上 下
55 / 625
白銀のハイエルフ

第二章第7話 深夜の襲撃(後編)

しおりを挟む
2020/05/19 ご指摘頂いた誤字を修正しました。ありがとうございました。
================

私の上に馬乗りになったアルフレッドは腹に刺さったナイフを抜き取る。そして小瓶を取り出すと口を開け、その中に入った薬を一気にあおる。すると、傷口は淡い光に覆われてみるみる回復していく。完全に塞がったわけでなくまだ血が流れてはいるが、もはや深い傷とは言えないレベルだろう。

「治癒はお前らの専売特許じゃねぇんだよ。さて、楽しませてもらうぜ。てめえらにも使わせてやるから待ってろ」

そういってアルフレッドは私のナイフで私のワンピースの胸の部分を切り裂いた。下着に包まれた私のささやかなふくらみが露わになる。

「くっ」
「ほらほら、さっきの威勢のよさはどうした? 精々良い声で鳴いてくれよ? 聖女様の処女を頂けるなんてまずないからな。あー、神様に感謝してまーすっ」

下品な煽り文句に周りの男が下卑た笑い声を上げる。

大丈夫、まだ慌てる時じゃない。こういう時こそ冷静に。

「ほら、早くしてくださいよ。旦那。後が詰まってるんですから」
「おっと、そうだったな」

ビリビリビリ

アルフレッドが私のワンピースをさらにビリビリに引き裂く。それはただの布切れとなり、もはや体を隠す用をなさなくなった。完全に下着だけにされた私はアルフレッドを睨み付ける。

「ほーう、まだそんな元気があるのか、よっ!」

私は頬を思い切り殴りつけられた。目の前に星が散る。

「ほらほら、どうした? 自慢の聖騎士様でも呼んでみたらどうだ?」
「……」
「ぎゃはははは。それとも、今殴られたので感じる変態だったか? ほらほら、命乞いしてみろよ?」
「しかし若旦那、本当にあの聖騎士は起きないんですかい?」
「起きるわけねえよ。強力な眠り薬を飲ませたんだ。丸一日は眠り続けるさ。なんでこいつが起きているのかは分からねぇが、あいつは絶対に起きねぇ。心配なら今のうちに縛っておけ」
「へ、へい」

なるほど。そういうことか。それなら。

「な? 消えた?」

私は影に潜って拘束を逃れるとクリスさんのもとへ移動する。

「解毒!」

柔らかな光がクリスさんを包み込む。すると、クリスさんがパチリと目を覚ました。

「クリスさん、敵です。私はもう手札が残っていないのであとお願いできませんか?」

がばっ、と音を立ててクリスさんが飛び起きる。

「げぇっ、聖騎士」

男たちを見遣る。そして、頬を腫らし下着姿となっている私を確認したクリスさんは表情をすっと凍らせる。そして静かに聖剣を抜き放ったかと思うと次の瞬間、男たちは全員切り伏せられていた。

何が起きたのか分からない一瞬の出来事だった。

足を切り落とされた者、胴体から真っ二つになった者、首を飛ばされた者、皆血だまりの中に倒れている。

「クリスさん、やりすぎです。これじゃあ事情聴取ができないじゃないですか」
「も、申し訳ありません」
「ええ。でもありがとうございます。おかげで助かりました」

私はとりあえずクリスさんのベッドのシーツを引っぺがして羽織る。着替えの服はあるけどこいつらの血で汚れるのは心情的に嫌だ。

「ええと、ああ、良かった。アルフレッドはまだ生きていますね」

私は両足を切断されたアルフレッドのところへ歩いていくと、治癒魔法で死なない程度に治癒する。

まだ息のある他の男たちの治療をしていると、遠くから走ってくる足音が複数聞こえてくる。

「聖女様ー! ご無事ですかーーー?」

この声は伯爵だ。扉が開け放たれ家具が廊下に出されていたからだろうか。伯爵が数人の供をつれてそのまま駆け込んできた。

「なっ! こ、これは一体? おい、アルフレッド、お前一体何をしているんだ? 何が起きているんだ!」

うーん、これは、伯爵自体は絡んでいないのか?

「メイナード伯爵、この男はあろうことか、フィーネ様の寝込みを襲い、乱暴を働こうとした。王国では、聖女に対してそのような狼藉を働いたものは例外なく処刑だ。その身柄は王宮が預かることになる」
「な、なぜそんな愚かな真似を……」

アルフレッドは答えない。

「デズモンド様。その男は私たちの助けたエルフの少女を奴隷としておりました。そして、その事を私は知ってしまいました」
「な! なんですと!? おい、アルフレッド! お前何故そんなことを!」

アルフレッドはなおも答えない。

「最初は私たちの食事に眠り薬を混ぜ、眠っている間に彼女を連れ去ろうとしたようです。ですが、たまたまその時に私が彼女の部屋を尋ね、決定的な証拠を見られたために私ごと始末しようとした、ということのようですよ?」
「な、な、な、なんて……ことを……」

伯爵が顔面蒼白となって膝をつく。

「メイナード伯爵、食事に薬を盛ったとはどういうことですかな?」

クリスさんが凍えるような声で伯爵に尋ねる。

「も、申し訳ございません。ですが、我が家としては聖女様と聖騎士様を害するつもりは毛頭ございません。全てはこの愚か者の仕業です」
「メイナード伯爵は関与していないと?」
「管理が行き届いていなかったことにつきましては責任がございます。ですが、奴隷の取引、ましてや聖女様に危害を加えるなど、我が家にも我が領地にも何のメリットもございません」

なるほど。それは確かにそうかもしれない。

「ルーちゃん、辛いことを思い出させしまって申し訳ないですが、一つ教えてください。そこで破れた私の服を握って転がっている男、あれと最初に会ったのはいつですか?」

私のベッドルームからこちらの様子を伺っていたルーちゃんが恐る恐る私の隣にやってきた。惨状を見て眉をひそめたが、小さな声で私に言う。

「あの男と会ったのは今日がはじめてです。じゃらじゃらと音のする袋を誰かに渡した後、お腹にあった呪印に血を垂らしてきました。それで、今日から主人だって」
「わかりました。ありがとうございます。ルーちゃんはもう下がっていて大丈夫ですよ」

なるべくルーちゃんを心配させない様に笑顔を作る。とはいえ、そろそろ血の匂いにあてられそうになってきた。あまり長居すると吸血衝動が抑えられなくなるかもしれない。

「私はもう聞きたいことはありません。気分が優れないので少し休みたいのですが」
「せ、聖女様! でしたら別の部屋をすぐにご用意いたします。どうか、どうか」

伯爵が必死な様子で土下座を繰り返す。

うーん、しかしここで同じ屋敷に泊まるのはどうなんだろうか?

「フィーネ様、この申し出はお受けするべきかと思います。既に宿は全て閉まっておりますし、刺客がいないとも限りません。私が夜通し見張りを致しますのでどうかご安心ください」

なるほど。確かに屋敷の庭にも敵はいたようだし、この時間から出歩くよりはマシかもしれない。そう判断した私は申し出を受けることにした。

「わかりました」

****

「すみません。ちょっと、もう限界なので血を……」

別の部屋に移った私はすぐにクリスさんに血を貰う。何も言わずにティーカップを自分の血で満たすと私に差し出してくれる。

「いつもすみません」

私は治癒魔法でクリスさんの傷口を治すと、ティーカップに口をつけ、一気に飲み干した。

「クリスさん、ありがとうございました。やはり、血を見るとどうしても抑えられなくなってしまいます」
「いえ。私こそ申し訳ございませんでした。まさか眠り薬を盛られるとは思ってもみませんでした。フィーネ様に荒事をさせてしまい、あまつさえあのような目に遭わせるなど!」
「私も押し倒されて殴られただけで一線は越えていませんから大丈夫です。これからは毎食後、解毒魔法をかけてあげますね」
「フィーネ様……」

クリスさんはまだ申し訳なさそうにしている。

「まあまあ、ルーちゃんも助けられましたし、今日のところは結果オーライですよ。明日にはこの町を出て北を目指しましょう。伯爵が本当にこの件に関わっていないのかも分からないですし」
「……そうしたいところではありますが、難しいでしょう。奴隷売買に聖女であるフィーネ様に対する狼藉、あのアルフレッドという男の行いは、どちらも極刑に相当する行為で、ホワイトムーン王国に対する明確な反逆行為です。その責は伯爵家にも及ぶでしょう。メイナード伯爵がまともであればまだ良いですが、それでも身内を庇い立てする恐れがございます」

なるほど。奴隷売買に聖女に対する乱暴、バレたら両方一発でアウトな事を跡取り息子がやらかしたわけか。

「では、どうすればいいんですか?」
「はい。この町には王国第二騎士団の分隊が駐屯しています。私の知己も多くおりますのでまずはそちらを頼り、伯爵一家を捕縛させましょう。そこで騎士団が事件を捜査し、ある程度解決の目途が立ちましたら出発、という流れになると思います」
「そうですか。ではそうしましょう」

こういったことはよく分からないし、クリスさんは一応この国の騎士でもあるのだから言う通りにした方が良いだろう。

私はベッドに横になるとすぐに夢の世界へと旅立った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

ちょっ!みんな私のこと寵愛しすぎじゃない?!

アナスタシア
ファンタジー
世界No.1財閥の寵愛されしお姫様、暁 美心愛(アカツキ ミコア)が過ごす非日常。神や精霊、妖精も魅了していく愛し子。規格外な魔法や美貌でまた1人魅了されていく。ある日は聖女として、ある日は愛し子として歴史に名を残す行動を無自覚にしていく。美心愛に逆らったものは生きてはいけないのがこの世の暗黙の了解?!美心愛のファンクラブは信者が多い。世界の愛し子のチート生活をどうぞ! 美心愛の周りには規格外が集まりすぎる! 「ちょっと、みんな! 過保護すぎるよ!え、今度は何? 神様?天使?悪魔?魔王? 知りません、私は何も関係ありません! 私は平穏な華の高校生になりたいだけなのに。」 初めての作品です。 話の辻褄が合わないところが出てくるかもしれませんが優しく見守ってくだされば嬉しいです。 頑張って投稿していきたいと思います。 登場人物紹介は毎回更新していきます。 ところどころ間違ったところなどを編集します。 文章を修正するので少し変わってしまう部分が増えてしまうかもしれませんがご了承ください。 お願い致します。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

最強幼女のお助け道中〜聖女ですが、自己強化の秘法の副作用で幼女化してしまいました。神器破城槌を振り回しながら、もふもふと一緒に旅を続けます〜

黄舞
ファンタジー
 勇者パーティの支援職だった私は、自己を超々強化する秘法と言われた魔法を使い、幼女になってしまった。  そんな私の姿を見て、パーティメンバーが決めたのは…… 「アリシアちゃん。いい子だからお留守番しててね」  見た目は幼女でも、最強の肉体を手に入れた私は、付いてくるなと言われた手前、こっそりひっそりと陰から元仲間を支援することに決めた。  戦神の愛用していたという神器破城槌を振り回し、神の乗り物だと言うもふもふ神獣と旅を続ける珍道中! 主人公は元は立派な大人ですが、心も体も知能も子供です 基本的にコメディ色が強いです

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...