勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
上 下
112 / 625
花乙女の旅路

第三章第25話 ツィンシャへの道

しおりを挟む
狼退治を済ませた翌朝、私たちは村長さんのところに報告にやってきた。

「と、いうわけで、黒い靄を纏った灰色の狼は私たちが退治しておきました」
「おお、なんと! ありがとうございます」
「ただ、あの狼がこの村を襲っていた理由がよく分からないのです」
「と、おっしゃいますと?」
「はい。あの狼に襲われた村人は狼の事を思い出せなくなる呪いにかかっていましたよね? ですが、私たちが退治した狼からは人間を呪うだけの知性を感じませんでした」
「つまり、我々は無差別に呪われた、と?」
「そうかもしれませんし、背後に何者かがいる可能性もあると思います。ですので、一度きちんと調査したほうが良いのではないかと思います」
「調査、というのは我々を調査するということでしょうか?」
「はい。おそらく外部からの犯行だとは思いますが、念のためにそういったことも必要となるでしょう」

村長さんは少しの間何かをじっと考え、そして私たちの申し出を拒否した。

「ありがとうございます。ですが、我々の村としては外から狙われる理由に全く心当たりがありませんし、村の者が犯人なのでしたら村の者同士で解決すべき問題でございます。これ以上は……」

ああ、なるほど。よそ者の私たちに余計な事をされたくないということか。

まあ、村長さんがそう言うなら私たちが無理矢理首を突っ込む話でもないだろう。

「分かりました。そう言うことでしたら私たちはツィンシャに向けて旅立とうと思います」
「おお、ツィンシャへ向かわれるのですか? それでしたら当村から間道がございますよ?」
「本当ですか?」
「ええ。チィーティエンにご用がないのでしたらこのままツィンシャに向かわれたほうがよろしいかと存じます」
「どのくらいかかるのですか?」
「そうですね。歩いて一週間程でしょうか? お世話になりましたし我々もそろそろツィンシャに物売りに行こうと思っていたところでした。よろしければその者に案内させましょうか?」
「よろしいんですか?」

予定だとここからチィーティエンまではまだ五日ほどかかるはずだ。さらそこから一週間でツィンシャと聞いていたのでこのショートカットはありがたい。

「もちろんです。村の者を救ってくださったフィーネ様たちには一同感謝しております」
「分かりました。こちらこそありがとうございます。助かります」

あとはこの村の守りが心配なわけだが、やはり浄化の力を宿した武器を置いて行くべきだろう。

「そうそう、この先も今回のような獣が現れないと限りませんから、皆さんの武器に祝ふ、じゃなかった、浄化魔法を付与しておこうと思います。銅や鉄の武器でしたら半年は使えると思いますよ」
「おお、ありがとうございます。何から何まで」

こうして村中の武器に浄化魔法を付与し、私たちはツィンシャへと向かったのだった。

****

「やはり村の武器を祝福しておいて良かったですね」

私はそう呟いた。本当は単に浄化魔法を付与しているだけなのだが、有名人になった気分でサイン代わりにやっていたのをみんな祝福と呼ぶのでついつい言い間違えてしまう。

さて、私たちは今フゥーイエ村を出てから一時間ほど山道を歩いてきたところで黒い靄を纏った巨大なクマに襲われている。

「ルゥーヂゥさんはこの結界の中で私とお留守番です。獣は三人が片づけてくれますから」
「は、はいっ。くそ、こら落ち着けって!」

ルゥーヂゥさんはフゥーイエ村の村長さんの息子で今回道案内役を買って出てくれた男性だ。そして今はパニックになって逃げ出そうとするロバを必死に引き留めている。

「はいはい、怖くないですよ~、鎮静」

ロバに鎮静魔法をかけて落ち着けてあげる。そしてその子の頭をよしよしと撫でてあげるとそのまま地面にしゃがんでリラックスし始めた。

「あれ? 意外とこの子、賢いですね。ここが一番安全だってわかっているみたいですよ」
「え、は、はい。いつもはこんな落ち着きのある子ではないですけどね。なんか、聖職者ってのはロバにも好かれるんですね」
「うーん、どうなんでしょう?」

私はちらりと戦闘の様子をみる。巨大なクマなのでかなり苦戦しているようだ。

ルーちゃんが矢を放つが、その矢はクマの表皮に弾かれて刺さらない。クリスさんの剣とシズクさんの刀は通っているが、二人の刃で倒したとしても黒い靄を纏ったこのクマも復活してしまう。

ちなみにセスルームニルもキリナギも特別製らしく、浄化魔法を付与することは出来なかった。

というわけで、二人は自分の武器で傷をつけてはその傷口に私が付与したナイフを刺すというなんとも回りくどい攻撃を繰り返している。

「あの、フィーネ様は助けに行かなくても良いのですか?」
「私は行っても邪魔になるだけですからね。浄化魔法が効かないなら黙って静かにしていて、おっと防壁」

私はルーちゃんの方に突進したクマの目の前に防壁を出して止めてあげる。

「と、こんな感じで危なくなった時にサポートをしていれば良いんです」

その隙にシズクさんが刀でクマの背中に大きな傷を作り、その傷口をクリスさんが浄化魔法の付与されたナイフで切り付ける。

こうしてクマはついに倒れた。

「フィーネ様、お待たせいたしました」
「お疲れ様でした」

三人が戻ってきたので汚れを落としてあげたりとケアをする。二人のナイフに込められた魔力を補充することも忘れない。

付与した魔力は当然ながら使ったら使った分だけ減っていく。こうしてこまめにメンテナンスをしておかないといざという時に使えなくなってしまうのだ。

ちなみに、周囲から魔力を自動的に集めることで何度でも使えるマジックアイテムというものも存在する。だが、それは付与師が作れるものではなく錬金術師の領域だ。

職業大全によると、錬金術師になるには魔法薬師の【調合】【付与】【薬効付与】のスキルレベルを 5 に、そして鍛冶師の【鍛造】を 3、さらにどれかの属性魔法を 3 という、とんでもなく高いハードルが求められる上位職の中の上位職だ。

ハードルがあまりにも高すぎるので私は今のところ錬金術師を目指す予定はない。

私たちは塵となって消えたクマを尻目にツィンシャへと歩き出したのだった。

****

「フィーネ様、皆さん、あれがツィンシャの町です」
「あれが、ですか。やっと着きましたね」

私たちは予定より二日長い九日間でツィンシャまでの道のりを踏破した。

時間がかかった理由はもちろん、あの黒い靄を纏った獣がかなりの頻度で襲ってきたからだ。だいたい一時間から二時間に一回、昼夜を問わず襲ってくるのでそれなりに神経を使った。

それに黒い靄を纏って襲ってきたのは狼とクマだけでなく、猪や牛など比較的大型の獣を中心にその種類は多岐に及んだ。

「さあ、早く町に行ってふかふかのベッドで休みましょう」

私の声に皆ベッドを想像したのか、足早にツィンシャの町へと向かったのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)

みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。 ヒロインの意地悪な姉役だったわ。 でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。 ヒロインの邪魔をせず、 とっとと舞台から退場……の筈だったのに…… なかなか家から離れられないし、 せっかくのチートを使いたいのに、 使う暇も無い。 これどうしたらいいのかしら?

処理中です...