勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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武を求めし者

第五章第38話 クリス遊撃隊

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私とルミアはフィーネ様とシズク殿に見送られて北西の森へと入った。フィーネ様にあそこまで心配してもらえるのは嬉しい事ではあるが、一方で自分の実力を過小評価されているようでもあり複雑な気分だ。

「クリスさん、早く害獣を全滅させて美味しいものを食べに行きましょうねっ!」
「そうだな。ゴブリンの本隊は南と聞いているからゴブリンロードと戦うようなことにはならないだろうが、ホブゴブリンやメイジ、アーチャーといった上位種とは確実に戦うことになる。くれぐれも油断するなよ」
「はーい。でも、森の中はあたしの庭みたいなものですからね。きっと大丈夫ですよっ!」
「ルミア、それが油断というのだ」
「むぅ」

私はルミアを注意するが、彼女はどこか不満げだ。

実際問題、ルミアは森に入ってから精霊の助けとやらを借りているそうで、ゴブリンの居場所に案内してもらっている。しかも、本来であれば交代で藪漕ぎをしなければいけないはずの場所にもかかわらず、なんと藪のほうが私たちを避けて道を作ってくれている。森でのエルフというのは本当に凄まじい力を秘めているようだ。

「クリスさん、あっちの茂みの向こう側に害獣が 10 匹とおっきい害獣が 1 匹いますっ。他にはいないみたいですっ」

精霊に教えてもらったらしく、ルミアがゴブリンの居場所を教えてくれる。

「よし、一班は左、二班は右へ回り込め。三班は誘引、四班はここで迎え撃ってゴブリンどもを殲滅。五班は迂回して回り込んで退路を塞げ」
「「「「「はっ」」」」」

各班の班長が私の指示に従って動き出す。

私はルゥー・フェィ将軍より預けられた兵 50 を 9 人ずつの班に分け、それぞれに班長と副班長を置いた。残った 5 人は私の直属としてこの部隊唯一の魔術師役であるルミアを守らせる。

ちなみにこの少数の班に分けるやり方はホワイトムーン王国の騎士団が行っている方法だ。レッドスカイ帝国でのやり方だと班の人数がかなり多かったため、森の中での遊撃任務には向かないと判断したのだ。理由を説明したところ、兵たちも納得して私のやり方に従ってくれた。

「ゲギャギャギャギャ」

三班の兵たちに挑発されたゴブリンどもが彼らを追いかけてこちらへと向かってくる。そしてあっさりとキルゾーンに 10 匹のゴブリンと 1 匹のホブゴブリンが侵入してきた。

「やれっ!」

私の合図とともに各班の兵士たちが一斉に矢を射掛ける。ルミアもマシロを呼び出して風の刃を次々と打ち込んでいく。

瞬く間にゴブリンは全滅し、全身に矢の刺さったホブゴブリンだけが憎しみの籠った目で 私たちを睨み付けている。

そしてくるりと回れ右をして逃げようとしたところに回りこんだ五班の兵士たちがその退路を塞ぐ。それを見てパニックになったゴブリンたちは右往左往しては兵士たちに次々と討ち取られその数を減らしていく。

その時だった。

「グゴォォォ」

リーダーであるホブゴブリンが大きな叫び声を上げ、私たちのほうへと突っ込んできた。

「うっ」

私の前に立っている兵士の男がその叫び声に怯んで半歩下がってしまう。それを見た私はすかさずホブゴブリンの前へと踊り出る。そしてセスルームニルを抜き放つとそのまま一撃でホブゴブリンを胴を斬り飛ばした。

そうして上半身と下半身に別れたホブゴブリンはそのまま地面を転がると動かなくなった。

私は怯んだ彼に向き直ると声をかけた。

「ここは既に戦場だ。怯むな! 弱さを見せれば死ぬぞ!」
「は、はいっ!」
「いいか! お前たち! ホブゴブリンなど物の数ではない! 恐れるな! ホワイトムーン王国聖騎士にして聖女フィーネ・アルジェンタータ様の盾、クリスティーナは今、お前たちと共にある。負けることなどあり得ん!」
「うおぉぉぉぉ!」
「さすが聖騎士だ!」
「そうだ! 俺たちだってやれるぞ!」
「クリスティーナ隊長に負けるな!」

口々に兵士たちが気合の入った声を次々と上げる。

どうやら兵士たちの士気を上げることに成功したようだ。

私たちはゴブリンどもの死体を焼却処分すると魔石は回収せずにそのまま次のゴブリンどもを探しに森の奥へと分け入る。魔石を回収しなかったのは、単に荷物になって邪魔だからだ。収納をお持ちのフィーネ様がこの場にいらっしゃるのであれば回収したかもしれないが、今の我々は作戦行動中だ。余計な荷物を増やす余裕はない。

****

こうしてルミアが森に住む精霊の力を借りてゴブリンどもの居場所を教えてもらい、そして私たちが狩るということを 5 ~ 6 回行った。討伐したゴブリンどもの内訳は通常のゴブリンが 70 匹、ホブゴブリンが 3 匹、ゴブリンアーチャーとゴブリンメイジが 1 匹ずつだ。

日も傾いてきたのでそろそろ野営の準備に入ろうと思っていた丁度その時だった。私は凄まじい気配を感じて思わず西へと視線を送る。

「隊長、いかがなさいましたか?」

一班の班長を任せているワン・ヂァンが私に尋ねてきた。

「お前は何も感じないのか? 何か凄まじい気配をあちらに感じたぞ」
「そうなのですか? 私は何も感じませんな。野営を前に隊長も気が立っておられるのでは?」
「……だといいのだが」

私はルミアの方をちらりと見遣る。すると、ルミアは目を見開いて西を見つめていた。その顔はやや青ざめて見え、少し震えているようにも見える。

「おい、ルミア! どうした?」
「と、とんでもなくおっきい害獣がいるって……危ないから逃げろって……」
「なんだと? まさかロードがこちら側に回りこんでいるというのか!?」
「ははは、隊長もルミア殿も気にしすぎですよ。何なら俺たちがちょっと見てきましょうか?」

全く危機感の無いワン・ヂァンがそう言って西の茂みへと歩いていく。

「あ……ダメですっ!」
「待て! ワン・ヂァン!」

私たちの制止も聞かずにワン・ヂァンと一班の兵士 3 人が茂みの中へと入っていく。私はまさかの命令違反に少しの間固まってしまうが、すぐに慌てて追いかける。

「ぎゃあああああ」

しかし、予想通りというか、ワン・ヂァンと兵士たちの悲鳴が聞こえたかと思うとそのまま静かになり、そしてワン・ヂァンたち四人を殺したと思われる複数の足音がこちらへと向かってくる。

「くっ、総員撤退準備!」
「えっ!」
「班長が!」
「黙れ! 撤退準備だ! 五班! 今すぐに森を抜けて街へ行け! ロードはここだ!」
「なっ!」
「早く行け! 早くルゥー・フェィ将軍とフィーネ様を呼んで来い! こいつを潰せば我々の勝利だ!」
「ははっ! かしこまりましたっ!」

五班の班長が弾かれたように走り出す。

「二班から四班、ロードがいるなら周りには多くの上位種がいるはずだ。距離を取りながらメイジとアーチャーを潰せ! ロードは私とルミアで抑えつつ、町へと撤退だ!」
「「「「は、ははっ!」」」」
「一班の残りも町へ行け! 五班の奴らとは別のルートで町へと戻り事態を報せろ!」
「は、はいっ!」

一班の残った 5 人も街へと戻す。これで事態が伝わる可能性が上がるはず。

「ク、クリスさんっ! ダメですっ! 逃げましょう!」
「何を弱気になっている! ロードとてデッドリースコルピよりも個の力は下だ! 決して勝てぬ相手ではないぞ! それに背を見せれば飲み込まれる!」
「グルルルル」

茂みの方を見ると、手を真っ赤に染めた 4 メートル程の巨大なゴブリン、ゴブリンロードが多くの上位種たちを連れて姿を現したのだった。
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