勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
上 下
255 / 625
動乱の故郷

第六章第28話 いらない人

しおりを挟む
2020/09/13 誤字を修正しました
================

野戦病院に入院していた患者 213 人全員を治療し終えた私は、野戦病院の一室でスタッフの皆さんとのミーティングに臨んでいる。

ちなみに、なぜこんなに早く治療が終わったのかというと、重症の患者さんは私たちが来る前に既に亡くなっており、【回復魔法】のレベル 4 が必要な重傷者はたったの 1 名しかいなかった。そしてレベル 3 の必要な患者さんも 57 人で残りの 155 人はレベル 2 で十分だった。なのでレベル 3 の患者さんは一人一人治療し、そして残る 155 人は全員まとめて治療した。

これだけの状況でも病気が蔓延していないのは徹底した消毒のおかげだろう。

この野戦病院のスタッフは、医師がメルヴェイク先生の他に 3 名、看護師が 7 名、そして治癒師に至ってはたったの 1 名だ。この体制でこの人数を受け持つのはさぞかし大変だったことだろう。その証拠に全員の顔には疲労の色が濃く現れている。

「よく集まってくれたな。知っての通り、我が国が誇る聖女フィーネ・アルジェンタータ様のおかげで全ての怪我人が退院した。そして聖女様よりお言葉を頂けるそうだ。皆の者、心して聞くように。くくく。おかしなことをしていた無能がいなくなるかもなぁ」

いない方がましなドミニクさんがメルヴェイク先生に聞こえるように嫌味を言う。正直言ってものすごくウザい。

ちなみに、この会議には第二騎士団のアイロール駐屯部隊の隊長で領主の次男のラザレ・マンテーニさんも参加している。

こんな会議に参加するってことはもしや、いない方がましな上にものすごくウザいドミニクさんを追い出してくれって言って欲しいという事なのかな?

うん、きっとそうに違いない。

いくらなんでもこいつは仕事の邪魔になりそうだし、やっぱりここはご退場頂くのが良いだろう。

「みなさん、はじめまして。フィーネ・アルジェンタータと申します。まず、これまでよく頑張ってくださいました。特に手や傷口の消毒を徹底して頂いたおかげで院内感染から患者さんを守ることができました。物資が不足する中、患者さんたちのことを第一に考えて下さった皆さんに敬意を表したく思います。ありがとうございました」

私がそう言うと集まってくれた皆さんは目を見開いたりのけ反ったりと反応は様々だが、一様に驚いているようだ。

でも、それってそんなに驚くことなのかな?

普通はここまで頑張ってくれた人たちを労って感謝するのは当然のことなんじゃないのかな?

あ、看護師さんの一人が涙を流している。ええと、なになに?

「やっと、やっと分かってくださる方が……」

絶対誰にも聞こえないであろうごくごく小さな声で呟いた看護師さんの声を私は聞き取る。

なるほど。どうやら頑張っても認めて貰えなくて辛かった、といった感じかな?

「さて、ところでこの手洗いや傷口の洗浄などを進めたのはどなたですか?」

そう私が質問した瞬間にスタッフたちの間に緊張が走った。

あれ? 褒める文脈で言ったつもりなのにどうして?

「そ、それは全員で――」
「聖女様、そこのメルヴェイクという藪医者でございます。その者がわたくしめの管理する病院におかしな風習を持ち込んだせいで怪我人の治癒が遅れたのです!」

メルヴェイク先生とは別の若い医師が発言している最中に、いない方がましな上にものすごくウザいドミニクさん、うん、言いにくいからいらない人でいいや、が被せるように発言をしてメルヴェイク先生のせいにしている。

どうやらメルヴェイク先生のことがよほど気に食わなかったようだ。

「せ、聖女様! これは我々スタッフが全員で話し合って決めたことです! メルヴェイク先生の独断ではありません!」

先ほどいらない人に発言を被せられた若い眼鏡の先生が慌てて訂正する。

「おい、ブロント。誰が発言を許可した? それに貴族であるこの俺の言葉が間違っているとでも言うのか?」

おいおい、私の目の前で恫喝とか、頭わいてるんじゃないのか?

「メルヴェイク先生、お二人の見解が食い違っているようですが、いかがでしょうか?」
「聖女様、ワシはご許可いただきましたし普通に話しますぞ。この消毒はワシが持ち込んだことで間違いないですな」

するといらない人が鬼の首を取ったように勝ち誇る。

「ほら、聖女様、本人も認めました。これでこの藪医者をついほ――」
「ところでドミニクさん、手洗いや傷口の消毒には、お酒を煮て作ったものを使ったんですよね?」

私は笑顔を貼り付け、このいらない人に質問をする。

「その通りです。酒があれば気付けにも使えるというのに、それを無駄にしたのです」
「そのお酒を煮て作った無駄なもの、それは酒精と呼ばれているものなんですが、それが作られたのは一年半、いえもう少し前なんですが、そのきっかけはご存じですか?」
「いえ、存じ上げておりません。よろしければ聖女様の叡智をお授け賜りたく」

いらない人はどうやら立場が上の者には徹底的に媚びていくスタイルのようだ。

これはこれで処世術として通用しているようだから責任者になっているのだろうが、これはどうなんだろうか?

「ではドミニクさん、酒精には王都では別の呼び名があるんです。ご存じありませんか?」
「いえ、存じ上げておりません。こちらも聖女様の叡智をお授け賜りたく」

私は小さくため息をついた。

うん、こいつと話しているだけやっぱり時間の無駄だ。

「それじゃあ、どなたかご存じの方はいらっしゃいませんか?」

するとメルヴェイク先生、それに他の医師二人ともが挙手した。

なるほど、つまりそういうことか。

「どうぞ、メルヴェイク先生」

私はメルヴェイク先生を指名する。

「酒精は、別名フィーネ式消毒液と呼ばれておりますな。そしてこのフィーネ式消毒液が作られるようになったきっかけは、王都をミイラ病が襲った時にこちらにいらっしゃる聖女フィーネ様が考案され、ミイラ病の源を断つ奇跡の薬と話題になりましたな。さらに申し上げますと、ワシの使っている釜は『フィーネ式酒精抽出法』を魔法無しでもできるようにと開発された王都の薬師協会認定の専用抽出窯ですぞ」

それを聞いた瞬間、いらない人が一気に青ざめた。

「と、まあそういうわけなんですよ。ドミニクさん。さて、私の消毒液は無駄なものですか。そうですか。やっぱり、無駄なものを作るような無駄な人間はいては邪魔でしょうかね? あ、でも私としても王都をミイラ病から救うために必死で努力したものをこんな風に言われるのはちょっと嫌ですね」

私はわざとらしく間を取る。

「そうだ、クリスさん。これって私の名誉が傷つけられたことになりますよね?」
「はい、フィーネ様がそのように思われた場合は、そうなりますね」
「私が許せないって思った場合、この国ではどうやって解決すればいいんですか?」
「ドミニク殿は貴族ですがフィーネ様は聖女でらっしゃいます。このような場合ですと陛下、もしくは教皇猊下に仲裁を求める、もしくは決闘にて解決するという選択肢が一般的でございます。もし決闘となった場合はもちろん、フィーネ様の代わりに私が戦いましょう」
「だそうですけど、ドミニクさん。どうやって解決しましょう?」
「ひっ」

いらない人はそうやって情けない声を上げると椅子から転げ落ちる。

全く、そんななら最初から真面目に仕事すればいいのに。

「ラザレ隊長、ご覧の通りこの男はこの病院にとって悪い影響を与えているようです。良きように計らっていただけませんか?」
「はあ、仕方ありませんな。この男もここなら問題を起こさないと思ったのですが……。おい、ドミニク、お前は聖女様に対する侮辱の罪で当面は謹慎処分だ。罪状が罪状ゆえ、正式な沙汰は上に報告したうえで追って下されることになるだろう」

ラザレ隊長はゴミを見るような表情でドミニクにそう処分を伝えると私の方へと向き直った。

「聖女様、これでよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます。さて、それでは皆さん、明日以降の体制について話し合いましょう」

こうしていらない人の排除に成功した私たちは今後の患者の受け入れ体制やシフト等について話し合ったのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。 ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。 そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。 始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め… ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。 誤字脱字お許しください。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...