勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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吸血鬼と聖女と聖騎士と

第一章最終話 旅立ち

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「親方、奥さん、短い間でしたが、ありがとうございました」

日本と比べると大分涼しいが初夏のやや強い日差しが照りつける中、私はお世話になった親方と奥さんにお礼の言葉を述べる。

「……ふん。あんたはまだ半人前だ。早く魔法薬師になって、そんで立派な聖女になってみせろ」
「フィーネちゃん、この 8 か月、よく頑張ったね。いいかい、卒業したってここはフィーネちゃんの王都での実家だからね。いつだって帰ってきていいんだよ?」
「はい。親方。奥さん」

私の胸に熱いものがこみ上げる。少しだけ視界も滲んでいる。

「バカだねぇ。何泣いているんだい。いいかい? フィーネちゃん。あんたは誰が何と言おうとあたし達の娘みたいなもんなんだよ。成長して親元から巣立っていく時に泣くんじゃないよ。巣立っていく時は、もっと嬉しそうに、前をみてキラキラしているもんだよ」
「……奥さん」

そう言いながらも奥さんの目には涙が滲んでいる。親方もちょっと上のほうを見ている。

「はい、いってきます!」

いつまでもここにいると涙が零れてしまいそう。それに、親方たちと過ごした暖かい時間が惜しくなって、つい立ち止まってしまいそうになる。

【調合】のスキルレベルが 3 になるまで、それが私を弟子にしてもらう時の約束だ。そして先日、私の【調合】と【薬草鑑定】のスキルレベルは 3 となった。こうして晴れて親方の弟子を卒業となった私は、魔法薬師となるために副職業を薬師から付与師へと変更した。

それに、昨日は奥さんが腕に寄りをかけてご馳走を用意してくれた。こんな吸血鬼に優しくしてくれて、まるで本当の両親であるかのように接してくれた二人には感謝しかない。この二人がいなかったら、王都にここまで親しみを持てたかどうかは定かではない。それぐらい、本当に、本当に感謝している。

だからこそ、いつまでも甘えていてはいけない。ちゃんと魔法薬師になった姿を見せて、そしてお二人のおかげですって伝えるんだ。

私は心の中で深く感謝し、慣れ親しんだジェズ薬草店を後にする。隣にはもちろん、クリスさんがいてくれる。この世界に来て最初に出会った人で、今もずっと良くしてくれている人。私が吸血鬼だなんてまるで信じていないくせに、血を飲ませてくれる人。脳筋だけど、まっすぐで、本当に良い人で、大切な人だ。

──── ああ、でも金銭感覚は治っていると良いのだけれど……

私たちは乗合馬車の発着場へ向かう。発着場には恐怖体験をして以来の腐れ縁となったシャル達が見送りに来てくれていた。

「フィーネ、旅立ってしまうんですのね? 寂しくなりますわ」
「はい。シャル。極北の地を目指そうと思います」

なんだかんだ言って、シャルとの仲は悪くない。

「あなたのルーツがあるかもしれない場所ですものね。良い結果となることを祈っておりますわ。次期聖女のこのわたくしが祈るのですから、きっと効果がありましてよ?」
「はい、ありがとうございます」

旅立つことを決めたのは私だが、極北の地を目指すのはクリスさんの提案だ。これはもちろん、王様の「極北の地に住まう白銀のハイエルフの血を引いている」という言葉をクリスが鵜呑みにしてのものだろう。ただ、私としては、ユニークスキルである【精霊召喚】について知りたいし、精霊といえばやはりエルフというイメージがある。なので、そこにいることが分かっている極北の地のハイエルフに会いに行くことにしたのだ。

「フィーネ嬢。貴女には世話になった。我が主をお救い頂いたこと、深く感謝する。貴女の旅路に幸あらんことを」
「ユーグさん、ありがとうございます」

行きがかり上で絡んだだけで何かをした覚えはないのだけれど、感謝されることに悪い気はしない。

「フィーネ、あなたが旅をしている間にわたくしが聖女になってしまうかもしれませんわよ?」
「ふふっ。楽しみですね。その時は私もシャルの力になりますから、一緒に何かしましょう」

私がそう答えるとシャルは顔を真っ赤にして口をパクパクしている。私はその様子を見ながらはじめて会った時の高飛車な態度を思い出し、懐かしい気分にいなる。

そうこうしているうちに、北へと向かう馬車が到着した。いたって普通の幌馬車だ。

「シャル、わざわざお見送りに来てくれて、ありがとうございます」
「ふ、ふん。た、たまたまこっちに来る用事があったから、そのついでですわっ!」
「ふふ。それでも、ありがとうございます。私はシャルにお見送りをしてもらえて嬉しいです」

そうするとまた顔を真っ赤にして口をパクパクしている。

「それじゃあ、いってきます」

私たちは馬車に乗り込むと、ごとごとと音を立てて進み始める。大きく手を振ってくれているシャルたちの姿が徐々に小さくなっていく。私も 2 人から見えるように馬車から大きく手を振る。

「見えなくなっちゃいましたね」
「そうですね。フィーネ様。やはり、寂しいですか?」

そう問われれば、やはり寂しい気持ちはある。シャルとの腐れ縁もなんだかんだ、大切な思い出だ。

「寂しいですけど、ずっと消毒液を作ってばかりじゃレベルが上がりませんからね」

クリスさんは、はい、とだけ言って微笑んだ。

ちらりと外を見遣ると、沿道に沢山の人が並んで馬車に手を振ってくれていることに気付いた。

「フィーネ様ー、いってらっしゃいー」

あれは! デールくんにダンくん、それにお姉さんも。それに、治癒で訪れた孤児院の子供たちに、あれはタソード伯爵だ。ああ、あの人は納品で行った病院の人だ。あっちはミイラ病の時に治療した人たちも!

「みなさん、ありがとうございます! いってきまーす!」

私は手を振って大きな声で叫ぶ。私は知らず知らずのうちに、こんなにも王都の人達に愛されていたらしい。目頭が熱くなってくる。

後ろ髪を引かれるが、私たちを乗せた馬車は否応なく進んでいく。

馬車が北門に到着した。北門での検問で停止したとき、何と教皇様、ローラン司祭を始めとする神殿で関わった人達が見送りに来てくれた。

「フィーネ嬢、自らのルーツを探る旅、精霊との絆が得られる事を祈っておりますよ」
「教皇様、ありがとうございます」

ああ、本当にもう! なんて素敵な人達なんだ!

「私、必ず王都に戻ってきます。この暖かい王都の皆さんに恩返しがしたいです」
「お待ちしていますよ。フィーネ嬢に神のご加護があらんことを!」
「「「「「ご加護があらんことを!」」」」」

最後はブーンからのジャンピング土下座で見送られた。教皇様だけではなく、他の皆さんも 10 点満点。その上に完全にタイミングが揃っていて完璧だった。

私たちも馬車の上で小さくブーンからの土下座を決める。神殿の人達のように完璧に決めることはできないが、不思議とこのお祈りのポーズも受け入れている自分がいる。これもきっと、私が王都に、そしてこの世界に馴染んだということなんだろう。

検問を終えた馬車は城門をくぐり、再びごとごとと音を立てて進み始める。暖かい気持ちを載せて、進んでいく。

ごとごと、ごとごと。

ごとごと、ごとごと。

私は、次第に小さくなっていく王都をずっと、ずっと、いつまでも眺めていた。
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