上 下
118 / 625
花乙女の旅路

第三章第31話 エルフと人間

しおりを挟む
2020/11/13 誤字を修正しました
================

「シエラがご迷惑をおかけして申し訳ございません」

シエラさんに連れられて戻ってきたシグリーズィアさんに謝罪されてしまった。

「いえ、迷惑だなんてとんでもないです。私が何か変なことをしてしまったようですみません」
「とんでもございません。ビッグボアーのお肉を譲っていただけるとのこと、大変感謝しておりますわ。実は、シエラはこの里では一番若い女性でございまして、若い女性ばかりのフィーネ様がたにはなるべく年の近い者が良いかと思ったのですが、荷が重かったのかもしれません。今からでも別の者を――」
「あ、大丈夫です。折角ですし、シエラさんもきっと慣れれば大丈夫だと思いますからこのままでお願いします」

ここで外された、なんて話になったらこのドジっ娘シエラさんの将来が心配だものね。

「お心遣い、痛み入りますわ」
「ああ、ありがとうございましゅっんがっ!]

また噛んだ。ほんとに大丈夫かな?

やや不安は残るが、足りないところは自分でやればいいだろう。別に私たちは生活力皆無のお貴族様なわけではないのだから。

「はい、それでですね。お肉をどこにお出しすれば良いかな、と思いまして」
「まあ、【収納魔法】をお持ちでらっしゃいますのね? 恵みの花乙女様でありなおかつ今代聖女様に選ばれるだけはございますわ。収納を維持し続けるのも大変でしょうからすぐにでもご用意いたします」
「え? 維持するのが大変? どういうことですか?」
「え? フィーネ様は【収納魔法】をお使いになってらっしゃるのですよね?」
「ええと、そのつもりですけど……」
「【収納魔法】というのはかなり負担のあるスキルだと伺っておりますが、そうではないのでしょうか?」

どういう事だろうか? 負担だなどと思ったことは一度もない。

「わたくしは【収納魔法】を使えませんのでどういった感覚なのかを存じ上げておりません。ですが、800 年ほど前に使い手と話しをしたことがございます。その者は、【収納魔法】は常に魔力を注ぎ続けて荷物を収納するもので、荷物を収納し続けることは魔法を使い続けているようなものなので非常に疲れる、と申しておりましたわ」

なるほど。そんな感覚だと確かに疲れそうだ。

「うーん? 私にそんな感覚はないですね。たくさん入るポケットみたいなものがあって、その中に出し入れするときだけ魔力を使っている感覚です」
「するとそれは世間で知られている【収納魔法】とは違うものなのかもしれませんな。本来、【収納魔法】は行商人の職を得た者が使うスキルでございますので」
「え? その【収納魔法】ってスキルの名前だったんですか?」
「はい。左様でございます。ということは、フィーネ様のものは別のスキルでらっしゃいますのね?」
「そうです。【次元収納】というユニークスキルです」
「【次元収納】でございますか。わたくしもそのようなユニークスキルは初耳でございます。ですが負担なく【収納魔法】が使えるとなると、人間どもの中には悪用しようとする者も出てくることでしょう。その事は内密になさった方がよろしいかと存じます。シエラも、わかりましたね?」
「は、はひ!」

シエラさんは緊張でカチカチの様子だ。シグリーズィアさんの言葉にほぼそのまま条件反射していそうだ。

だが、私としてはシグリーズィアさんの口ぶりのほうが気になった。

「あの、つかぬことをお伺いしますが、その、シグリーズィアさんは人間に対してあまり良い印象をお持ちではないのですか?」

シグリーズィアさんが少し眉をひそめ、そして逡巡したのちに口を開いた。

「そうですわね。正直に申し上げまして悪い印象のほうが強いです。ご存じの通り、エルフ族を奴隷として攫う者も後を絶ちませんし、僅かな間の安寧を得るために魔物に生贄を捧げるような愚か者もおります。それに魔物の脅威が消えればすぐに人間同士で争いを始め森を破壊します。そのような者たちの集団に良い印象を持てようはずもありませんわ。もちろん、個人として尊敬できるお方がいることは認めておりますが、全体としてはそのような印象でございます」
「そう、ですか……」

私はちらりとクリスさんとシズクさんを見遣る。

クリスさんは神妙な面持ちで聞いており、シズクさんは悲しそうに目を伏せていた。

「そもそも、これほど厳重に里を守っているのは人間どもによるエルフ狩りから里に住むエルフたちを守るためなのです。このシルツァの里を迷いの森で囲い外界との交流を閉ざしたのはおよそ 700 年ほど前、人間どもに攻め込まれたことが直接の原因でございます」
「そんなことが……」
「ですので、今代の聖女様が人間ではなくエルフに連なるフィーネ様でらしてわたくしはとても嬉しく思っておりますわ。だって、いかに愚かな人間どもとて、聖女様の同族を奴隷にしようなど、そのような恐れ多いことを考える愚か者の数は減ってくれるでしょうから」

うーん、どうしよう。エルフの血は一滴も入っていないわけなのだが、こう言われると言い出しづらい。

「シズク・ミエシロ様、クリスティーナ様、ご気分を害されたのでしたら申し訳ございません。フィーネ様の守護をされておられるお二人につきましては例外としてわたくしどもは歓迎させていただきますわ。この里に集団としての人間と、個人としてのお二人を区別できない馬鹿者はおりませんので安心してご滞在くださいませ。このシグリーズィアの名に懸けて、皆様の安全と快適なご滞在を保障いたしますわ」

二人は神妙な面持ちで頷く。

「さあ、暗い話は終わりにいたしましょう。明日はぜひシルツァの里の由来ともなっているシルツァ湖群へと足をお運びくださいませ。それと、ビッグボアーの肉は明日のご出発の際に案内の者の指定する場所にお届けくださいませ。お戻りになる頃には料理が出来上がっていると思いますわ」
「わかりました。色々とありがとうございます」

シグリーズィアさんは優雅に礼を取ると立ち去って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...