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花乙女の旅路
第三章第41話 フェルヒ、再び
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2020/05/21 ご指摘頂いた誤字を修正しました。ありがとうございました
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「どうしてフェルヒが?」
私の浄化魔法が効かなかったというのだろうか?
確かに、あの時は町丸ごと浄化したせいでフェルヒを消滅させられたことは確認していない。だが、あの浄化の光の中で逃げ切れるものなのだろうか。
「行く、でござるか?」
「フィーネ様、罠の可能性が高いと思いますが……」
「行かなければ、トゥカットでやられたように寝静まったところを侵入されると思います」
「しかし、本当に奴とは限らないのでは? フィーネ様の浄化魔法を逃れるなど」
「いや、ほぼ間違いなく本人でござるよ。トゥカットの町には目撃者がいないでござる。そして、ユルギュで『フェルヒ』の名前を報告していない以上、あの町の吸血鬼がフェルヒという名前だったことは拙者たち以外誰も知らないはずでござる」
「私への復讐、でしょうかね?」
「そうでござろうな」
「とりあえず行きましょう。最悪の場合、また町丸ごと浄化します」
「だが、あれを見ている以上、何か対策をしてきているのでは?」
「ですが、行かなければ状況が分かりません。それと、吸血鬼の目を見ないでください。魅了の魔法をかけられてしまいます」
私たちは念のため解毒魔法をかけ、そしてローブを着ると、ロビーへと向かった。
そして、宿のそれほど広くないロビーへと降りていくとそこにはあのフェルヒがソファーに座り悠然と私たちを待っていた。周りを確認すると、宿の受付も他の客も虚ろな目をしている。どうやら既に魅了されているようだ。
「フェルヒ、貴様! なぜ生きている!」
クリスさんが今にも斬りかからんばかりの勢いで威嚇をしている。
「やあ、お待ちしていましたよ、聖女フィーネ・アルジェンタータ様。本日も大変お美しい」
「よくも私の前に姿を現すことができましたね。今度こそきっちりと浄化してあげましょう」
「おやおや、怖いことをおっしゃいますな。私が何か悪いことをしましたかな?」
「こいつ……」
フェルヒが嫌らしい顔で笑っている。
「そんなに怖い顔で睨まないでください。お美しいそのお顔が台無しですよ?」
「どうやら浄化されたいようですね」
私は脅しの意味をこめて手に聖属性の魔力を集める。
「まあまあ、そんなに怒らないでください。今日はですね。聖女様に素敵なプレゼントをお持ちしたのですよ。さあ、どうぞこちらをご覧ください」
パチンとフェルヒが指を鳴らすと、宿の扉が開き、虚ろな表情をした女性が十人、同じく虚ろな目をした小さな子供をそれぞれ一人ずつ連れてロビーへと入ってきた。
そして次の瞬間、女性たちはその子供の首筋に刃物をあてがった。
「なっ!」
「どうです? お気に召していただけましたか? 彼女と子供たちは親子でしてね。それぞれ深く魅了をかけて操っておきました。私が死ぬか命令するかで何の躊躇いもなく我が子を刺すでしょう」
「何という事を! その子たちを解放しなさい!」
私はそう言いながら手に集めた聖属性の魔力を霧散させる。フェルヒを浄化すると母親に子供を殺させてしまう。そんな酷いことはさせられない。
よくアニメや漫画で人質を取られた主人公が解放しろ、などというベタなセリフを言っているの聞いては「解放なんてされるわけないのに何を言っているんだ」と冷めた目で見ていたものだが、そう言いたくなる気持ちがよく分かった。
「そして、母親は子供を刺した瞬間に正気に戻る様にしておきました。どうです? 素晴らしいと思いませんか?」
「この……クズが……」
フェルヒは心の底から楽しくて仕方がないという表情をしている。
「そして、これから町では新しく私の眷属となった下級吸血鬼たちが暴れて町の人間どもを皆殺しにする手筈となっております。ですが、聖女様。もしあなたがその身柄を私に頂けて頂けるというのであれば、町の人間を皆殺しにするのはやめて差し上げましょう」
「くっ、なぜこんなことを……」
私は打開策を考えるための時間稼ぎをする。
「ははは。何を問うかと思えば、そんな当たり前のことも知らないのですか?」
当たり前? 一体どういうこと?
「まさかの同族の聖女様、その生き血を啜ることで私はどれほどの力を得ることができるか。その力があれば私は魔王すら目指せるのですよ」
「どういうことですか?」
「おやおや、本当に知らないようですね。その生き血を全て私に捧げて空っぽになった時に教えて差し上げますよ。その時にはもう生きてはいないでしょうがね」
そう言ってフェルヒは嫌らしい笑みを浮かべる。
「それにしても愚かですね。人間などただの食料に過ぎないというのに。ですが今は好都合です。さあ、その身を私に差し出しなさい」
私は頭の中でこの事態を打開するべく思考を巡らせる。まず、魅了解除は使ったことがないが、できるはずだ。下級吸血鬼は、まとめて浄化すれば良いだろう。いや、だが問題は人質がこの 10 組だけとは限らないことだ。
「フィーネ様、世界はこんなところであなたを失うわけには行きません」
「ですが!」
「おやおや? 聖女様ともあろうお方が我が身可愛さに決心がつきませんか? それでは仕方ありませんね。一人ぐらい死んでもらいましょうか。そう、これは聖女様、あなたがこの哀れな母親に子供を殺させたのですよ。そう、あなたのせいです。おい、お前、殺せ」
フェルヒが非情な命令を下す。
ザクッ
「待っ――」
そしてフェルヒの一番近くにいた女性が何のためらいもなく我が子の首、その喉仏辺りに小さなナイフを突き立てた。
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「どうしてフェルヒが?」
私の浄化魔法が効かなかったというのだろうか?
確かに、あの時は町丸ごと浄化したせいでフェルヒを消滅させられたことは確認していない。だが、あの浄化の光の中で逃げ切れるものなのだろうか。
「行く、でござるか?」
「フィーネ様、罠の可能性が高いと思いますが……」
「行かなければ、トゥカットでやられたように寝静まったところを侵入されると思います」
「しかし、本当に奴とは限らないのでは? フィーネ様の浄化魔法を逃れるなど」
「いや、ほぼ間違いなく本人でござるよ。トゥカットの町には目撃者がいないでござる。そして、ユルギュで『フェルヒ』の名前を報告していない以上、あの町の吸血鬼がフェルヒという名前だったことは拙者たち以外誰も知らないはずでござる」
「私への復讐、でしょうかね?」
「そうでござろうな」
「とりあえず行きましょう。最悪の場合、また町丸ごと浄化します」
「だが、あれを見ている以上、何か対策をしてきているのでは?」
「ですが、行かなければ状況が分かりません。それと、吸血鬼の目を見ないでください。魅了の魔法をかけられてしまいます」
私たちは念のため解毒魔法をかけ、そしてローブを着ると、ロビーへと向かった。
そして、宿のそれほど広くないロビーへと降りていくとそこにはあのフェルヒがソファーに座り悠然と私たちを待っていた。周りを確認すると、宿の受付も他の客も虚ろな目をしている。どうやら既に魅了されているようだ。
「フェルヒ、貴様! なぜ生きている!」
クリスさんが今にも斬りかからんばかりの勢いで威嚇をしている。
「やあ、お待ちしていましたよ、聖女フィーネ・アルジェンタータ様。本日も大変お美しい」
「よくも私の前に姿を現すことができましたね。今度こそきっちりと浄化してあげましょう」
「おやおや、怖いことをおっしゃいますな。私が何か悪いことをしましたかな?」
「こいつ……」
フェルヒが嫌らしい顔で笑っている。
「そんなに怖い顔で睨まないでください。お美しいそのお顔が台無しですよ?」
「どうやら浄化されたいようですね」
私は脅しの意味をこめて手に聖属性の魔力を集める。
「まあまあ、そんなに怒らないでください。今日はですね。聖女様に素敵なプレゼントをお持ちしたのですよ。さあ、どうぞこちらをご覧ください」
パチンとフェルヒが指を鳴らすと、宿の扉が開き、虚ろな表情をした女性が十人、同じく虚ろな目をした小さな子供をそれぞれ一人ずつ連れてロビーへと入ってきた。
そして次の瞬間、女性たちはその子供の首筋に刃物をあてがった。
「なっ!」
「どうです? お気に召していただけましたか? 彼女と子供たちは親子でしてね。それぞれ深く魅了をかけて操っておきました。私が死ぬか命令するかで何の躊躇いもなく我が子を刺すでしょう」
「何という事を! その子たちを解放しなさい!」
私はそう言いながら手に集めた聖属性の魔力を霧散させる。フェルヒを浄化すると母親に子供を殺させてしまう。そんな酷いことはさせられない。
よくアニメや漫画で人質を取られた主人公が解放しろ、などというベタなセリフを言っているの聞いては「解放なんてされるわけないのに何を言っているんだ」と冷めた目で見ていたものだが、そう言いたくなる気持ちがよく分かった。
「そして、母親は子供を刺した瞬間に正気に戻る様にしておきました。どうです? 素晴らしいと思いませんか?」
「この……クズが……」
フェルヒは心の底から楽しくて仕方がないという表情をしている。
「そして、これから町では新しく私の眷属となった下級吸血鬼たちが暴れて町の人間どもを皆殺しにする手筈となっております。ですが、聖女様。もしあなたがその身柄を私に頂けて頂けるというのであれば、町の人間を皆殺しにするのはやめて差し上げましょう」
「くっ、なぜこんなことを……」
私は打開策を考えるための時間稼ぎをする。
「ははは。何を問うかと思えば、そんな当たり前のことも知らないのですか?」
当たり前? 一体どういうこと?
「まさかの同族の聖女様、その生き血を啜ることで私はどれほどの力を得ることができるか。その力があれば私は魔王すら目指せるのですよ」
「どういうことですか?」
「おやおや、本当に知らないようですね。その生き血を全て私に捧げて空っぽになった時に教えて差し上げますよ。その時にはもう生きてはいないでしょうがね」
そう言ってフェルヒは嫌らしい笑みを浮かべる。
「それにしても愚かですね。人間などただの食料に過ぎないというのに。ですが今は好都合です。さあ、その身を私に差し出しなさい」
私は頭の中でこの事態を打開するべく思考を巡らせる。まず、魅了解除は使ったことがないが、できるはずだ。下級吸血鬼は、まとめて浄化すれば良いだろう。いや、だが問題は人質がこの 10 組だけとは限らないことだ。
「フィーネ様、世界はこんなところであなたを失うわけには行きません」
「ですが!」
「おやおや? 聖女様ともあろうお方が我が身可愛さに決心がつきませんか? それでは仕方ありませんね。一人ぐらい死んでもらいましょうか。そう、これは聖女様、あなたがこの哀れな母親に子供を殺させたのですよ。そう、あなたのせいです。おい、お前、殺せ」
フェルヒが非情な命令を下す。
ザクッ
「待っ――」
そしてフェルヒの一番近くにいた女性が何のためらいもなく我が子の首、その喉仏辺りに小さなナイフを突き立てた。
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