勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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武を求めし者

第五章第19話 作戦会議

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「聖女様! ようこそ我がチィーティエンへおいでくださいました。私めはこのチィーティエンの太守を任されておりますイァン・ルゥーと申すものでございます。兵たちに祝福と奇跡を賜りましたこと、そのお力でチィーティエンの民をお救い頂きましたこと、心より御礼申し上げます」

年齢は大体 40 ~ 50 歳くらいのかなりでっぷりと太ったおじさんがそう挨拶すると私にぺこぺこと頭を下げている。

「いえ。太守様。これもお仕事ですから。当然の事をしただけです」
「民をお救いになることが当然とは、さすがは聖女様でございますな」
「はあ。まあ働かずにお礼だけもらうのは出来ませんからね」
「え? お礼?」
「えっ?」
「えっ?」

さて、イーフゥアさんにお願いして太守様との作戦会議と聞き取り調査を設定してもらったわけなのだが、この有様である。

この国の人たちは私たちがかすみでも食べているとでも思っているんではないだろうか?

ちゃんとお礼すると言ってくれた皇帝陛下が一番まともなのかもしれない。

ちなみにこの会議に参加しているのは私とクリスさん、それにシズクさんだけで、ルーちゃんは食事に釣られて食堂へと向かってしまった。

確かにルーちゃんはこういう会議ではいつもあまり発言しないし、全員が参加する必要はないのかもしれない。

「コホン。そんなことより太守様、今の状況を教えてください」
「は、ははっ。聖女様。現在の状況ですが、まずあの魔物どもがここチィーティエンにまで攻め寄せてきたのは今回が初めてでございます。聖女様のご到着が遅れておりましたらどれほどの被害が出ていたことか……。このイァン・ルゥー、心より御礼申し上げます」
「あ、はい」

そしてまたぺこぺこが始まった。話が進まないのでそんなことをしていないで早く進めて欲しい。

ちなみにこのチィーティエンの町は城郭都市で、高く堅牢な城壁に囲まれている。なのでフゥーイエ村のように簡単に侵入されるようには思えないし、それほどの被害が出たとは思えないのだが。

「それで、チィーティエン以外での状況はどうなんでしょうか?」

私は話を進めるために質問をしてぺこぺこしているのをやめさせる。

「はい。ファンリィン山脈越えの道に出始めたのは今年の 4 月上旬ごろの事でございます。討伐隊を出したのですがあの黒いもやを纏った魔物を殺すことが出来ず、すぐに中央へと応援の要請を致しました。しかし、状況は一向に改善できず本日を迎えた次第であります」

なるほど。今は 7 月中旬なので 3 か月近くあの道は使えない状態になってしまっているのか。

「ツィンシャの方は大丈夫だったんですか?」
「はい。ツィンシャでも同様の事態が発生していたそうです。ただ、ツィンシャには聖女様によって祝福を賜った武器が多数保管されておりまして、その武器であればあの魔物を倒せると分かったそうです。そしてそのことを知った皇帝陛下が聖女様がお通りになられた際には必ず話をつけて下さると」

太守は深刻そうな表情をしている。やはり、山越えの凄まじい道とはいえ、交易路が寸断されるというのは深刻なのだろう。

「ああ、そういえば、吸血鬼対策で浄化の付……ええと、祝福を与えた武器を量産しましたからね」
「やはりそうでしたか。我々も数振りの剣は分けてもらえたのですが、それ以上は町の防衛と道の確保のために譲れないと言われてしまいまして」
「なるほど。結構たくさん作ったつもりだったんですけどね。ですがツィンシャの町を守るという意味では町長さんの判断も責められませんしね」
「はい。仰る通りでございます」
「それで、フゥーイエ村は無事なんですか?」
「それが、我が町との道はかなり前から使えなくなっておりますし、ツィンシャとの道も確保できなくなったとツィンシャ側から聞いております。ですので、今は完全に孤立しているかと思います」

うーん、それはかなり大問題なのではなかろうか?

「どのくらいの死なない獣、ええと、その黒い靄を纏った魔物はいるんでしょうか?」
「それが、さっぱりわからず。とにかく数が多く。森に足を踏み入れれば一時間と経たぬうちに襲われるほどには多いようです」
「なるほど。ということはフゥーイエ村からツィンシャへの間道と同じくらいいるってことですね」
「え? 聖女様、もしやあの魔物をご存じなのですか?」
「はい。恐らく最初にフゥーイエ村を襲っていたその魔物は私たちが退治しましたから」
「それではなぜ……」
「その時調査を申し出たのですが、村長さんに断られてしまいました。それにその時は私たちも別に用事がありましたし、まさかこんなことになるなんて思ってもみませんでしたから」
「そう、でしたか……」

しかし、それほどの状況がここまで広がっているとなると事態は深刻だ。常識的に考えるとフゥーイエ村は無事では済まないだろう。いくら私が浄化魔法を付与した斧やくわがあるとはいえ、戦える人員は少ないだろう。それに、あの質の鉄では精々数回ほどしか浄化は発動しないはずだ。

それにしても、なぜこんなに広範囲に広がってしまったのだろうか?

「一体どうしてこうなったんでしょうかねぇ……?」

私の独り言を聞いたシズクさんが冷静に意見を述べてくれた。

「いくつか原因は考えられるでござるが、あの獣の数が増えていると考えるのが一番可能性が高いように思うでござるよ」
「数が増えている?」
「そうでござる。あの獣は何らかの理由で数が爆発的に増えていて、それが溢れて人里に降りてきたのではないかと思うでござるよ」
「なるほど」

それにクリスさんが疑問をぶつけてきた。

「他の何かもっと強大な存在に追い立てられたということは考えられないか? あとは、あの獣の目には何かこう、我々に対する憎しみというか、どうにも狂気じみたものを感じた。やつらは人間がいる場所を目指してきている可能性はないか?」
「そうでござるな。まず、前者はないと思うでござるよ。あの獣を追い立てられる存在という事は、あの獣を殺せる存在となるでござる。普通に考えて、その線は低いでござろう」
「確かに、そうだな」
「後者は確かにあり得るでござる。あり得るでござるが、増えている場合と比較して対処は容易でござろう。であれば、悪いほうの想定で動いた方が良いのではござらんか?」
「なるほど。その通りだな」

おお、さすがシズクさん。計算が速いだけあって賢い!

「私もシズクさんの意見は筋が通っているように思います。太守様、いかがでしょう?」
「ははっ。全ては聖女様の従者様が仰る通りかと。それで、私共は一体どうすれば?」

ええ? 丸投げですか?

「ええと、それじゃあ、獣の数が増えていると仮定して、増えている原因を探る必要がありますね。まさか普通に赤ちゃんを産んで育てているなんてことはないでしょうし」
「そうでござるな……」
「フィーネ様、まずはフゥーイエ村への道を確保するのがよいかと思います。フゥーイエ村は最初にあの死なない獣が襲った村です。近くに何かがあると考えても不思議はないでしょう」
「確かに、それはそうですね」
「それに、道を確保できれば山狩りの難易度を大きく下げることができます。まずは道と拠点を確保し、少しずつ作戦行動を行える領域を増やしていくのが定石かと」

なるほど。そういうものなのか。さすがはクリスさん、一応騎士団の何とか隊の元副隊長だもんね。

「では、町の武器に浄化の付与、ええと、祝福を与えて兵士の皆さんが戦えるようにするのが第一ですね。そしてチィーティエンの兵士の皆さんで道を確保しつつ山狩りを行う。そして私たちは将軍と一緒にフゥーイエ村に行って大量発生の原因を調査するというのでどうでしょうか?」
「良いと思うでござるよ」
「私もそれでよろしいかと」
「ははーっ。仰せのままに。さすがは聖女様」

太守様は完全によいしょの人だ。別に軍事の専門家じゃない私の意見でここまで動いていいものなのかな?

「では、私はお昼を頂いたら祝福を授ける作業に入りましょう。あ、もちろん料金は後日精算で構いませんよ」
「えっ?」

固まっている太守様を尻目に私たちはルーちゃんの待つ食堂へと向かうのだった。
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