勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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砂漠の国

第七章第42話 聖女の奇跡

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シズクさんは兵士たちの弓矢を破壊してひと暴れすると結界の中へと戻ってきた。

「く、この化け物め……」
「人を殺さない様にと言ってくれた聖女様に感謝するでござるな」

怨嗟えんさのこもった目で兵士たちがシズクさんを睨んでいるが、汗ひとつかいていないシズクさんはどこ吹く風といった様子だ。

「おや? クリス殿が何か合図をしているようでござるよ?」
「あ、本当ですね。大きく腕でこっちに来いと合図をしていますね」

どうやら準備が整ったのだろう。

「ルマ人の皆さん。迎えの船の準備ができたようです。この見えない橋をゆっくりと渡ってください」

私はそう伝えるがやはり見えないというのは怖いことなのだろう。ルマ人たちは顔を見合わせている。

「ほら、この通り。きちんと皆さんを支えられます」

私は防壁の上に登ってきちんと立てることを身をもって示し、そして防壁の上を這わせるように浄化魔法を放ち、道が船まで続いていることを示すが反応は鈍い。

さきほどクリスさんが走って渡っていったところも見ていたはずだが、やはり頭では理解できていてもどうしても恐怖が拭えないということなのかもしれない。

皆が躊躇ちゅうちょする中、最初に声を上げてくれたのはイドリス君だ。

「せいじょさま、ぼくがさいしょにいきます!」

まだ小さいというのに、ここまでの大変な長い道のりを文句ひとつ言わずに頑張って歩いてきた彼の一言は大きかった。

「じゃ、じゃあ私も」
「お、俺も行くぞ。聖女様を信じる!」

こうしてイドリス君の声をきっかけに尻込みしていた人たちが続々と名乗り出てくれた。

それからイドリス君とそのお母さんが先頭に立ち、ゆっくりと一歩ずつ、確実に空の上に架けられた橋の上を歩いて行く。

「おおお。奇跡だ! 聖女様が奇跡を起こされたのだ」

周りのルマ人たちが涙を流して驚き、そして続々と防壁の上を歩いて行く。

「く、な、なんとかあれを止めろ!」
「無理です! 弓矢は先ほどあの女に全て壊されました」

よし、作戦通りだ。これで後は結界と防壁を維持し続ければいいだけだ。

「え、ええい。ならばこの結界を破壊して術者を殺せ!」
「無駄ですよ。私はこう見えても歴代最高の【聖属性魔法】の使い手ですから。そのまま大人しくしていてください」
「う、ぐ……」

カミルさんが唇を噛んだとき、エイブラから来た兵士たちの方から悲鳴が上がった。

「イエロースコルピだ!」
「何だと! こんな時に!」
「うわぁぁぁ」
「神は偉大なりぃぃぃぃーーー!」

ああ、どうやらこんなタイミングで魔物が襲ってきてしまったらしい。そしてあの叫び声はきっと例の自爆特攻をしたという事なのだろう。

「はあ。仕方ないですね。解毒。治癒」

私は音から判断した適当な場所に解毒魔法と弱い治癒魔法を放つ。

まあ、腹立たしいとは思うし治さなくてもいいんじゃないか、とも思う。

でも。それでもやっぱり目の前で人が死ぬというのが自分は嫌だったらしい。

「え?」
「一体……?」

兵士たちが呆気にとられた表情で辺りをきょろきょろと見回している。

「私は皆さんのことを許すことはできません。ですが、それでも、皆さんにも家族がいて、そして死んでしまえば悲しむ人がいると思うと魔物に殺される事を見過ごすことはできません。ですから、解毒はします。なのでイエロースコルピは頑張って倒してください」

私が結界のふちまで行ってからそう言うと、兵士たちは目を丸くして驚いている。

ああ、うん。分かるよ。自分でも馬鹿だなって思う。

私はなんちゃって聖女なだけで本当は違うのに。それなのになんでこんな聖女様っぽいことをしているのかなって。本当に自分でも不思議だ。

でもさ。アイロールでも、王都でも、南部でも、みんな生きていてみんな家族がいて。いなくなれば悲しむ人がいて。

こんなことをするのはただの自己満足かもしれない。だけれども、もし私の大切な人達がいなくなってしまったら私は悲しいし、きっと私がいなくなれば悲しませてしまう人がいると思うと、ね。

だから、私がこうして助けることでそんな思いをする人が少しでも減るのであればそうしてあげたいって、そう思うのだ。

「やれやれ。本当に、フィーネ殿は聖女でござるな」
「まあ、私は行きがかり上やっているだけのなんちゃって聖女ですけどね」
「ははは。相変わらず謙虚でござるな」

そして私が結界の中から解毒と治癒魔法をかけてあげているうちに、襲ってきたイエロースコルピは倒されたようだ。

そして次の瞬間、兵士たちの半分くらいがビタンとなった。

「申し訳ございませんでした! 神は偉大なり! 神は偉大なり! 聖女は神の使徒なり! 聖女の救済に感謝を!」

残りは困惑していたり、カミルさんに詰め寄っていたり、またカミルさんを守ろうとしていたり、ビタンとなっている兵士たちを立ち上がらせようとしていたりと様々だ。

「私は皆さんを許すことはできません。ですが、本当にそう思うのでしたら私たちを止めないでください。そして、イザールの町で人質に取ったルマ人たちも逃がしてあげてください」

私の言葉が届いたのか、そうでないのかは分からないが、彼らはそのまま祈りの言葉を唱え続けたのだった。
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