勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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武を求めし者

第五章第34話 谷底の一夜

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2020/10/01 誤字を修正しました
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私とクリスさん、そしてルーちゃんの三つ巴のくすぐり合戦が終わると、シズクさんがわざとらしく大きなため息をついた。

「で、なんでそんな風にふざけていたでござるか?」

シズクさんの声がちょっと怖い。

「その、実は――」

私はその経緯を説明する。

「なるほど。そういうことでござったか。まったく。それにルミア殿も、ここは町中でないでござるよ? いつあの死なない獣の残党が出てきてもおかしくないでござる。あまり気を抜かないでほしいでござるな」
「「「すみませんでした」」」

私たちはシズクさんにお説教をされてしまった。

私としてはクリスさんを励まそうとしただけなのに。ぐぬぬ。

「しかし、クリス殿の悩みも理解できるでござるよ。拙者も、半黒狐となっていなければあの洞窟の中では何もできなかったでござろう。それにルミア殿もマシロ無しでは何もできなかったでござろう」
「そうですね。あたしもほとんど何も見えませんでしたもん。マシロは精霊だからどこに何がいるのか分かっていたみたいですけど……」
「あの暗闇の中でもしっかり見えていたのはフィーネ殿くらいだと思うでござるよ。普段はまるで吸血鬼らしさはないでござるが、その辺りはさすがといったところでござるな」
「でも姉さま、(笑)ですよねっ?」

ルーちゃんが地味に(笑)ネタをつついてくる。よほどツボにはまったんだろうとは思うが、できることなら忘れて欲しい。

「ルーちゃん、あんまりそういう事言っているとルーちゃんの種族名が『エルフ(笑)』になるように神様にお祈りしますよ?」

するとルーちゃんがにへらと笑いながら答えた。

「えへへ、そしたらお揃いですねっ!」

喜ぶんかい! そこ、絶対喜ぶところじゃないでしょ?

そもそも(笑)とかついてたら恥ずかしくて初対面の人に見せられないじゃないか!

あ、そうか。そういえば普通はステータスを他人には見せないんだっけね。

そんなツッコミを心の中でいれているとシズクさんが咳払いをして話題を戻す。

「それはさておき、将軍の言っていた鍛錬が足りないということには心当たりがあるでござる」
「シズク殿、それはどういうことだ?」

シズクさんの言葉にクリスさんが食いついた。

「剣の道を極めた者は、たとえ目を閉じていようとも敵を感じ、そして斬ることができると言われているでござるよ。ただ、師匠ですらもその域には達していなかった故、眉唾物と考えていたでござるが、まさかこんなところで実物に出会えるとは思わなかったでござるよ」

おお、やっぱりその道の達人はそういう事ができるのか。心の目で見る、的な話だよね?

「それは一体?」
「拙者も会得方法までは分からないでござるよ。ただ、将軍は目で見るのではなく本当に感じていたようでござるな」
「だが一体どうしてそのようなことが? 音や気配で何となくは分かるにしても、間合いも太刀筋も完璧だったぞ?」

シズクさんの説明にクリスさんはどうにも納得いっていない様子だ。

「それって、やっぱり目をつぶった状態で誰かに石を投げてもらったり、瞑想したり滝に打たれたりして修行するんですか?」

私は何となく前の世界のマンガの知識で聞いてみる。

「おお、フィーネ殿はさすがでござるな。それに滝行という発想はなかったでござるが、精神を鍛えるという面では一理あるかもしれないでござるよ」
「え? もしかして……?」
「瞑想をしたり、目隠しをした状態で攻撃を避けるということを師匠は試していたでござるな」

なんと。適当に言っただけなのにまさか当たっているとは。

「じゃあ、やってみましょうよ。あ、あたし石投げますねっ!」
「む? そうでござるな。ではまずは拙者から。拙者はそこに座って目をつぶっているでござる。少ししたら石を投げてもらえるでござるか?」
「はーい、任せてくださいっ!」

しかし死なない獣の残党はいいのか? いや、シズクさんがああ言っているし多分大丈夫なんだろう。

私はそんな二人を横目にたき火に火をつけ、夕食の準備を始める。

今日は、鯵の干物と豆腐のお味噌汁、それとおにぎりにしよう。といっても、ほとんどやることはなく収納から取り出して干物を焼いて味噌汁を温めるだけなのだが。

そうこうしていると、ルーちゃんの元気な声が聞こえてきた。

「シズクさーん、投げますよっ!」

するとシズクさんがあきれたような声でルーちゃんに言う。

「ルミア殿、それを教えては修行にならないでござるよ」
「え? あ、そうかっ。じゃあ、言わないで投げますねっ!」

そう言ってルーちゃんはそろりそろりと場所を移動する。そして小石を握ってシズクさんに軽く投げつけた。

コン

ルーちゃんのなんとも可愛らしいヘンテコなフォームで投げられた小石は山なりに飛んでいき、シズクさんの 5 m ほど離れた位置に落下した。

「あっ、あっれ~?」

ルーちゃんはそう言って恥ずかしそうに小石を拾うと、その場から拾った小石をシズクさんにまたもヘンテコなフォームで投げつける。

ヘロヘロの小石がシズクさんの顔面に向かって飛んでいき、そしておでこに命中した。

「あっ、シズクさん。ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「くっ、避けられなかったでござる。何となくは感じていたでござるが……やはり難しいでござるな。さあ、次を頼むでござる」
「え? あ、はい……」

顔面に当ててしまったことでルーちゃんはちょっと気後れしているのかもしれない。

「ルーちゃん、怪我は私が治しますから、あまり強く投げなければ大丈夫ですよ」
「あっ、そっか。分かりましたっ!」

そうして修行が再開される。しばらくすると投げつけられる側にクリスさんも加わり、座ったままルーちゃんに小石を投げつけられるという何とも意味不明な光景が繰り広げられる。

二人とも全く避けられていないが、シズクさんは何となく少し反応できているような気もする。耳も良くなったと言っていたので、もしかしたら音を感じ取れているのかもしれない。

そしてこの意味不明な光景は干物が美味しく焼けるまで続き、私はボロボロになった二人を治療するのだった。

「シズクさん、それにクリスさんも。次からは石じゃなくでもっと柔らかいものを使ってやってくださいね。二人がこんなになるのはあまり見たくありませんから」
「はい」
「かたじけないでござる」
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