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吸血鬼と聖女と聖騎士と

第一章第29話 看板吸血鬼

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私がジェズ薬草店に弟子入りしてから一週間が経った。そして、ようやくお客さんたちの不思議そうな顔の意味が分かった。まず一つは、日本式の営業スマイル接客が原因だ。どうやら、きっちりと営業スマイルで丁寧に接客するのは高級店だけなのだそうだ。なので、丁寧な接客に慣れていないお客さんが戸惑った、ということらしい。今まで高級店ばかりに連れていかれていたため、こういうのが普通なんだと思っていたが、そうではなかったようだ。

そして、もう一つ、あの頑固で堅物のジェズさんが、とんでもない美少女を弟子にとって、接客させているということに対するショックが大きいらしい。

うん、まあ、そうだね。たしかに、冷静に考えれば想定しうる事態だった。

そして、さらに一週間ほど経過すると、ジェズ薬草店に長い行列ができるようになった。別にけがをしているわけでもない人たちが傷薬(小)を買いに来るのだ。目的は、私に接客してもらうためらしい。

こいつら、いい加減にしろ!

怪我してないやつになんでカウンセリングしなきゃいけないんだ。ここはメイド喫茶でも執事喫茶でもない。真面目に薬を売っている薬草店なんだぞ!

それを毎度毎度、鼻の下伸ばしてやってきやがって。

一度、傷薬をお求めの方はこちら、とやって奥さんにお願いしたことがあったのだが、効果がなかった。

こいつらの執念はヤバい。一度それで奥さんから傷薬を買ったやつは、その次からは学習して「相談してから必要な薬を買いたいから話を聞いてほしい」などと言ってくる様になった。

そしてそんな奴らが開口一番「やあ、フィーネちゃん、今日も可愛いね」とか言い出すのだ。気持ち悪い! そしてそこから私の容姿を褒め、服を褒め、趣味を聞き、昼食に誘い、休日の予定を聞いてくるのだ。げんなりとしながら受け流していると最終的に、指を切った時用の常備薬を少し買いたい、などと言い出すので、傷薬(小)を売りつけてお引き取り頂く。

まあ、閑古鳥が鳴いているよりはマシなのかもしれないが、傷薬(小)で売り上げに貢献しているとは思えない。

だって、銅貨 5 枚なんだもの。大体 500 円くらい。

いっそ、傷薬(小)を販売停止にしてやろうか? いや、ダメか。買うのが他の安い商品になるだけだ。

ぐぬぬぬぬ。

****

「親方。おかしな人たちが行列を作るせいで傷薬(小)しか売れないうえに、私を口説こうとする人達をあしらうだけで営業時間が終わってしまうんです。どうにかなりませんか?」

私は夜、思い切って親方に相談してみた。ちなみに、クリスさんは自室に戻っている。だって、クリスさんがこの話を聞いたら切り捨ててやる、とか言い出しそうだし。

「あん? じゃあ、あの並んでる連中は必要もないのにフィーネと話したいだけで薬を買ってるってことか? だったら相手しなければいいんじゃねぇのか?」
「一応、お客さんですのでそういうわけには……」
「ほら、あんた。弟子が困ってるんだからちゃんと助けてやんなよ。あいつらフィーネちゃんと話すことだけが目的だからね。フィーネちゃんが店番に出てれば必ずフィーネちゃんに声をかけるんだよ。あたしが一緒に居たって無視してフィーネちゃんのところに並ぶんだよ? まったく、困ったもんだよ」
「じゃあ、高い薬を売ってみたらどうだ? それなら毎日は来ないだろう」
「それが、小銀貨になると別のものを、って言われるんです」
「おおう……」

まったく、一体どこからあんな執念が湧いてくるのか。一人二人ならストーカーになる人もいるかもしれないが、あの人数が毎日くるって、王都は大丈夫なのか?

「だが俺が店番をすると仕事がなぁ」
「そうですよね……」
「よし、わかった。あたしとフィーネちゃんで交代で店番したらどうだい? 行列ができ始めたらフィーネちゃんはあんたのところに行って手伝いをするってのでどう?」

私としてはありがたいのだが、それだとずっと奥さんが店番をすることになる気がするのは私だけだろうか?

そう思っていると親方が何か思いつたといった表情で口を開く。

「いや、それじゃダメだ。そういった連中にはだな……」

****

そして、その結果がこれである。

「いらっしゃいませ~♪  ご相談は一分につき小銀貨 1 枚で承っております♪」

にっこり営業スマイル♪

っていうか、こいつら、バカだろ? なんでこれでも並んでるんだよ?一分で小銀貨 1 枚って、敏腕弁護士の法律相談か? 一時間相談するだけで 6 万円相当って、ヤバすぎだろ?

しかも、なんかこいつら、お金を払えばタダでいくらでも話せて最高、とか話してるんですけど。いやいや、どう考えてもおかしいだろ!

それに、だ。親方、なんでこんなかわいい豚さん貯金箱なんて持ってるんだよ!

しかも料金はこれに入れろって、あざとすぎだろ!

ああ、なんか疲労感が普段よりもヤバい。

っていうか、これ、薬師の修業じゃないよね? 接客業、下手したら地下アイドルとかだよね?

ちなみに、通常営業の分は奥さんが全部引き受けてくれたし、そもそも普通の客はほとんど来ないので特に問題はなかった。

****

「……まさかな」

たしかにまさかだ。多分、一時間で金貨 1 枚分くらいは稼いでいた気がする。

「ええ、いつもの倍くらい疲れましたけど」
「……そのうちあいつらもバカバカしくなって並ばなくなるだろ」
「だといいんですが……」

ちなみに、この時の私の予感は的中することになる。一週間も経つと、客が客を呼んでいるのか新しいお客さんがひっきりなしにやってくるようになったのだ。

あれ? これ町を歩けなくなるパターンじゃね?

ちなみに、この行列を見たクリスさんが親方に薬師としての修業をしているのに何故接客ばかりやらせているのか、と苦情を入れてくれたのだが、

「ん? 民衆に慕われる聖女様っていうのは正しい姿なんじゃないのか?」
「む? それもそうか」

とあっさり納得してしまった。

おい、そこの脳筋くっころお姉さん、ちょいとチョロすぎやしませんか?
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