勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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武を求めし者

第五章第36話 人と駒

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2021/12/12 誤字を修正しました
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翌朝、私たちはイァン・ルゥー太守と守備隊に協力を要請され、チィーティエン防衛線の作戦会議に出席した。

「聖女様、皇帝陛下からの要請とは違う魔物暴走スタンピードへの対応にまでご協力いただき感謝いたします」
「いえ。それで私たちがこの場に呼ばれたということはやはり……」
「はい。放った斥候がゴブリンロードの存在を確認いたしました。そしてすでにゴブリンどもの群れはすでにこのチィーティエンを目指して進んでおり、明日の朝にはこのチィーティエンに襲い掛かってくるものと思われます」
「そうか、やはりロードが生まれていたか。ふん、相手にとって不足はない。それで数は?」
「三千ほどと推定しております」
「根拠は?」
「ゴブリンどもの密度と広がっている範囲から概算いたしました」
「そうか。ならば別動隊が千はいると思え。四千と考えて行動する」
「ははっ」

なるほど。ゴブリンロードは別働隊を作るほどの知能があるのか。

「戦場は南の畑のある一帯だな。収穫は諦めろ。南にある川をゴブリンどもが渡ってきたところを叩く」
「ははっ。収穫前ですので手痛いですが、止むを得ませんな」
「おい! 聖女よ、お前の従者には騎士がいたな。部下を率いた経験はあるのか?」
「ええと、確か何かの副長をやっていたはずですけど」
「小隊であれば率いた経験はある」
「そうか。ならば兵 50 を与える。遊撃に出て別動隊を探し、できる限りその数を減らせ。聖女、お前は救護所で待機だ。残りの 2 人の従者の割り振りはお前の好きにしろ」
「え? クリスさんだけで出るんですか?」
「だから残りの 2 人の従者はお前が好きに決めていい。だがお前が討って出るのは許さん」
「……」

私だけが残ってクリスさんに万が一があった場合、どうすれば良いんだろうか? その選択をして私は後悔しないと言い切れるだろうか?

「俺はお前の従者の実力は大体理解している。雑魚は雑魚だがいくらなんでもゴブリン如きに遅れは取るまい」
「ですがっ!」
「フィーネ様、ご心配を頂きありがとうございます。ですが、私もゴブリンどもに遅れを取るつもりはございません。フィーネ様のためにも、必ずや別動隊を掃討してご覧に入れましょう」
「でも、私はクリスさんが心配で……」
「ふん。お前は従者を随分と信用していないようだな」
「……そんなことは……」

私はただ、クリスさんが心配なだけだ。

「聖女よ。武人たるもの、主の信を得て初めて輝くと言うものだ」
「でも……」
「それにお前の従者はこれまで何もしていない。部隊の指揮経験があるのならせめてそこで役に立って見せろ。それとも、お前の従者はゴブリンに尻込みするほどの腰抜けなのか?」

そりゃあ、分かっているけどさ。分かっているけどさ。これがシミュレーションゲームだったら私だってそういう采配にすると思う。

でも、これは現実なんだ。

もしスイキョウにやられたみたいなことが私のいないところで起こったら、と思うとどうしても怖い。それにヨシテルとの戦いであの場を任せたクリスさんが顔を腫らして血染めで戻ってきたあの光景をどうしても思い出してしまうのだ。

だからクリスさんが、ルーちゃんが、シズクさんが、いなくなってしまうんじゃないかと不安がよぎってしまうのだ。

「それに例えゴブリンであろうとも数だけは多い。南の主戦場では多くの怪我人は出るだろう。その時にお前が救護所にいればより多くの怪我人を助けられる。聖女というのは他人を治すのが仕事なのだろう?」
「……それは……」

私は反論する言葉が見つからない。でも、どうしても嫌な予感がする。不安がぬぐえないのだ。

そんな私を見かねたかのようにシズクさんが助け船を出してくれた。

「フィーネ殿、部下を信じて送り出すことも主君の務めでござるよ? それに、拙者とルミア殿も、クリス殿と一緒に出撃するでござるよ。拙者もかなり本調子に戻りつつあるでござるから、例えゴブリンロードが出ても遅れを取ることはないでござるよ。それに、森の中では並ぶもののない力を発揮するルミア殿がいれば道に迷うこともないでござる。まあ、ルミア殿の弓矢はアレでござるがマシロの援護は期待できるでござるし、隙はないでござるよ」
「ちょっと、あたしの弓矢がアレってどういうことですかっ?」

黙って聞いていたルーちゃんが抗議の声を上げるがシズクさんは華麗にスルーした。

「それに、フィーネ殿は安全でござるよ。町中の救護所にゴブリンどもが押し寄せるような事態になったならもうこの町は終わりでござるからな」
「……」

理屈が正しいのは分かるけど、やっぱり不安だ。

「いや、だがフィーネ様をお一人にするわけには……」

そんな私の表情を見たクリスさんが心配してそう言ってくれる。

ありがたいけれど、心配なのは自分の身ではなくクリスさんやルーちゃん、シズクさんの身の安全だ。

「……まったく、クリス殿も仕方ないでござるな。では拙者がフィーネ殿のところに残るでござるよ。ルミア殿、クリス殿をよろしく頼むでござるよ?」

え? そこは逆じゃないのかな?

「えへへ、任せてくださいっ! クリスさんが無茶なことしないようにちゃんと見張ってますからっ!」
「なっ、シズク殿! 私はっ! ルミアも!」

そのやり取りを見て思わずクスリと笑ってしまった。

「わかりました。じゃあ、ルーちゃん、クリスさんをお願いしますね。でも、ルーちゃんも無茶しちゃだめですからね?」
「はい、姉さまっ」
「フィーネ様までっ!?」

そうして少しだけ雰囲気が明るくなったが、私は説得されて渋々クリスさんとルーちゃんの出撃を認めることになってしまった。

「……下らん。武人が戦で命を落とすなら本望であろうに。……ふん、まあよい。ではお前の従者には北西側の遊撃を任せよう」

だが私はその将軍の一言に思わずカッとなってしまう。

「命を落とすことを本望などと言わないでください。その人を大切に思う人たちだっているんです」

やはり将軍は相変わらずだ。この人はどこまで私の感情を逆ですれば気が済むのだろうか?

「ふん。聖職者が武人を語るか。聖職者というやつはいつでもそうだ」
「聖職者じゃなくてもそうだと思いますけどね?」

私が少し不機嫌な態度を隠さずにそう言うと、将軍は私を睨み付けてきた。私は将軍を睨み返すが、私の背後で控えるイーフゥアさんを見たのかすぐに視線を逸らした。

「はぁ。それで、将軍はどうするんですか?」
「無論、ゴブリンどもの本隊を叩きゴブリンロードを討ち取る。ゴブリンロードが姿を現すまで俺は待機だ。俺を囮にして作戦が成功するだけの戦力はここにはないからな」
「それだと、遊撃隊が孤立しませんか?」
「だからこそ南には出さんのだ。それでも敵に囲まれたならそれまでだ。遊撃を任せられるのならその程度は覚悟しろ」
「! 将軍っ! クリスさんたちを捨て駒にすると言いたいんですか!? 人は駒じゃないんですよ?」
「……戦において俺自身を含めて全て駒だ。それにこんな程度の任務で捨て駒とはな。お前が思うならそう思っておけばよい。俺には関係のないことだ」
「このっ!」

喧嘩になりかけたところで今度はクリスさんが間に割って入ってきて止めてくれた。

「フィーネ様、落ち着いてください。危険な状況に陥りそうならば私はきちんと離脱いたします。私の目的はフィーネ様をお守りすること、それをはき違えることはございません」
「……クリスさん、わかりました」

こうして半ば喧嘩になりながらもクリスさんとルーちゃんの出撃が決まり、私とシズクさんは町で待機となったのだった。
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