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武を求めし者
第五章第9話 ユカワ温泉(5)
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2020/09/24 誤字を修正しました
================
バナナ園を出発した私たちは川沿いを下って町の中心部へと戻る道を歩いていた。すると、また私の目の端におかしなものが飛び込んできた。
「あれは!?」
なにやら岩のようなものが遠くの川の水面に浮かんでおり、その左右にはぎょろりとした目がついている。
三人が私の見た方向を振り返る。
「川に……何かいるのですか?」
「うーん、あたしも見えないです」
距離があるせいか、二人は見えていないようだ。シズクさんはじっと目を凝らしている。
「……む? もしやあの岩のようなものでござるか? 何か少し動いたように見えるでござるよ」
「そうです! それです! その岩っぽいやつ、左右に縦長の瞳の目がついているんですよ!」
「はあ、この距離でよく見えるでござるな」
「まあ……ともかく行ってみましょう」
私たちは川へと近づいていく。すると一人のおじいさんが声をかけてきた。
「これ、お嬢ちゃんたち。川へは近づいちゃいかんぞ」
「でも、あそこに何かがいるんです」
「ほぉー、この距離から見えるなんて目が良いんじゃのう。あの川にはワニが住んでおるのじゃ。不用意に近づくと食べられてしまうでの。ワニが見たいならワニ園に行くと良いぞ」
はい? ワニ? これも温泉パワーなのか? それにワニが養殖されてるの?
「ワニ園に行けばワニのフルコースが食べられるぞい。せっかくじゃし、行ってみてはいかがかの?」
「えっ? ワニって食べられるんですか?」
「姉さまっ! 行きましょうっ! じゅるり」
ルーちゃんの食欲スイッチが入ってしまった。こうなってはワニを食べに行くしかないだろう。
ま、まあ、それに、私も興味はあるし?
というわけで、私たちはおじいさんに教わったワニ園へと歩を進めるのだった。
****
「ここがワニ肉食堂ですねっ!」
ワニ園に着くやいなやルーちゃんからそんな言葉が飛び出した。
「あはは、まあ、間違ってないよ。ここはワニの養殖場だけど、見学は食堂の窓から見られる分だけだからね」
受付兼ウェイターのお兄さんが楽しそうにそう説明する。私たちは早速窓際の席に案内される。眼下にはワニの水槽があり、大きなワニ達が気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。
メニューを見てみるが、なんと実質一種類しかない。昼定食に松竹梅があるだけだ。松はフルコースで、ワニ肉の唐揚げ、ワニ肉の照り焼き、ワニ肉と豆腐のつくね、ワニテールと野菜の醤油スープにお新香とご飯がついてくる。竹だとつくねがなくなり、梅だとスープが味噌汁に変わるらしい。
私たちは昼定食の松を人数分頼む。サイドメニューが全然ないのでルーちゃんはちょっと不満そうだが、さすがに食いしん坊のルーちゃんでも同じ定食を複数頼むことはしなかった。
「お待たせしました」
先ほどのお兄さんが定食を持ってきてくれた。
私はいただきますをするとスープに手を付ける。スープ自体は出汁が出ていて美味しいし、生姜の香りがしっかり利いていて特にお肉が臭いとかは感じない。
ワニ肉らしきお肉を口に運んでみる。とてもあっさりした味だ。
でも、どこかで食べたような?
次につくねを食べてみる。甘辛い醤油だれに七味唐辛子がかかっていてちょっと辛い。なんというか、やきとりのつくねを食べているような気分になるが、豆腐のおかげかふんわりした食感がこれまた堪らない。
「このつくねは美味しいですね。はい、ルーちゃん残りはあげますよ」
食べきれない分はルーちゃんにいつも通りパスだ。
「わーい、姉さまありがとうっ!」
ルーちゃんは幸せそうに食べている。よかった。気に入ってくれたようだ。
続いて照り焼きを食べる。うん、悪くはないけど、もうちょっとお肉に脂があったほうが照り焼きは美味しいかもしれないね。
というか、わざわざワニ肉で作らなくても良いんじゃないかな?
最後に唐揚げを口に運ぶ。
「あ、これ……昨日の……」
「やはりそうですよね……」
「ああ、そうでござるな。昨日の唐揚げと同じお肉でござるな」
「んー、美味しいですっ! あれ? みんないらないならあたしが貰っちゃいますよ?」
「はい、どうぞ」
私は食べきれない分の唐揚げと照り焼きもルーちゃんにパスする。
別に美味しくないわけではないのだが。うん。なんというか、淡白というか、そんなに喜んで食べたい味ではなかったかな。
あ、でもルーちゃんは気に入ったみたいだし、食事の好みは人それぞれだね!
ワニ肉料理を堪能した私たちはお兄さんに頼んで少しだけワニの水槽を見学させてもらった。こうしてまったりと日向ぼっこをしているワニの姿を見るとなんだかちょっとかわいいかもしれないと思った。
「ユカワではね、温泉がそこら中から湧いているおかげで川もその周りも常に暖かいんだ。真冬だって暖かいからなのかな。このあたりだけは周りとは違う生き物が住んでいるんだよ。このワニ達もそうなんだ。昔は鶏なんかの家畜を飼おうともしたみたいなんだけど、ワニに食べられたり、あと暑さで連れてきた家畜がダウンしちゃったらしくてね。だったらもともと住んでいるワニを食べれば良いってことになって、ワニの養殖をするようになったんだ」
「はあ、そんな歴史があったんですね」
「とはいっても、源泉から遠い場所では鶏も飼っているんだけどね。せっかくワニが住んでいるんだからなんとかこれでお客さんを呼べないかと思っているんだけどね。ねえ、外人のお嬢さん、どう思うかい?」
それはほとんど来ないような外国人の私たちではなくて他の巫国の人に聞いた方がいいんじゃないかな?
そうは思い思いつつも私は真面目に答える。
「そうですね。私はワニのお肉よりも鶏のお肉のほうが好きですね。ちょっと淡白すぎるというか。でも逆にそういうお肉は健康に良いので、ダイエットとかの方面で打ち出せばいけるかもしれませんよ」
「そうかぁ、なるほどねぇ。うん、ありがとう」
「いえ」
私はそう言うと、お金を払ってワニ園を後にした。そして帰りの道中でふと思いついた。
あれ? そもそもワニが町の近くにいること自体が珍しいんだから、野生のワニウォッチングとバナナと間欠泉だけで十分に観光は成り立つんじゃ?
私はそんなモヤモヤした気持ちを抱えつつ宿へと戻ったのだった。
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バナナ園を出発した私たちは川沿いを下って町の中心部へと戻る道を歩いていた。すると、また私の目の端におかしなものが飛び込んできた。
「あれは!?」
なにやら岩のようなものが遠くの川の水面に浮かんでおり、その左右にはぎょろりとした目がついている。
三人が私の見た方向を振り返る。
「川に……何かいるのですか?」
「うーん、あたしも見えないです」
距離があるせいか、二人は見えていないようだ。シズクさんはじっと目を凝らしている。
「……む? もしやあの岩のようなものでござるか? 何か少し動いたように見えるでござるよ」
「そうです! それです! その岩っぽいやつ、左右に縦長の瞳の目がついているんですよ!」
「はあ、この距離でよく見えるでござるな」
「まあ……ともかく行ってみましょう」
私たちは川へと近づいていく。すると一人のおじいさんが声をかけてきた。
「これ、お嬢ちゃんたち。川へは近づいちゃいかんぞ」
「でも、あそこに何かがいるんです」
「ほぉー、この距離から見えるなんて目が良いんじゃのう。あの川にはワニが住んでおるのじゃ。不用意に近づくと食べられてしまうでの。ワニが見たいならワニ園に行くと良いぞ」
はい? ワニ? これも温泉パワーなのか? それにワニが養殖されてるの?
「ワニ園に行けばワニのフルコースが食べられるぞい。せっかくじゃし、行ってみてはいかがかの?」
「えっ? ワニって食べられるんですか?」
「姉さまっ! 行きましょうっ! じゅるり」
ルーちゃんの食欲スイッチが入ってしまった。こうなってはワニを食べに行くしかないだろう。
ま、まあ、それに、私も興味はあるし?
というわけで、私たちはおじいさんに教わったワニ園へと歩を進めるのだった。
****
「ここがワニ肉食堂ですねっ!」
ワニ園に着くやいなやルーちゃんからそんな言葉が飛び出した。
「あはは、まあ、間違ってないよ。ここはワニの養殖場だけど、見学は食堂の窓から見られる分だけだからね」
受付兼ウェイターのお兄さんが楽しそうにそう説明する。私たちは早速窓際の席に案内される。眼下にはワニの水槽があり、大きなワニ達が気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。
メニューを見てみるが、なんと実質一種類しかない。昼定食に松竹梅があるだけだ。松はフルコースで、ワニ肉の唐揚げ、ワニ肉の照り焼き、ワニ肉と豆腐のつくね、ワニテールと野菜の醤油スープにお新香とご飯がついてくる。竹だとつくねがなくなり、梅だとスープが味噌汁に変わるらしい。
私たちは昼定食の松を人数分頼む。サイドメニューが全然ないのでルーちゃんはちょっと不満そうだが、さすがに食いしん坊のルーちゃんでも同じ定食を複数頼むことはしなかった。
「お待たせしました」
先ほどのお兄さんが定食を持ってきてくれた。
私はいただきますをするとスープに手を付ける。スープ自体は出汁が出ていて美味しいし、生姜の香りがしっかり利いていて特にお肉が臭いとかは感じない。
ワニ肉らしきお肉を口に運んでみる。とてもあっさりした味だ。
でも、どこかで食べたような?
次につくねを食べてみる。甘辛い醤油だれに七味唐辛子がかかっていてちょっと辛い。なんというか、やきとりのつくねを食べているような気分になるが、豆腐のおかげかふんわりした食感がこれまた堪らない。
「このつくねは美味しいですね。はい、ルーちゃん残りはあげますよ」
食べきれない分はルーちゃんにいつも通りパスだ。
「わーい、姉さまありがとうっ!」
ルーちゃんは幸せそうに食べている。よかった。気に入ってくれたようだ。
続いて照り焼きを食べる。うん、悪くはないけど、もうちょっとお肉に脂があったほうが照り焼きは美味しいかもしれないね。
というか、わざわざワニ肉で作らなくても良いんじゃないかな?
最後に唐揚げを口に運ぶ。
「あ、これ……昨日の……」
「やはりそうですよね……」
「ああ、そうでござるな。昨日の唐揚げと同じお肉でござるな」
「んー、美味しいですっ! あれ? みんないらないならあたしが貰っちゃいますよ?」
「はい、どうぞ」
私は食べきれない分の唐揚げと照り焼きもルーちゃんにパスする。
別に美味しくないわけではないのだが。うん。なんというか、淡白というか、そんなに喜んで食べたい味ではなかったかな。
あ、でもルーちゃんは気に入ったみたいだし、食事の好みは人それぞれだね!
ワニ肉料理を堪能した私たちはお兄さんに頼んで少しだけワニの水槽を見学させてもらった。こうしてまったりと日向ぼっこをしているワニの姿を見るとなんだかちょっとかわいいかもしれないと思った。
「ユカワではね、温泉がそこら中から湧いているおかげで川もその周りも常に暖かいんだ。真冬だって暖かいからなのかな。このあたりだけは周りとは違う生き物が住んでいるんだよ。このワニ達もそうなんだ。昔は鶏なんかの家畜を飼おうともしたみたいなんだけど、ワニに食べられたり、あと暑さで連れてきた家畜がダウンしちゃったらしくてね。だったらもともと住んでいるワニを食べれば良いってことになって、ワニの養殖をするようになったんだ」
「はあ、そんな歴史があったんですね」
「とはいっても、源泉から遠い場所では鶏も飼っているんだけどね。せっかくワニが住んでいるんだからなんとかこれでお客さんを呼べないかと思っているんだけどね。ねえ、外人のお嬢さん、どう思うかい?」
それはほとんど来ないような外国人の私たちではなくて他の巫国の人に聞いた方がいいんじゃないかな?
そうは思い思いつつも私は真面目に答える。
「そうですね。私はワニのお肉よりも鶏のお肉のほうが好きですね。ちょっと淡白すぎるというか。でも逆にそういうお肉は健康に良いので、ダイエットとかの方面で打ち出せばいけるかもしれませんよ」
「そうかぁ、なるほどねぇ。うん、ありがとう」
「いえ」
私はそう言うと、お金を払ってワニ園を後にした。そして帰りの道中でふと思いついた。
あれ? そもそもワニが町の近くにいること自体が珍しいんだから、野生のワニウォッチングとバナナと間欠泉だけで十分に観光は成り立つんじゃ?
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