勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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花乙女の旅路

第三章第25話 ツィンシャへの道

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狼退治を済ませた翌朝、私たちは村長さんのところに報告にやってきた。

「と、いうわけで、黒い靄を纏った灰色の狼は私たちが退治しておきました」
「おお、なんと! ありがとうございます」
「ただ、あの狼がこの村を襲っていた理由がよく分からないのです」
「と、おっしゃいますと?」
「はい。あの狼に襲われた村人は狼の事を思い出せなくなる呪いにかかっていましたよね? ですが、私たちが退治した狼からは人間を呪うだけの知性を感じませんでした」
「つまり、我々は無差別に呪われた、と?」
「そうかもしれませんし、背後に何者かがいる可能性もあると思います。ですので、一度きちんと調査したほうが良いのではないかと思います」
「調査、というのは我々を調査するということでしょうか?」
「はい。おそらく外部からの犯行だとは思いますが、念のためにそういったことも必要となるでしょう」

村長さんは少しの間何かをじっと考え、そして私たちの申し出を拒否した。

「ありがとうございます。ですが、我々の村としては外から狙われる理由に全く心当たりがありませんし、村の者が犯人なのでしたら村の者同士で解決すべき問題でございます。これ以上は……」

ああ、なるほど。よそ者の私たちに余計な事をされたくないということか。

まあ、村長さんがそう言うなら私たちが無理矢理首を突っ込む話でもないだろう。

「分かりました。そう言うことでしたら私たちはツィンシャに向けて旅立とうと思います」
「おお、ツィンシャへ向かわれるのですか? それでしたら当村から間道がございますよ?」
「本当ですか?」
「ええ。チィーティエンにご用がないのでしたらこのままツィンシャに向かわれたほうがよろしいかと存じます」
「どのくらいかかるのですか?」
「そうですね。歩いて一週間程でしょうか? お世話になりましたし我々もそろそろツィンシャに物売りに行こうと思っていたところでした。よろしければその者に案内させましょうか?」
「よろしいんですか?」

予定だとここからチィーティエンまではまだ五日ほどかかるはずだ。さらそこから一週間でツィンシャと聞いていたのでこのショートカットはありがたい。

「もちろんです。村の者を救ってくださったフィーネ様たちには一同感謝しております」
「分かりました。こちらこそありがとうございます。助かります」

あとはこの村の守りが心配なわけだが、やはり浄化の力を宿した武器を置いて行くべきだろう。

「そうそう、この先も今回のような獣が現れないと限りませんから、皆さんの武器に祝ふ、じゃなかった、浄化魔法を付与しておこうと思います。銅や鉄の武器でしたら半年は使えると思いますよ」
「おお、ありがとうございます。何から何まで」

こうして村中の武器に浄化魔法を付与し、私たちはツィンシャへと向かったのだった。

****

「やはり村の武器を祝福しておいて良かったですね」

私はそう呟いた。本当は単に浄化魔法を付与しているだけなのだが、有名人になった気分でサイン代わりにやっていたのをみんな祝福と呼ぶのでついつい言い間違えてしまう。

さて、私たちは今フゥーイエ村を出てから一時間ほど山道を歩いてきたところで黒い靄を纏った巨大なクマに襲われている。

「ルゥーヂゥさんはこの結界の中で私とお留守番です。獣は三人が片づけてくれますから」
「は、はいっ。くそ、こら落ち着けって!」

ルゥーヂゥさんはフゥーイエ村の村長さんの息子で今回道案内役を買って出てくれた男性だ。そして今はパニックになって逃げ出そうとするロバを必死に引き留めている。

「はいはい、怖くないですよ~、鎮静」

ロバに鎮静魔法をかけて落ち着けてあげる。そしてその子の頭をよしよしと撫でてあげるとそのまま地面にしゃがんでリラックスし始めた。

「あれ? 意外とこの子、賢いですね。ここが一番安全だってわかっているみたいですよ」
「え、は、はい。いつもはこんな落ち着きのある子ではないですけどね。なんか、聖職者ってのはロバにも好かれるんですね」
「うーん、どうなんでしょう?」

私はちらりと戦闘の様子をみる。巨大なクマなのでかなり苦戦しているようだ。

ルーちゃんが矢を放つが、その矢はクマの表皮に弾かれて刺さらない。クリスさんの剣とシズクさんの刀は通っているが、二人の刃で倒したとしても黒い靄を纏ったこのクマも復活してしまう。

ちなみにセスルームニルもキリナギも特別製らしく、浄化魔法を付与することは出来なかった。

というわけで、二人は自分の武器で傷をつけてはその傷口に私が付与したナイフを刺すというなんとも回りくどい攻撃を繰り返している。

「あの、フィーネ様は助けに行かなくても良いのですか?」
「私は行っても邪魔になるだけですからね。浄化魔法が効かないなら黙って静かにしていて、おっと防壁」

私はルーちゃんの方に突進したクマの目の前に防壁を出して止めてあげる。

「と、こんな感じで危なくなった時にサポートをしていれば良いんです」

その隙にシズクさんが刀でクマの背中に大きな傷を作り、その傷口をクリスさんが浄化魔法の付与されたナイフで切り付ける。

こうしてクマはついに倒れた。

「フィーネ様、お待たせいたしました」
「お疲れ様でした」

三人が戻ってきたので汚れを落としてあげたりとケアをする。二人のナイフに込められた魔力を補充することも忘れない。

付与した魔力は当然ながら使ったら使った分だけ減っていく。こうしてこまめにメンテナンスをしておかないといざという時に使えなくなってしまうのだ。

ちなみに、周囲から魔力を自動的に集めることで何度でも使えるマジックアイテムというものも存在する。だが、それは付与師が作れるものではなく錬金術師の領域だ。

職業大全によると、錬金術師になるには魔法薬師の【調合】【付与】【薬効付与】のスキルレベルを 5 に、そして鍛冶師の【鍛造】を 3、さらにどれかの属性魔法を 3 という、とんでもなく高いハードルが求められる上位職の中の上位職だ。

ハードルがあまりにも高すぎるので私は今のところ錬金術師を目指す予定はない。

私たちは塵となって消えたクマを尻目にツィンシャへと歩き出したのだった。

****

「フィーネ様、皆さん、あれがツィンシャの町です」
「あれが、ですか。やっと着きましたね」

私たちは予定より二日長い九日間でツィンシャまでの道のりを踏破した。

時間がかかった理由はもちろん、あの黒い靄を纏った獣がかなりの頻度で襲ってきたからだ。だいたい一時間から二時間に一回、昼夜を問わず襲ってくるのでそれなりに神経を使った。

それに黒い靄を纏って襲ってきたのは狼とクマだけでなく、猪や牛など比較的大型の獣を中心にその種類は多岐に及んだ。

「さあ、早く町に行ってふかふかのベッドで休みましょう」

私の声に皆ベッドを想像したのか、足早にツィンシャの町へと向かったのだった。
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