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動乱の故郷

第六章第17話 聖剣とは

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私たちは今、神殿に残って教皇様に旅の報告をしている。

「そうでしたか。フィーネ嬢は精霊との絆を得たのですね」
「はい。この子が私の契約精霊のリーチェです。リーチェ、この方が私がとてもお世話になった教皇様です」

私は花乙女の杖に魔力を込めてリーチェを呼び出して紹介する。するとリーチェはおとがいに人差し指を当ててジッと教皇様を見つめる。

やはりそんな仕草もとても可愛い。どう考えてもリーチェは世界で一番かわいい。

しかし、そんなかわいいリーチェはプイと教皇様から顔を背けるとそのまま杖の中へと戻っていってしまった。

「あ、すみません。うちのリーチェが失礼しました。あの子は興味がないとすぐどこかに行ってしまうんです」
「いえ、構いませんよ。精霊とは元来そのように自由なものだと聞いておりますから」
「ありがとうございます」
「しかし、極北の地に冥龍王ヴァルガルムなどという恐ろしい魔物が封印されており、そして白銀のハイエルフがその封印を守る役目を持っていたとは……わたしも初耳でしたね」

教皇様は一瞬真顔になったがすぐにいつもの笑顔に戻ると私に話の続きを促してきた。

「さ、旅の続きのお話を聞かせてくれますか?」
「はい」

そして私は旅の報告を続けた。さすがにアーデとゴールデンサン巫国の関係はややこしくなりそうなので黙っておいたが、ゴールデンサン巫国に水龍王ヴァルオルティナが封じられていることは伝えた。そしてレッドスカイ帝国でのゴブリンキングに率いられた魔物暴走スタンピードの話をすると、教皇様は深刻そうな表情をしていることに気付いた。

「教皇様? どうしたんですか?」
「おっと、これは失礼。人間の罪を憂いていたのです」
「人間の罪、ですか?」

私は何の脈絡もなく突然飛び出した話に驚いて聞き返した。

「はい。そうです。神殿では、魔物は人間の罪の写し鏡であると説いております。悪しき心、よこしまな心を持ち、罪を犯した者の成れの果てが魔物であり、その姿を以てわたし達人間にその罪の恐ろしさを教えているのだ、と」
「魔物は……人間の罪……?」
「はい。ですので、人間は魔物が暴れ、人を殺し、騙し、罪を犯す様を見て自らを律することが求められているのです。そして家族を友人を恋人を愛し、この世を神への祈りと希望、そして愛で満たさなければなりません」

ふうん? 詳しく聞いたことなかったけどそういう教義なんだ。

「そして、魔物は正しい心を持った人間に殺されることでその罪なる姿から解放され、魂は神の御許へと導かれるのです。ですから、フィーネ嬢も魔物を見かけた際には愛と慈悲の心を持ち、笑顔で殺して差し上げるのですよ」
「ええぇ」

いや、さすがに笑顔で殺すのは私は無理かも。何だかこう、怪しい宗教の教祖様みたいだ。

あ、でも、そもそも教皇様だから教祖様みたいなものか。

私は曖昧に返事をすると旅の話題に戻す。そして話を進めていると、キリナギの話題に教皇様が反応した。

「なるほど。では聖騎士クリスティーナはそのキリナギというカタナ? が聖剣であると考えているのですね?」

教皇様はそう言ってクリスさんに話を振った。

「はい。キリナギは持ち主であるシズク殿の他にはフィーネ様以外には持つことが許されず、シズク殿から無理矢理キリナギを奪った者たちを呪い殺したと聞いております。そしてシズク殿はフィーネ様に出会い剣を捧げました。これらのことから、間違いなくキリナギは聖剣だと私は思います」

いや、だから出会って剣を捧げたのを証拠にしていいの?

「なるほど。そういう事でしたか。そういう事であれば納得です。そのキリナギは聖剣、いや聖刀で間違いないでしょう」

ええ? いいの? 出会って剣を捧げたのが証拠で本当にいいの?

よほど私の疑問が顔に出ていたのだろう。教皇様は私に補足の説明をしてくれる。

「フィーネ嬢、不思議に思うかもしれませんが聖剣とはそのようなものなのです」

いや、だから……。

「納得していないようですね。それではシズク嬢、あなたはフィーネ嬢に剣を捧げる誓いを行ったのですよね?」
「そうでござるな」
「では、その際に職業が変化したのではありませんか?」
「おおっ? よくわかるでござるな。拙者の職業は侍から剣聖に変化していたでござるよ」
「ありがとうございます。フィーネ嬢、つまりそういうことなのです」

ええと? 何のことだか理解が追いつかないぞ?

「つまり、聖剣はその持ち主を仕えるべき聖女へと導きます。その聖剣の持ち主が聖女に対して誓いを捧げることでその持ち主の職業は変化します。大抵の場合は聖騎士へと変化するのですが、キリナギの場合は剣聖だったのでしょう。もちろん、聖剣の持ち主でレベルが十分に高ければこの神殿でも転職することができます」

な、なるほど。そういうことだったのか。

「それにしても、ようやく得心がいきました」

そう言って教皇様はベルを鳴らすと側仕えを呼び、何かを持ってこさせた。

「突如神より授かりわたし達も扱いに困っていたのですが、どうやらこれはシズク嬢のための物だったようです。どうぞお受け取り下さい」

そう言って教皇様はトレーに乗った白い布をシズクさんに差し出した。

「これは、何でござるか?」
「聖女に剣を捧げた者に神より与えられた聖女を守る騎士の証です」
「はぁ」

シズクさんは気のない返事をしつつもその布を受け取るとそれを羽織った。どうやらそれはクリスさんとほぼお揃いのマントで、銀糸で見事な刺繍が施されており、裾などに薄紅色があしらわれている。だが背中に入れられた薄紅色の紋章はホワイトムーン王国の王家の紋章ではない。

「おお、ゴールデンサン巫国の紋章でござるな。それに、この外套、とても快適でござるよ」

シズクさんは嬉しそうにそう言うとくるりと回った。黒い髪がその生地に映えてとても美しかった。

「あー、シズクさんも姉さまとお揃いだー。いいなぁー」
「ルミア、まずは聖剣に選ばれるように弓の修行をしなければな」
「えー。あたしは聖フォークが欲しいですー」

ルーちゃんは相変わらずだ。ぷくっと膨れてかわいいわがままを言っている。

「ルミア嬢もいずれは聖剣に選ばれるかもしれませんよ? もちろん腕もありますが、清らかな心、そして聖女を敬愛し、守ろうとする真に強き想いを聖剣は見ていると言われています。フィーネ嬢を敬愛するルミア嬢のその心意気は聖剣に通じるかもしれませんね」
「本当ですかっ!?」

ルーちゃんは身を乗り出して教皇様に問いかける。

「はい。全ては神のお導きのままに」
「わーい。姉さまっ! あたし頑張りますっ!」
「え? ああ、そうですね。ルーちゃんはまず、弓術をレベルアップしましょうね」
「はいっ! 任せてくださいっ!」

ルーちゃんは嬉しそうにそう宣言したのだった。

はあ、これで少しは私の顔面を目掛けて矢が飛んでくる頻度が減れば良いのだけれど。
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