勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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白銀のハイエルフ

第二章第1話 穏やかな旅路

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2020/09/09 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
2020/09/23 誤字を修正しました
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ポイッ

ポイッ

ポイッ

「フィーネ様、精が出ますね」
「これも経験値になりますからね」

ポイッ

私は小石に浄化魔法を付与、素早く鑑定をしてから馬車の後方に投げ捨てる、という行為を繰り返している。何故こんなことをしているのかというと、私流の付与師修行だ。もともとただの小石なので元手はタダだし、付与した浄化魔法も一時間ほどで効果がなくなるのでそのあたりに捨てても何の問題ない。さらに一回付与するとスキルの経験値が 1 入るので、単純計算で 10 万回付与すれば私はポーションを作れるようになるという計算だ。このために、【次元収納】のスキルレベルを 2 に上げたのだ。容量も倍くらいに増えて小石がたくさん入るようになった。

暇つぶしにもなるし、この世界でスキルレベルを上げるにはとんでもなく時間がかかるので中々良い方法を考え着いたものだと我ながら思っている。

そうこうしているうちに馬車が止まった。

「お客さん、今日の宿場町に着きましたよ」

おや? どうやら着いたらしい。馬車は検問を越えて町の中に入っていき、そして発着場と思しき広場に停車した。

「出発は明後日の午前 10 時ですからね。このままイルミシティに行かれる人は遅れずに来てくださいね」

降車するお客さんに御者の人が声をかけているのを横目に、私たちも馬車を降りる。

「さ、フィーネ様」
「ありがとうございます」

最初は恥ずかしかったクリスさんによるこのエスコートももう慣れたものだ。すると、一人の若い女性が近づいてきて、声をかけてきた。

「あ、あの、聖女のフィーネ様ですよね? あのっ、これに祝福を頂けませんか?」
「ああ、浄化魔法の付与ですね。はい、構いませんよ」

彼女はおずおずとガラスの彫像を差し出してくる。私は受け取ると浄化魔法を付与して返す。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」

そう言うと女性は嬉しそうに立ち去って行った。最近、知らない人によくこれを求められるようになった。テレビもネットも無いこの国でも私の知名度はそれなりにあるらしく、有名人を見かけたらとりあえずサインをねだるような気持ちなのかもしれない。とはいえ、レベル 1 の付与なんて大した効果はないし、高品質なガラスだって数年で付与の効果が消えてしまうのに、一体何をあんなに喜んでいるのやら。芸能人に興味のない私としてはいまいち理解できない。

「さ、フィーネ様。こちらでございます」
「はい、いつもありがとうございます」

当然のように、私はこの町に 3 件ある宿のうちもっとも高い宿に連れていかれる。

だが、私はもう細かいことは気にしないことに決めた。こういった小さな宿場町には超高級ホテルは存在しない。どんなに高くても二人で一泊金貨一枚で済む。これでクリスさんの気が済むならそうしておいた方が諸々平和なのだ。

「フィーネ様。この町での治療依頼は 3 件です。町長殿の腰痛、その奥方の膝痛、そして奥方様の母君の腰痛です」
「そうですか」

どうやら、王都でのミイラ病の一件で私の【回復魔法】のスキルが高いということは知れ渡っているらしく、町の支配層からこういったまるで緊急性のなさそうな治療依頼をされる。公費で接待した結果のキックバックとして暗に要求されるものからこの町の町長のように無償で貰えると思っている輩まで様々だ。

「では、町長さんからはきっちりと適正な治療費を請求しておいてください」

私は、お金を持っている人からお金を取ることについて抵抗はないのだ。

「お任せください。それと、この町の孤児院に立ち寄れるように手配しております」
「お願いします」

****

明くる朝、私たちは町長の屋敷を尋ねた。

「聖女フィーネ・アルジェンタータ様。ようこそ我が町へお立ち寄りくださいました。お噂はかねがねお伺いしておりましたが、まさかこれほどまでにお美しいお方だとは。まるで天上のめが――」
「町長殿ですね。フィーネと申します。ご依頼の通り、治療をさせていただきます」

──── はい、このおっさんの腰痛を治すっと

「おおおお、なんという……」
「はい。終わりです。それでは次の方、どうぞ」

最初のうちはこういった連中を真面目に相手していたけれど、中身が空っぽでさらに私をいやらしい視線で舐めまわすように見てくるので相手をしているだけで不愉快だ。

昔は、好きでもない男にジロジロ見られるのが嫌だ、などと言っている女性に対して少々失礼なことを思っていたりもしたが、その気持ちが非常によくわかった。もし現実世界に戻れたとしても、絶対に女性をこういう風な目線では見ないと心に誓う。

え? 今は見ていないのかって? それについてはないと断言できる。この世界に来てからと言うもの、どうやら性欲と言うものがきれいさっぱり無くなっているようなのだ。女性を見て血を吸いたいと思うことはあれど、ヤリたいなどと思ったことは一度も起きていない。まあ、仮に思ったところで物理的に無理なわけだけれども。

あ、もちろん男性に対しても欲情していないぞ?

そうそう。話は戻るが、ああいった輩に対しては間違っても営業スマイルなど向けてはいけない。そんなことをすると、私が気があると勘違いして町を出るまで延々と付きまとって来るということを学習した。町の最高権力者一味がストーカーとか、たちが悪いなんてもんじゃない。

さて、無事に三人の治療を終えて私はクリスさんに後を任せて下がる。

「それでは、町長殿。3名とも持病の治療ということですので、治療費は金貨 30 枚となります」

ちなみに、一人につき金貨 10 枚、約 50 万円というのは暴利を貪っているようにも思われるが、実は神殿の公示している適正価格だったりする。こういった加齢に伴う持病の治療は【回復魔法】のスキルレベル 4 が必要な高度な治療だったりするのだ。これはゾンビ病の治療ができるレベルで、そんな治癒師は王都の神殿にも数人しかいない。それだけレアな治癒師の治療を受けるのだからそれなりのお金がかかるのは当然だろう。むしろ、王都から出張手当や経費の負担を考えるとお得とも言えるかもしれない。

賛否両論あるかもしれないが、私は町の偉い人たちをタダで治療するほどお人よしではないのだ。もちろん、私は借金をしてでもお金を払え、などと言う気はさらさらないが。

そして、こういう人がクリスさんに治療費を請求された時のやり取りは大体いつも同じだ。

「な? 聖女様がお金を請求するのですか?」
「これは神殿の定めた適正価格です。フィーネ様は慈善活動をなさいますが、それは持たざる者のためであって、町長殿のようなお立場の方のためではありません。町長殿こそ、こういった場合は喜捨されるのが当然ではありませんか?」
「うっ、ぐっ、わかりました」
「はい。町長殿、お代は確かに受け取りました。それでは、失礼いたします」

こうしてクリスさんが町長から代金をしっかりとむしり取ると、私たちは病院や孤児院へ向かった。ちなみに、何故病院も回っているのかというと、この世界において病院とはお金を払えない人が行く場所だからだ。なぜなら、お金持ちは高額な治療費を払ってスキルレベルの高い治癒師に治療して貰えるが、そのお金を払えない人は病院で魔法でない治療を受けるしかない。

神殿としてもお金を持っている権力者は無下にできないし、治癒師だって生活がかかっている。残念ながら、この世界でも現実世界でも世間というものが世知辛いのは変わらないようだ。

****

「当孤児院へようこそいらっしゃいました。聖女フィーネ・アルジェンタータ様」
「こちらこそ、お忙しいところ突然の訪問で失礼いたします」
「神のお導きのままに」
「神の御心のままに」

私たちは職員の人に連れられて奥に通される。食堂に 20 人くらいの小さい子供が集められていた。

「みなさん、聖女フィーネ・アルジェンタータ様と聖騎士クリスティーナ様がいらっしゃいました。これから一人一人お話をして下さいますからおとなしく座っていてください」
「「「「はーい」」」」

子供たちが大きな声で返事をする。元気がいいうえにお利口さんに座っている。これだけでもこの孤児院が子供たちにとって素晴らしい環境であることがよくわかる。

「それでは、フィーネ様。よろしくお願いします」
「はい」

そうして、私は一人ずつ声をかけていく。

「こんにちは。お名前は?」
「あ、おれテッド、 5 さい」
「こんにちは、テッドくん。テッドくんはおでこを怪我していますね」
「あ、これは、なんでもない!」
「はい、じゃあ治してあげますね」

わたしはさっと手をかざしてテッド君に治癒魔法をかけてあげる。服も汚れているので洗浄魔法できれいにしてあげる。

「はい、これでもう大丈夫ですよ」

そういって私はテッド君の頭を撫でてあげる。

「あ、あ、ありがとう」
「どういたしまして」

ニッコリ営業スマイル。子供はこうしてもせいぜい顔を赤くする程度で一切害はないのがありがたい。

「あ、あたしサーニャ!」

隣の女の子が今度は自分の番だと話しかけてくる。

「はい。サーニャちゃん。はじめまして」
「は、はじめまして。あの、あたし――」

こんな感じで孤児院の子供たち全員に治癒魔法や病気治療魔法、洗浄魔法をかけてあげる。この孤児院にはそれほどの重症の子供はいなかったようで、その後は子供たちと一緒に遊んであげるという交流をする。男の子たちは外で勇者ごっこや騎士ごっこをするそうなのでクリスさんにお任せして、私は女の子たちに本を読んであげた。

自分でも意外だったが、私は案外子供好きなのかもしれない。大人たちの欲望にまみれた視線を浴びるたびにささくれだっていく心を無邪気な子供たちが癒してくる。

そうして時間の許す限り一緒に遊んだ後に、名残惜しいが別れの時間がやってくる。

「ふぃーねさまー、いっちゃやぁー」

私の膝の上で一緒に本を読んでいた 3 才のエイミーちゃんが私に抱っこされながら泣いている。

「大丈夫。エイミーちゃんがいい子にしていたら、また会えますよ」
「やぁやぁー」
「ほら、エイミー、フィーネ様がお困りですよ。いい子にしていれば神様のお導きでまた会えますよ」

職員さんが横から助け船を出してくれる。

「エイミーちゃん、また会いましょうね」
「……」

背中をトントンと軽くたたいて私はエイミーちゃんを落ち着けてから職員さんに手渡すと、子供たちの声を背に私たちは孤児院を後にする。

「やはり、子供たちと遊ぶのは心が癒されますね」

帰り道、私はクリスさんに思わずそう漏らす。

「そうですか。やはりフィーネ様はお優しいですね。私など少年たちを怪我させてしまわないかと、いつも気が気ではないですよ」
「クリスさんは少年たちの憧れの聖騎士ですからね。彼らも会えただけでも幸せですよ」

クリスさんが気恥ずかしそうに頬をかく。

「フィーネ様、明日はもうこの町を発たねばなりません。ホテルへと戻りましょう」
「そうですね」

子供たちと随分と長く遊んでいたせいか、西の空が赤く色づき始めている。私達は並んで長い影を引きずりながらホテルへの道を歩いて行くのだった。
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