勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
上 下
111 / 625
花乙女の旅路

第三章第24話 死なない獣

しおりを挟む
2020/09/23 人物の取り違えを修正しました
================

「来た、でござるな」

シズクさんがするりと立ち上がると刀を腰に佩いて外へと向かう。それにクリスさんが続き、ルーちゃん、私と続いていく。

ここフゥーイエ村にも夜が訪れ、月明かりが静かに村を照らし出す。獣害騒動が発生して以降、夜に家を出る村人が全くいなくなったそうで村は静まり返っている。

そんな村の中を一頭の大きな狼が徘徊している。

「確かに、黒い靄を身に纏った灰色の狼でござるな」
「体は大きいが、それ以外は普通の狼とかわらないな」
「え? 狼ってあんなに大きいんですか? あれってルーちゃんの背の高さと同じぐらいありません?」
「むぅ、姉さまだってそんなに身長変わらないじゃないですかっ」
「ふふっ。でも私のほうが背が高いですからね」

シズクさんとクリスさんは背が高いので私は見上げる形になるが、ルーちゃんは私のおでこくらいの背の高さなのだ。

「フィーネ様、ルミア。来ますよ」

そんな風にじゃれていた私たちはクリスさんに注意されてしまう。

「拙者が出るでござる」

そう言って飛び込んだシズクさんは狼の首を一撃で斬り飛ばした。そのまま狼はその場に倒れる。

「シズクさん。お見事です」

そのまま残心をとり、刀を鞘にしまう。

「グルルルル」
「え?」

生首となった狼が唸り声をあげると、首のない胴体が歩き出す。そして生首に胴体が触れると黒い靄につつまれ、そして次の瞬間に何事もなかったかのように元に戻ったのだった。

「な!?」
「シズクさん! 危ない」

狼が猛スピードでシズクさんに突っ込んでいく。

「ならば頭を潰してやるでござる」

狼の突進に合わせ、抜刀術から目にも止まらぬ速さの斬撃を狼に浴びせる。次の瞬間、狼の頭部がバラバラになって崩れ落ちた。

一体何合の斬撃を当てたらあそこまでバラバラになるのだろうか?

頭部を失った狼の体はそのまま目標を見失ったらしく近くの民家の柵に激突して停止した。

「やったか?」

ああ、クリスさんが言ってはならないセリフを言ってしまった。

「クリスさん、そのセリフを言うとやっていないという法則があるんですよ?」
「そ、そうなのですか?」

そして案の定、頭部を失った狼が立ち上がった。そして血を流す首筋が黒い靄に包まれ、そして、頭部がぐちゅぐちゅと気持ち悪い音を立てて再生した。

「グルルルル」
「な? フィーネ様、あれは一体?」
「私が知っているわけないじゃないですか」
「ええい、再生するなら再生できぬほどに傷つければ良いでござる。クリス殿!」
「わかった。フィーネ様!」
「はい。自分の身は自分で守りますよ」

クリスさんは狼に飛びかかっていった。

そしてシズクさんと二人がかりで一方的に攻撃を加え、この不気味な狼をぐちゃぐちゃの肉塊へと変えた。

「これだけやればいくら何でも復活できないだろう」

クリスさんがそう呟いた瞬間、肉塊が黒い靄に包まれ、そして次の瞬間には何事もなかったかのように無傷の狼が二人を睨んでいる。

「な、なんだこれは!?」
「浄化!」

私は浄化魔法をとりあえず叩き込んでみる。あの黒い靄のようなものが消せれば御の字だ。

私の浄化魔法を狼をしっかりと捉え、その肢体は浄化の光に包まれる。ほんの僅かに手応えのようなものは感じたが、しっかりと浄化できた時のような感覚はない。

案の定、光の中から出てきた狼はダメージを受けた様子もなくこちらを見て唸っている。

どうやらこいつの今度のターゲットは私のようだ。

そして狼は咆哮を上げながら私のほうに向かって突進してくる。

「防壁!」

私は狼の突進を防壁を使って受け止めた。飛びかかってきたところに、突然目の前に現れた防壁を避けられなかった狼はそのまま私の防壁魔法に突っ込んだ。

そしてキャインと悲鳴をあげておかしな姿勢で地面に落下する。

その右前足と首があらぬ方向に曲がっている。

「グルルルル」

それでもなお立ち向かおうと私を睨みつけている。その瞳にはまるで狂気のような、憎しみのような、何か恐ろしいものが宿っているように感じた。

「このっ!」

ルーちゃんが矢を射掛ける。足を一本折れていると思われる狼は満足に躱すことができず、臀部にその矢が突き刺さる。

すると、その傷口からはしゅーしゅーと白い煙のようなものが上がっている。

「ルミア、フィーネ様の浄化の魔法の込められた矢が効いているぞ! トゥカットの下級吸血鬼どもと同じだ! その矢を打ち込むんだ」

クリスさんからルーちゃんに指示が飛び、それを聞いたルーちゃんが二射目を構える。

嫌な予感がした私はそっと防壁をルーちゃんとの間に作り出す。

ガキンッ

私を目掛けて飛んできた矢が防壁に弾かれる。

ほら、やっぱり誤射フレンドリーファイアが来た。なんとなくタイミングがわかるようになってきたのかもしれない。

「ルーちゃん、こっちは気にせずに射って下さい」
「は、はいっ!」

ルーちゃんが矢を次々と射掛け、それが次々と命中する。そして狼がハリネズミのような状態になるとそのまま動かなくなった。そしてしばらくすると死骸は徐々に黒く変色していき、そしてそのまま塵となって風に吹かれて消えていった。

「まさか、でござるな」
「どうなっているんでしょうか……」
「フィーネ様の浄化魔法が効かなかったのにルミアの矢に込められた浄化魔法は効いた、ということになりますね……」
「うーん、どうなっているんでしょうね。浄化魔法が効かないってことはアンデッドじゃないはずですし……」
「しかも魔石を残さなかったということは魔物でもないでござるな」
「うーん、よくわかんないですけど、姉さまに付与してもらった武器で戦えばいいんじゃないですか?」

黒い靄を纏った謎の狼は一体何だったのか。答えの出ぬまま夜は更けていくのであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...