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砂漠の国

第七章第34話 ルマ人

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ルマ人たちの居住区画を再び訪れた私たちは今、ルマ人の男たちに取り囲まれている。

「何をしに来た! ダルハの犬が!」

木の棒などで武装してはいるが、やはり栄養が足りていないのか皆痩せこけている。

「貴様! 聖女様に何たる無礼! 聖女様、もうおわかりでしょう。この穢れの民どもには何を言っても無駄なのです。ご覧の通り、聖女様の恩をすぐに仇で返そうとする犬畜生にも劣る連中なのです」
「何だと? 俺たちをこんなところに押し込めやがった悪魔が何を言っている! 聖女だってどうせ何も出来やしないんだ! 俺たちを殺すためにあんな大勢の兵士を連れて来たんだ!」

大勢? 20 人位しかいないし、そんなに言うほどの事じゃないような?

でも、確かに自分達を迫害してきた人達が一緒ならそういう反応をしてしまうのも無理ないかもしれない。

「分かりました。では、ハーリドさんと兵士の皆さんはルマ人の居住区画から出てください。それで良いですね? 私はルマの皆さんと話し合いに来たんです」
「な! 何を! 聖女様!」
「お願いします。私は大丈夫ですから」
「く、わかりました。ですが、聖女様に危害が加えられるようなことがありましたら容赦なく突入します。おい、貴様ら! 聖女様に指一本触れて見ろ。この区画を今度こそ焼き払ってやるからな!」
「何だと!?」
「やめて下さい! 私は争うために来たのではないんです。兵士の皆さんも、挑発するようなことはやめて下さい!」

私は久しぶりに大声で怒鳴った。迫力があったかどうかは分からないが、これで一応どちらも矛を引いてくれ、兵士たちはハーリドさんと共に下がってくれた。

「これで、良いですよね? ルマ人の皆さんとお話をさせてください」
「……わかりました」

こうして私たちはルマ人の男たちに連れられて再び居住区画の奥へと向かったのだった。

****

案内されて入った建物の中は少し広い作りになって、どうやら集会所などで使われているようだ。そこに数人の男たちがおり、一斉にブーンからのジャンピング土下座で出迎えられた。

うん。6 点かな。

やはりイドリス君と同じように指先がピンと伸びた姿勢は素晴らしいが、ジャンピング土下座への移行と着地が乱れている。それに揃っていないところもマイナスポイントだ。

「神の御心のままに」

すると彼らは立ち上がり、その中から一人の年老いた男性が歩み出てきた。

「聖女様。この穢れの民の居住区画にようこそ再びおいでくださいました。ワシはこの地区の取りまとめをしておりますアービエルと申します」
「フィーネ・アルジェンタータです。ルマ人の皆さんに今日は話があってやってきました」
「話、ですと?」
「はい」

アービエルさんは怪訝そうな顔をしてこちらを見る。

「我々のような穢れた者に聖女様が一体何のご用ですか?」
「え?」

どうしてこんなにつっけんどんな言い方をされるんだろう。

「フィーネ殿。防音の結界をお願いするでござるよ。外で聞き耳を立てている者がいるでござる」
「え? あ、はい」

私はすぐに部屋全体を包み込むように防音の結界を張る。

「聖女様。今のは……」
「ここでの会話が外に聞こえないようにする結界を張りました。この中であれば、何を喋ったとしても部屋の外の人に聞かれることはありません」
「……ありがとうございます」

それからしばらくアービエルさんは沈黙したのち、ゆっくりと口を開いた。

「聖女様。先ほどは無礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした。実は昨晩首長の使いの者が来まして、聖女様がいらしたら失礼な態度を取って追い返せと言われていたのです。そうでなければこの区画を焼き払う、と脅され……」

ぐぬぬ。なんて奴だ。あいつ!

「外で聞き耳を立てている者もおりましたのでやむをえず……」
「そうでしたか。ですがもう大丈夫ですよ。なので、私たちの話を聞いていただけますか?」
「はい。もちろんでございます」

それから私は、サラさんの国でルマ人たちを受け入れるという話を持ちかけてみた。

「なるほど。移住、でございますか」

そう言うとしばらくの間また黙り込んでしまった。

「聖女様。このおいぼれの昔話を聞いていただけますか?」
「はい」

私がそう答えると、アービエルさんはふうっ、と大きく息を吐いた。

「我々ルマ人はですな。元々はエイブラの一帯に住んでいたのです。放牧をしながら時折町に行っては歌や踊りを披露する旅芸人のような事もしておりました。ですが、今からおよそ 60 年前のある時、当時のエイブラの首長が突如として我々に対して討伐命令を下しましてな。我々はイエロープラネット軍に蹂躙され、多くの者たちは殺されるか奴隷にされました。奴隷とされなかった者も穢れの民の烙印を押されて別の都市に無理矢理、家族ばらばらに移住をさせられ、町の汚れ仕事を強制的にさせられるようになりました」
「そんな……」
「そして当時を知る者はもうほとんど生き残っていません。家畜も失い、歌や踊りも最早絶えてしまいました。ルマ人としての誇りは失われ、もはや我々は消えゆくのを待つだけの存在なのです。どうか聖女様。我々のことなどは捨て置き、世界のためになすべきことなさってください」

そうは言うものの、アービエルさんの目には涙が滲んでいる。

そう、だよね。悔しくないはずがない。

「だからと言って、そんなことを見過ごすことはできません。たとえ故郷から離れることになったって生きてさえいれば!」
「……聖女様。やはり貴女様は聖女様でらっしゃる。弱き者の味方だ。ですが、我々はもう手遅れなのです。ヒラールの奴はたとえ口約束をしたとしても聖女様がこの地を去れば我々のことを虐げるでしょう。いえ、もしかすると邪魔者として殺されるやもしれません」
「そんな……」
「ですが、もし可能であれば、子供たちだけでも連れて行っては頂けませんか?」
「え?」
「子供たちには何の罪もありません。どうか、聖女様。子供たちだけでも……」
「……」

あまりの話に私は言葉を失う。

子供たちだけってことは両親は残る? そんな!

「いえ。子供たちだけでなく、皆さんも!」
「アービエル様。わたしはサラ・ブラックレインボー。ブラックレインボー帝国の第一皇女です。わたしが国に戻れば皆さんを大切な国民としてお迎えします。どうか、聖女様を、そしてこの私を信じては頂けませんか?」

サラさんが話に割り込んで来た。

ありがとう。サラさん。ここまで言ってくれるなら心強い。これは何としても国を取り返さないとね。

「……わかりました。では、行ける者は行かせましょう。ただ、この町に残れば危険がありますので、このまま聖女様とご同行させては頂けませんでしょうか?」
「わかりました。明後日の出発で大丈夫ですか?」
「はい。問題ございません」

こうして私たちはダルハのルマ人の皆さんを保護することになったのだった。
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