勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
上 下
224 / 625
武を求めし者

第五章第46話 戦う理由

しおりを挟む
翌日、私たちは再び皇帝との会見に臨むこととなった。今回はいつもの謁見の間ではなく小さな会議室のような場所だ。無関係の者には聞かれたくない、ということらしい。

この場に同席しているのは皇帝、ルゥー・フェィ将軍、私、クリスさん、ルーちゃん、そしてシズクさんの 6 人だけだ。

「聖女殿。ルゥー・フェィをお救い頂いたこと、心から礼を言おう。ルゥー・フェィ、貴様も礼を言うがよい」
「……くっ。感謝する」

将軍が明らかに渋々、といった感じで私にお礼のような何かを言ってきた。

まあ、私としてはどうでもいいので聞き流すことにする。

「そんなことよりも陛下、何故将軍を止めなかったのですか? 七星宝龍剣が聖剣とご存じということは、聖剣に選ばれていない者が無理に持とうとすれば命を落とす可能性があることだってご存じでしたよね?」
「左様であるな」

皇帝は鷹揚な態度で私の質問に肯定を返した。

「では、何故?」
「朕がルゥー・フェィとそのように約定を交わしたからだ」
「約定?」
「うむ。こやつを召し抱える時に、聖剣の担い手となる機会があったならば必ず参加させ、そして決して止めぬ、とな」
「だから、死にそうになったとしても止めなかったんですね」
「左様」
「じゃあ、なぜ将軍はそんなにしてまで七星宝龍剣に選ばれたかったんですか?」

しかし将軍は険しい表情のまま押し黙っている。

「ルゥー・フェィ、話すがよい」
「……吸血鬼どもを滅ぼすには聖剣が良い、そう聞いたからだ」

な、なんだってー!

「俺は全ての吸血鬼どもを滅ぼすために武を磨いてきた。吸血鬼は俺の故郷を、家族を皆殺しにした。その吸血鬼どもへの復讐が俺の目的だ」
「……じゃあ、私と一緒に旅をしたいというのは……」
「そうだ。貴様は既にツィンシャで吸血鬼を滅ぼしている。そして聖女である貴様は吸血鬼と戦う機会も多いだろう。そうすれば俺は多くの吸血鬼と戦い、殺すことができる」
「……そ、そうですか」

何やら背中を嫌な汗が伝う。これ、バレたら確実に殺されるやつじゃないか!

「そ、それで、将軍の故郷を滅ぼした吸血鬼は誰なんですか?」
「知らん」
「え?」

将軍はきっぱりと言い切った。

「俺が夜中に物音で目を覚ました時には全てが終わっていた。焼け落ちる村の中で吸血鬼に殺された家族と吸血鬼となった友人の姿を見た。それに村の連中の死体もだ。そして俺は炎の中で金の長い髪の女の後ろ姿を見た。俺の村にはあんな金の髪の女などいないからそいつが村を襲った吸血鬼で間違いないだろう」

なるほど。将軍には将軍なりの事情があるようだし、故郷を滅ぼされたという事には同情する。だが、私としてはそれだけで全ての吸血鬼を滅ぼすという話は看過できない。

「そうですか。でも、悪いのは将軍の村を滅ぼしたその金髪の吸血鬼であって他の吸血鬼には罪はありませんよね?」
「何だと!? 聖女の貴様が吸血鬼をかばうのか?」
「私は見ての通り、人間ではありません。なので私は人間だけのために活動しているわけではありません。聖女だって行きがかり上やっているだけですから」

私はそうして自分の少し尖った耳を見せる。

「それに、金髪の吸血鬼だと、シュヴァルツも確か金髪でしたよね?」
「はい、フィーネ様。そうでしたね」
「とすると、金髪の吸血鬼は多分たくさんいますので、それだけでは将軍の村を滅ぼした吸血鬼を特定するのは大変ですね」
「ならばすべての吸血鬼を殺せばいい。簡単な話ではないか!」

将軍は声を荒らげるがやはり私とは考えが合わない。

「将軍、私の考えは先ほどお伝えした通りです。復讐なんてやめろ、などという事を言うつもりはありませんが、関係の無い者まで巻き込むことを私は正義だとは思いません。それに、そのような考え方をしている限り、私と将軍は相容れないと思います」
「……ちっ」

おいおい、舌打ちですか。もはや意味が分からないよこの人。

「将軍は武道における技と体は非常に優れていると思います。ですが、心がまるで未熟なように思えます。一度、ご自分よりも力の弱い人と真摯に向き合って、人の心を、思いやりを学んでみてはいかがですか?」

将軍は完全に不服なようだ。私のことを睨みつけている。

「そうですね、陛下。私たちはこのまま西へと旅立ちますので、私たちのお世話をしてくれたイーフゥアさん、ええと、ディアォ・イーフゥアさんを将軍のお目付け役としてみてはいかがですか?」
「なっ! あいつをだと!?」
「ほう。ルゥー・フェィがそのような反応をするとはな。よかろう。そのディアォ・イーフゥアとやらを赤天将軍担当の財務周りでもやらせてやろう」
「なっ! 陛下っ! あいつはっ!」

よしよし、怪しい流れになりかけたけど、私が吸血鬼という話も言わずに済んだし、イーフゥアさんに将軍を押し付ける作戦も上手くいきそうだ。これってもしや完璧な流れなんじゃないかな?

「じゃあ、そういう事でいいですね? 将軍も、イーフゥアさんを大事にして弱い人の心に寄り添えるようになったら聖剣も認めてくれるかもしれませんよ」

私は何となくそれっぽい感じにして会話を終わらせにかかる。

「なっ、ぐっ」

将軍が顔を真っ赤にしている。

「拙者も一言良いでござるか?」

ちょうどよい流れで終わりそうになったところでシズクさんが割り込んできた。

「はい。どうぞ」
「将軍、拙者もかつて将軍のように力のみを追い求めていた時期もあったでござるよ。将軍のように明確に復讐を、と考えていたわけではござらんが、生まれながらに決められた事から逃れるためにも、ひたすら強くなりたいと願っていたでござる」
「……」
「しかし、拙者はこのフィーネ殿にお会いし、正しい力の使い方を教わったでござるよ」

いやぁ、別にそんな大層な事をしているつもりはないんだけどね。というか、普通は目の前で助けられる人がいたら助けるんじゃないかな?

「そして拙者はフィーネ殿のおかげで先祖代々続いてきたミエシロ家の悪習と決別し、そして前を向けたでござるよ。しかし、将軍は未だに過去に囚われたままでござる」
「……だからどうした! 綺麗事を言ったところで俺の家族は! 故郷は! 戻ってきやしない! ならば! 俺は! この手で! 吸血鬼どもを!」

将軍は怒りを露わに怒鳴り、そしてシズクさんを睨み付ける。

「将軍、勝負するでござるよ。フィーネ殿が命を拾ってくれたおかげで得たこの力で、将軍に勝ってみせるでござるよ」

将軍の剣幕も睨み付けるような視線をものともせず、シズクさんは不敵に笑った。

「なんだと!?」
「えっ? ちょっと待ってください。何も戦わなくたって――」
「よかろう。朕が許可しよう」

私が止めようとしたが皇帝が許可を出してしまった。

「ありがたき幸せにござる。フィーネ殿、安心するでござるよ。必ずや、フィーネ殿に勝利を捧げて見せるでござる」
「ええぇ」

せっかく上手く押し付け作戦が成功しそうだったのに!

こうして私がまともだと信頼していたシズクさんのまさかの脳筋発言により、言葉による話し合いのはずが肉体言語による話し合いとなってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

処理中です...