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巫女の治める国

第四章第25話 ミエシロ家(前編)

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今日は 4 月 29 日、私たちがテッサイさんの道場でお世話になり始めてからおよそ一か月の時が流れた。今日は週に一度のテッサイさん対クリスさんの試合の日だ。中庭でテッサイさんとクリスさんが睨み合っている。

「ふぉふぉふぉ。さ、クリスよ。来るがよい」
「はい。お師匠様!」

これで四度目の試合、過去の三回、道場破りの時を含めれば四回、クリスさんはいずれもテッサイさんに敗れている。そして、クリスさんがこのテッサイさんとの試合に勝てば卒業となるそうだ。

クリスさんはいつも通り正眼に、テッサイさんはまるでシズクさんのような構えをしている。

「どうしたのじゃ? かかってこんのか?」

クリスさんは答えずに真剣な表情でテッサイさんを見ている。これまでの試合ではいつもクリスさんが打ち込んでは一撃でいなされていたが、今回は冷静に間合いを保っている。

その様子を見たテッサイさんは目を細めている。きっと、クリスさんの成長を喜んでくれているのだろう。

次の瞬間、テッサイさんが一気に踏み込んだ。目にも止まらぬ速さで距離を詰めたテッサイさんが抜刀からの一撃を放った、のだろう。多分。

というのも、角度が悪いせいもあるが速すぎて私の目では完全には追いきれないのだ。

ガガガと木刀同士がぶつかったと思われる音がしたかと思うと次の瞬間、クリスさんが木刀をテッサイさんの首筋に突きつけていた。

おおお、勝った。あっという間の出来事だったけど、ついにクリスさんが勝った。

「うむ。見事じゃ。じゃが油断するでないぞ。そなたの悪い癖は間違った思い込みで相手を見誤ること、そしてすぐに挑発に乗ることじゃ。それさえなければ最初にここに来た時にワシに勝っていたはずじゃぞ。ゆめゆめ、忘れることのないようにの」
「はい! お師匠様!」

うんうん、何だかんだ、いい師弟関係になったんじゃないかな?

「さて、シズク・ミエシロの事じゃったな。ここで話すのもあれじゃ。着替えてから話すとするかの。フィーネちゃんや、お茶を頂けるかい?」
「はい」

剣の才能がゼロであることが分かった私は簡単な護身術だけを習い、そしてやることがないので和食の作り方を習った。そしてそうこうしているうちに気が付けばこの道場の家事全般を担当するようになっていたのだ。

そのおかげかどうかは分からないが、テッサイさんにも道場の門下生の皆さんにも随分と猫可愛がりしてもらっているような気がする。

私はお茶を淹れに台所へと向かった。そして急須と湯呑、そしておせんべいをもって居間へと向かう。するとそこには既にクリスさんもルーちゃんも揃っていた。

「はい、どうぞ」
「うむ、いつもすまぬのう」

テッサイさんは私の差し出したお茶を受け取るとずず、と音を立てて啜り、そしてゆっくりと口を開いた。

「さて、どこから話したものか。ふむ。まず、既に気付いておるかもしれんが、シズク・ミエシロはワシの弟子じゃ。ワシが剣術をシズクに指南し始めたのは三歳の頃からじゃが、あの子は天才での。年端も行かぬうちに皆伝じゃ。そうしてやる事がなくなったシズクは道場破りを繰り返すようになってのう」

そう言ってテッサイさんは遠い目をした。

「破る道場が無くなって遂にはイッテン流の道場にまで道場破りを仕掛けての。道場にいた全員を切り伏せてキリナギを手に入れたのじゃ。とはいえ、さすがに先祖代々伝わる家宝の剣を道場破りで奪われた、とあっては向こうとしても世間体が悪くての。何をされるか分からぬゆえ、そのまま無期限の修行の旅に出させたのじゃよ」

なるほど。シズクさんはそんな理由で武者修行の旅に出たのか。

あれ? でもおかしいような?

「ちょっと待ってください。シズクさんはキリナギをミエシロ家に先祖代々伝わる家宝って言ってましたよ?」
「確かに。それにお師匠様、私もイッテン流の道場を破りましたが、彼らはミエシロ家ではなくミツルギ家を名乗っておりました」
「うむ。ミツルギ家というのはミエシロ家の本家じゃ。そしてミツルギ家というのは 35 年前から名乗り始めた姓でその前はミエシロを名乗っておった。故に、ミエシロ家に代々伝わる家宝で正しいのじゃ」

なるほど。そういうことなのか。

「さて、続けるぞい。そしてそのシズクが、そなたたちが来る大体ひと月、いや半月くらい前じゃったかの。この道場にふらりと訪ねてきおったのじゃ」
「っ! それで、シズクさんは今どこに?」

私は身を乗り出して食い気味で質問をする。

「まあ、落ち着くのじゃ。全て話すからの」
「はい」

私は乗り出した身を元に戻すとお茶を一口啜った。緑茶の香りが広がり、そして少し気分を落ち着けてくれる。

「での。シズクはそれはそれは嬉しそうにそなたたちの事を話ておったのじゃよ。そして、もし訪ねてきたのなら、クリスに稽古をつけてやってほしい、そしてこれ以上探さないで済むように死んだと伝えて欲しいと頼まれたのじゃ」
「……え?」

そんな。私たちが追いかけてきたのはそんなに迷惑だったということなのだろうか?

「そんな悲しそうな顔をするでない。シズクはの、今は御所の最深部におる。そして明日の日没とともに、女王のスイキョウによって生贄として八頭龍神へと捧げられることになっておるのじゃ」
「「「は?」」」

私たちは一瞬フリーズしてしまった。

「え? 生贄? じゃあ、果たさなければならない使命というのは?」
「うむ。ミエシロ家の女はの、生まれながらにして生贄としてその身を捧げることが義務付けられておるのじゃ」
「……そん、な……」

私はあまりのショックに言葉を失ってしまったのだった。
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