勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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花乙女の旅路

第三章第38話 魔族ベルードと花乙女

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何者だ、そう問われても私自身、答えに困る。

「何度も申し上げておりますが、私はフィーネ・アルジェンタータという者です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「だが、貴様は人間ではないはずだ」
「そうですね。人間ではありません」
「そんな貴様が何故聖女などという人間の希望の象徴のようなことをしているのだ!」
「行きがかり上です。私もよく分からないうちに気が付いたらそういうことになっていました。それに、聖女というのは周りの人たちが言っていることです」
「なるほど。まだ聖女ではない、ということか」

どう解釈したのかはよく分からないが、ベルードさんは少し警戒を解いてくれたようだ。

この反応から察するに、魔族にとって聖女はやはり敵ということなのだろうか?

いや、そんなことを考えている場合じゃないか。やることをさっさと終わらせてここから出て行った方が安全な気がする。

「私たちはこの森に悪い影響を与えているこの毒沼の浄化に来ました。浄化が終わりましたらすぐに出ていきますので、その許可を頂けませんか? ベルード様」

私は営業スマイルで交渉を開始する。

「……そんなことが本当にできるのか?」
「はい。私は花の精霊の契約者です。私と花の精霊が力を合わせればこの地を蝕む毒を浄化することが可能です」
「……いいだろう。だが、もし出来なければ貴様ら全員の首を刎ねてやる。いいな?」
「はい」

ふう。なんとか交渉成功だ。この男の気が変わらないうちにさっさと終わらせよう。

「クリスさん、シズクさん、ルーちゃん、早く終わらせてしまいましょう」
「フィーネ様、奴は……」
「クリスさん、ダメですからね? 私たちは何もされていません。例え魔族が相手でも、助けてもらった相手に剣を向けるなんてダメです。いいですね?」
「……かしこまりました」
「シズクさんも、手合わせなんて考えないでくださいね?」
「……仕方ないでござる」
「ルーちゃんは……大丈夫ですね」
「ええっ? なんですか、それ……」
「いえ、ルーちゃんは見境なく喧嘩を売ることはしないかな、と」
「それはそうですけど……」
「私はそんなこと!」
「拙者は!」

私は文句を言う二人を尻目に毒の池へと近づき、花乙女の杖を取り出す。

「何をする気だ?」
「いいから、見ていてください」

私は杖を振り、リーチェを召喚する。

「何? 本当に【精霊召喚】が使える、だと? ということはやはりエルフなのか?」

私は驚いているベルードさんを無視して浄化を進める。

私はリーチェに聖属性の魔力を与える。それを受け取った彼女は天高く舞い上がると花びらを降らせる。毒の池だけでなく、廃村と周囲の森、そして対岸の山までの広い範囲に花吹雪が舞い踊る。

「く、これは……」

思っていたよりも遥かに広い範囲に花びらを降らせているせいか、いつもより MP の消費が激しい。

私はリーチェへの魔力の供給を一旦取り止め、 MP 回復薬をまとめて 2 本飲み干す。王都を思い出す久しぶりのまずい味だ。

ふと上を見上げると、リーチェが心配そうに私を見下ろしている。私は笑顔を作って頷くと再びリーチェへ魔力の供給を再開し、リーチェが花びらを再び降らせる。

これとあと二回繰り返したところでリーチェが私のところに戻ってきた。

私はリーチェから種を受け取ると池にそっと投げ入れた。そして MP 回復薬を 2 本まとめて飲み干してからリーチェに聖属性の魔力を渡す。

すると、水面を漂う花びらが、村に森に山に落ちた花びらが一斉に眩い光を放つ。

「こ、これはっ!?」

ベルードさんが声をあげたようだが私にはそれに構っている余裕はない。

そしてしばらくして光が消えると、花びらはすべて消え、池には一輪の可憐な花が咲いていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

MP を使い果たしてがっくりと力の抜けた私をクリスさんが支えてくれる。

リーチェは私の頭をいい子いい子と撫でるとそのまま杖の先端へと消えていき、花乙女の杖先も元のつぼみの状態へと戻ったのだった。

「フィーネ様、お疲れ様でした」
「ありがとうございます。でも、さすがにちょっと疲れました」
「少しの間、横になってお休みください」

そう言ってクリスさんは私をお姫様抱っこで広場の端はまで運んでくれた。

私は収納から敷き布を取り出して地面に広げるとそこに横たわった。

「フィーネ・アルジェンタータと言ったな。あの毒には私も手を焼いていたのだ。素直に礼を言おう」

ベルードさんが私のところにやってくるなりいきなりお礼を言われた。

まさかお礼を言われるとは思っていなかったので驚いたが、もしかするとこの廃村の関係者なのかもしれない。

「いえ。私は私のお務めを果たしただけですから」
「……そうか。おい、そこの者たち。フィーネ嬢と二人で話がしたい。席を外してもらえるか?」
「なっ! フィーネ様と二人でなど!」
「クリスさん。 私は大丈夫ですし、彼からは私に対する害意は感じられません」
「ですが……」
「クリスさん! お願いします」
「……わかりました」

私が強く言うと渋々、といった感じではあるが了承してくれた。そして心配そうな表情をしながら私たちから三人は離れていった。

さて、ここから再び胃の痛くなりそうな時間の始まりだ。言葉の選択を誤って全員死亡エンドになることだけは避けなければ。

「賢明な判断だな」
「ベルード様であれば、私たちの首を刎ねるなど容易いことなのですよね?」
「よく分かっているじゃないか。それにあの愚直な騎士が怒って俺に何かしない様にするために他の部下もまとめて遠ざける、か。ふ、良い判断だ」
「ありがとうございます。ベルード様。そしてこのような体勢で申し訳ありません」
「なに、気に病むことはない。それにそうと分かっていながら自身の正体を明かさず、仕事を終わらせるための交渉をするその胆力。ふ、いいな。気に入ったぞ、フィーネ。貴様には俺を呼び捨てにすることを許可しよう。どうせ貴様は俺の部下にはなりえんしな」

おっと、大丈夫か? いきなり呼び捨てにして。いや、でもあっちは呼び捨てだしな。

私はベルードさんの鋭い目をジッと見つめた。ベルードさんも見つめ返してくる。そんな彼の瞳の奥に少しだけ暖かいものが見えた気がするので、私はそれを信じてみることにした。

「分かりました。それでは、ベルード、と。それで、二人だけで話したいこととは一体なんでしょうか?」
「ああ、そうだな。さて、フィーネよ。貴様は俺の質問に答えていない。今一度問おう。貴様は何者だ?」
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