上 下
99 / 625
花乙女の旅路

第三章第12話 デッドリースコルピの脅威(前編)

しおりを挟む
2020/08/23 誤字を修正しました
2020/09/23 文章を修正しました。内容に変更はございません
2021/01/14 誤字を修正しました
================

「ああ、これは一目瞭然ですね」

水辺まで近寄ってみる。色も濁っていないし死んだ魚の匂いがする以外は普通だ。見た感じは普通のきれいなオアシスだ。

こういう砂漠のオアシスは全て地下水なので、地下水脈が汚染されたか、毒が泉に直接混入したか、どちらかのはずなのだが……。

「ううん、これは厳しいですね。毒の混入した原因が分からないとまた同じことが起こりそうですし。何か心当たりはありませんか?」

しかし私たちについてきていた一部の集落の住人――ラシードさんというらしい――は首を傾げている。どうやら誰も心当たりがないようだ。

その時だった。バシャバシャという水音に振り返った私の目に、腹を出して浮かんでいる魚が何か大きなものに捕らえられ、そのまま対岸へと向かって移動していく様子が飛び込んできた。

「あれは?」
「まさか! デッドリースコルピ!?」

マルコさんがわなわなと慄いている。

「それって、なんですか?」
「デッドリースコルピというのは砂漠地帯に生息する非常に危険なサソリの魔物です。体の表面が硬い甲殻に覆われていて、尻尾だけでなく唾液や排泄物にも強力な毒を持つ恐ろしい魔物です」
「サソリがなんで水の中に?」
「奴は泳ぐんですよ。そして、ああやって水場を自分の毒で汚染させ、その水場を独占するんです」

なんて迷惑な魔物だ。

そんな話をしていると、泉の対岸に巨大なサソリが上がってきた。そして水辺でハサミに持った魚を食べると再び泉の中に入っていった。

「見ての通りです。このオアシスはもう終わりです。奴は魚を食べつくしたら今度は人間を食料とするでしょう。ハンターに依頼しようにも、デッドリースコルピはその危険性ゆえ受けてくれるものもあまりいません。ましてやこのような場所です。ハンターが来る前に集落がやられてしまうでしょう。残念ですが我々も砂漠を渡るルートを新しく開拓しなくてはなりませんね」

どうやら想像以上に危険な魔物のようだ。

「まずはハーディーたちに報告に行きましょう」
「そうですね」

私たちは調査を切り上げると集落の中へと戻ったのだった。

****

「デッドリースコルピですか。ああ、我々はもう終わりだ」

私たちの報告を聞いたハーディーさんはそう言って天を仰いだ。

「ハーディー、今のうちに荷物をまとめて逃げればまだ何とかなるだろう?」

マルコさんが説得をしている。

「だがなマルコ。俺たちはこの三日月泉でしか生きていけないのだ。一体どうやって他所に移って暮らせと言うんだ」
「だが! このままここに残ったって死ぬだけじゃないか」
「……」

皆一様に険しい顔をしている。

「ねぇ、おねえちゃんたち、つよいんでしょ? わるいまもの、やっつけてよ!」

小さな男の子がクリスさんの手を握って涙目で頼んでいる。

「こら、ダーギル。旅のお方に迷惑だろう」

小さな男の子に頼られたクリスさんがこちらを何か期待するような目で見ている。

ああ、私が助けるって思ってるのね。そうか。そうだよね。

「クリスさん、デッドリースコルピの殻、ちゃんと斬れるんでしょうね? 私、冥龍王の時のような力技は嫌ですよ?」

クリスさんの顔がパッとほころぶ。

「お任せください!」
「シズクさん、ルーちゃん、良いですか?」
「もちろんですっ!」
「任せるでござる」

よかった。二人とも二つ返事で了承してくれた。

「というわけで、私たちで討伐に挑戦してみようと思います」
「本気ですか!?」

マルコさんが驚きの声をあげる。

「大丈夫ですよ。こう見えても私たち、吸血鬼に支配された町を浄化する程度には強いですから」
「ありがとう、おねえちゃん」

ダーギルくんがキラキラとした笑顔を向けてくる。彼のお姉ちゃん――ウルファちゃんだったかな?――は心配そうな目でこちらを見つめている。

「大丈夫ですよ。安心してください」

私はニッコリと微笑みかけると、少し安心してくれたのかぎこちない笑顔を向けてくれた。

****

私たちは再び泉のほとりにやってきた。今度は集落とは反対側だ。デッドリースコルピは相変わらず死んだ魚を食べている。

「それでは、作戦を説明します。フィーネ様は後方で解毒と治癒の準備をお願いいたします。ルミアは矢で注意を引く。あとは私とシズク殿で尻尾とはさみを切り落とす」
「「「了解」」」

なんともざっくりとした作戦が決まった。だが私はこの世界での戦闘は未だによくわかっていないので任せることにしている。

ゲームとかなら結界もあって毒も効かない私がタンクするのが定石になるんだろうけど、現実問題として、人の背丈ほどもある巨大なサソリの前には正直出たくない。あんなに大きなサソリなんて怖いし、そもそも気持ち悪いのでとても間近で見たいとは思わない。

それに、私が前に出るといってもクリスさんが首を縦には振らないだろう。

私たちが様子を伺っていると、またしてもデッドリースコルピが泉から上がってきた。

そのハサミには魚を挟んでおり、今まさにその魚を食べようとしている。

そこにルーちゃんが矢を射掛けた。

パシッ

その矢は見事にその魚に命中し、デッドリースコルピの下から弾き飛ばした。

ギチギチギチギ

奇妙な音を出してルーちゃんの方を向き直る。ああ、明らかに怒っている。

と、次の瞬間だった。50 メートルはあろうかという距離を凄まじい速さで詰め、尻尾の毒針をルーちゃんに思い切り叩きつけてくる。

「え?」「結界!」

私はすんでのところで結界を張り、ルーちゃんを毒針から守る。

なんて速さだ。このサソリ速すぎなのでは?

ギチギチギチギ

あああ、ますます怒ってる。

デッドリースコルピはルーちゃんを尻尾の毒針で、そしてハサミでと滅多矢鱈に攻撃を加えてくる。

「ひいぃぃぃ」

ルーちゃんが情けない声をあげているのを横目にクリスさんとシズクさんが切り込んでくる。先に斬りかかったのはシズクさんだ。

ガキィーン

デッドリースコルピはシズクさんの刀を硬いハサミで受け止め、そしてシズクさんごと弾き飛ばした。

弾き飛ばされたシズクさんはひらりと空中で一回転して華麗に着地した。

その間隙をついてクリスさんが綺麗な一撃を尻尾に打ち込む!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...