも、私たちは案内されたテラス席へと着席した。湖から吹き寄せる冷たい風が頬を心地よく撫でてくれる。
すると、お店のお姉さんが小さな水槽を持ってやってきた。中には金色に光る美しい魚が優雅に泳いでいる。
「こちらはユスターニゴールドという魚で、ここユスターニ湖のみで確認されている固有種です。本日はこちらの魚を召し上がっていただきます」
サラさんがその魚を指さしてそう説明してくれた。
「そんな貴重な魚を食べていいんですか?」
「もちろんです。ユスターニに住む者は毎日食べていおります」
「はあ。そうなんですね」
「はい。そしてあちらの沖合に小さな島が見えるかと思います」
「見えますね。小さな藁ぶきの家が建っていますね」
「はい。フィーネ様は本当に目がよろしいんですね」
もう何度目のツッコミか分からないけど、私は吸血鬼だからね。
「それでですね。あちらは浮草を編んで作った浮島となります。人々はその浮島の上に暮らし、ユスターニゴールドを獲ってはこちらの港に運んでくるという生活を送っています」
「それは、興味深いですわね。嵐の時はどうするんですの?」
「ご覧の通り、こちらは大きな湾となっておりますので多少の嵐では問題ございません。そして、大きな嵐がやってくる季節は陸に避難して生活するのです」
なるほど。不便そうだけどそういう生活を生まれたときから送っていれば気にならないのかもしれない。
そんな会話をしていると料理が運ばれてきた。
「ユスターニゴールドのムニエルと季節の野菜のソテー、そしてマッシュポテトでございます」
給仕をしてくれたお姉さんがそう言って説明してくれた。ユスターニゴールドは金色の外見とは違いその身はきれいなピンク色でまるでトラウトのようだ。
私はユスターニゴールドをナイフで切ると口に運ぶ。すると口の中でまるで溶けるかのようにその身が崩れ、すぐにじゅわりとうま味と脂がしみだしてきた。脂がのっているのにくどく無いのはやはり魚だからなのかもしれない。それから焼くときに使ったと思われるバターが少し焦げた香ばしい香りとハーブの清涼な香りが一体となって口の中で幸せなハーモニーを奏でる。
「美味しいですね」
「美味しいですっ! あたしも毎日このお魚が食べたいですっ!」
「あはは。そうしたらルーちゃんはここに住まなきゃダメですね」
「むぅ。姉さまと一緒に行けなくなるのは困りますっ。でもユスターニゴールドが……」
ルーちゃんはかなり気に入ったらしい。
「多少なら買っていきますよ」
「わーいっ」
そんな会話をしている私たちを横目にシャルは護衛騎士の二人と小声で会話を交わしている。
「この魚、生きたまま持ち帰って育てれば良いのではなくて?」
「ですが、生きたまま輸送するのは……」
「卵の状態で運べばどうですの?」
何やら持ち帰る算段をしているようだが、さすがに淡水魚を海を越えて連れていくのは難しいんじゃないかな?
ただ、シャルもかなり気に入ったことは間違いないようだ。クリスさんとシズクさんも無言で魚を口に運んでいる。
私は自分の料理に視線を戻し、そして付け合わせの野菜のソテーを口に運ぶ。
うん。バターと塩とハーブのシンプルで優しい味付けだ。メインディッシュがこれだけ美味しいのであれば、付け合わせは余計な主張をしないこういった素朴なものがよく合う。
私はユスターニゴールドをもう一切れ口に運ぶと次はマッシュポテトを口に運ぶ。まず驚いたのはそのとろとろであまりの滑らかな口あたりだ。しっかりと味がついているにも関わらずユスターニゴールドの味と喧嘩していないのところが絶品と言えるだろう。
ルーちゃんの方に視線を向けると、あっという間に平らげて二皿目をつついては幸せそうな表情を浮かべている。
うん。この国の料理は美味しいし、実はすごく良い国なんじゃないだろうか?
定住する候補に入れても良いかもしれない。
あ、いや。でもあのマッスルポーズはちょっと困るかな。
こうして私たちはユスターニの名物料理を堪能したのだった。
ちなみに資源には余裕があるそうなので、この後新鮮なユスターニゴールドを金貨 20 枚分購入して私の収納に入れておいた。
================
ユスターニゴールドのモデルとした固有種の魚は外国の環境局が意図的に持ち込んだ外来種によって半世紀以上前に残念ながら絶滅してしまいました。そのため、味については完全なフィクションとなります。
どうやらこの町の若い男性たちが連行されていったということ以外には何もされなかったらしい。男手を奪われたせいで苦しくなったことは確かだが、それでも市民の生活は苦しいながらも何とか維持されていたらしい。
ちなみに町長さんの一家はユスターニが陥落したときに見せしめとして殺されてしまったそうで、お屋敷は主人不在のままメイドさんや年老いた執事さんがとりあえず守っていたらしい。
ただ、アルフォンソがなぜこんな意味不明なことをしているのかがさっぱりわからない。
国として治めているんだから代官くらいは派遣しないと成り立たないのではないだろうか?
それにいくら皇帝になったとはいえ国民がいるから統治者としてやっていけているわけで、このまま若い男性だけを連れ去るなんてことを続けていたら最終的には子供がいなくなって滅んでしまうのではないだろうか?
ホワイトムーン王国に攻め込んできたときも若い男性を連れ去っていったそうだが、あれは敵国の戦力を削ぐということが目的ではなかったという事なのだろうか?
そんな疑問を抱きつつも、私たちは案内されたテラス席へと着席した。湖から吹き寄せる冷たい風が頬を心地よく撫でてくれる。
すると、お店のお姉さんが小さな水槽を持ってやってきた。中には金色に光る美しい魚が優雅に泳いでいる。
「こちらはユスターニゴールドという魚で、ここユスターニ湖のみで確認されている固有種です。本日はこちらの魚を召し上がっていただきます」
サラさんがその魚を指さしてそう説明してくれた。
「そんな貴重な魚を食べていいんですか?」
「もちろんです。ユスターニに住む者は毎日食べていおります」
「はあ。そうなんですね」
「はい。そしてあちらの沖合に小さな島が見えるかと思います」
「見えますね。小さな藁ぶきの家が建っていますね」
「はい。フィーネ様は本当に目がよろしいんですね」
もう何度目のツッコミか分からないけど、私は吸血鬼だからね。
「それでですね。あちらは浮草を編んで作った浮島となります。人々はその浮島の上に暮らし、ユスターニゴールドを獲ってはこちらの港に運んでくるという生活を送っています」
「それは、興味深いですわね。嵐の時はどうするんですの?」
「ご覧の通り、こちらは大きな湾となっておりますので多少の嵐では問題ございません。そして、大きな嵐がやってくる季節は陸に避難して生活するのです」
なるほど。不便そうだけどそういう生活を生まれたときから送っていれば気にならないのかもしれない。
そんな会話をしていると料理が運ばれてきた。
「ユスターニゴールドのムニエルと季節の野菜のソテー、そしてマッシュポテトでございます」
給仕をしてくれたお姉さんがそう言って説明してくれた。ユスターニゴールドは金色の外見とは違いその身はきれいなピンク色でまるでトラウトのようだ。
私はユスターニゴールドをナイフで切ると口に運ぶ。すると口の中でまるで溶けるかのようにその身が崩れ、すぐにじゅわりとうま味と脂がしみだしてきた。脂がのっているのにくどく無いのはやはり魚だからなのかもしれない。それから焼くときに使ったと思われるバターが少し焦げた香ばしい香りとハーブの清涼な香りが一体となって口の中で幸せなハーモニーを奏でる。
「美味しいですね」
「美味しいですっ! あたしも毎日このお魚が食べたいですっ!」
「あはは。そうしたらルーちゃんはここに住まなきゃダメですね」
「むぅ。姉さまと一緒に行けなくなるのは困りますっ。でもユスターニゴールドが……」
ルーちゃんはかなり気に入ったらしい。
「多少なら買っていきますよ」
「わーいっ」
そんな会話をしている私たちを横目にシャルは護衛騎士の二人と小声で会話を交わしている。
「この魚、生きたまま持ち帰って育てれば良いのではなくて?」
「ですが、生きたまま輸送するのは……」
「卵の状態で運べばどうですの?」
何やら持ち帰る算段をしているようだが、さすがに淡水魚を海を越えて連れていくのは難しいんじゃないかな?
ただ、シャルもかなり気に入ったことは間違いないようだ。クリスさんとシズクさんも無言で魚を口に運んでいる。
私は自分の料理に視線を戻し、そして付け合わせの野菜のソテーを口に運ぶ。
うん。バターと塩とハーブのシンプルで優しい味付けだ。メインディッシュがこれだけ美味しいのであれば、付け合わせは余計な主張をしないこういった素朴なものがよく合う。
私はユスターニゴールドをもう一切れ口に運ぶと次はマッシュポテトを口に運ぶ。まず驚いたのはそのとろとろであまりの滑らかな口あたりだ。しっかりと味がついているにも関わらずユスターニゴールドの味と喧嘩していないのところが絶品と言えるだろう。
ルーちゃんの方に視線を向けると、あっという間に平らげて二皿目をつついては幸せそうな表情を浮かべている。
うん。この国の料理は美味しいし、実はすごく良い国なんじゃないだろうか?
定住する候補に入れても良いかもしれない。
あ、いや。でもあのマッスルポーズはちょっと困るかな。
こうして私たちはユスターニの名物料理を堪能したのだった。
ちなみに資源には余裕があるそうなので、この後新鮮なユスターニゴールドを金貨 20 枚分購入して私の収納に入れておいた。
================
ユスターニゴールドのモデルとした固有種の魚は外国の環境局が意図的に持ち込んだ外来種によって半世紀以上前に残念ながら絶滅してしまいました。そのため、味については完全なフィクションとなります。
0
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。


竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる