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吸血鬼と聖女と聖騎士と
第一章第22話 ゾンビ退治 後編
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2022/08/26 記述の不備を修正しました
================
嫌な予感がする。腐臭が強くなっていて鼻が曲がりそうだ。
あまりの臭いに私は顔をしかめているが、他の人達はクリスさんを含めて平気な顔をしている。こういう時は嗅覚の鋭い吸血鬼の体が憎たらしい。
村長さんの家の前に辿りつく。
「村長さん、無事ですか!」「「「村長!」」」
私たちは扉を開けて中に入るが返事はない。扉の鍵もかかっていなかった。
「中ではなさそうですね」
むしろ、家の外のほうが臭いがきつい。
「う゛ーー」
ゾンビのうめき声が聞こえる。昨日聞いた声よりも随分と声が高い。
「裏庭の方じゃないですか?」
若い衆の一人がそう言ってくる。なるほど。この家、裏庭なんてあったのか。
「案内してください」
「わかりましたっ」
私たちは彼に着いて村長宅を歩いていく。かなり奥まったところにある扉を開けると、小さな庭があり、さらにそこから森へと続く小道が伸びている。
腐臭はますます強くなってきて、ついにクリスさんたちも顔をしかめるようになった。
「うえぇぇ、臭いぃぃ」
「フィーネ様、あと少しの辛抱です。あの道を行ってみましょう」
あの匂いをあまり感じていないクリスさんたちはずるいと思う。
クリスさんに促されて私は森への小道を歩き出す。そして歩くこと数分、急に開けた場所に出た。
そこには膝をついている村長さんの姿があった。そしてその正面にはうめき声を上げながら村長さんへゆっくりと近づいていく、小さな女の子と思しきゾンビの姿がある。
そのゾンビの向こう側には小さな石碑が立っていて、何かが這い出てきたような穴が空いている。やはり、この石碑は墓石で、この小さな女の子のゾンビはそこから這い出てきたのだろう。
「メ、メアリーちゃん!?」
「ほんとうだ。あれはメアリーちゃんだ」
村の若い衆が驚愕している。どうやら何か事情を知っているようですね。
「何か知っているんですか?」
「あれは、去年の流行り病で死んでしまった、村長の孫娘のメアリーちゃんなんです。小さいのにやさしくて、器量よしで、思いやりもあって、村のみんなから好かれていた女の子なんです」
「村長は奥さんにも息子夫婦にも先立たれて、メアリーちゃんが唯一の肉親だったんです。メアリーちゃんを亡くしたときの村長の落ち込みようといったら、もう見ていられなくて」
あー、なるほど。それで共同墓地ではなく村長さんの家のすぐ側に埋葬した、と。
村長さんも若い衆も固まって動けなくなっている。それはそうだろう。自分の親しい人の死体がゾンビになって戻ってきて自分達を食べに来るなんて。もし現実世界で私のみにそんなことがあったら私も同じ反応をすると思うし、トラウマになる気がする。
ん? 待てよ? こういうイベントって、大抵は元に戻してあげるのが正解だったりするんじゃなかったっけ?
いや、でも病気で死んだっていう話だから無理か。いや、蘇生があればいけるのか?
最初のキャラ設定の時に、【蘇生魔法】の存在は見かけた覚えがある。たしか、【回復魔法】をオーバードライブさせるとレベル 1 の【蘇生魔法】が習得できるようになる、というような条件だったはずだ。多分。
で、死んでもどうせリスポーンするんだからわざわざ 10 ポイントを追加で割り振ってまで取得する必要はないだろう、と思って取得しなかった記憶がある。
あれ? 実はこれって蘇生魔法を持っていないと詰みなイベントだったりするのか?
ちょっと、うちの辞書に確認してみよう。
「クリスさん。あの子を助けてあげる方法って無いですかね?」
クリスさんが驚いたような呆れたような、そしてどことなく喜んでいるような、実に複雑な表情をしている。
うーん、自分が非常識なことは自覚しているけど。
「フィーネ様、やはりフィーネ様はお優しいお方なのですね。ですが、あのように迷ってしまった者はきちんと還してあげることが一番の救いです。ゾンビとなった者には自我が残っておりません。ゾンビとは、自らが失った生命力を求め本能のままに生者の血肉を喰らう哀れな魔物なのです。いくら生者の血肉を喰らったところで失った生命力を取り戻せるわけではないというのに……」
「そう……ですか……」
「元々は皆に好かれるような優しい子であったというなら尚のことです。大切な家族や村の者たちに危害を加えてしまう前に、この子にこれ以上罪を犯させないためにも、どうか彼女を還してあげてください」
私はちらりと村長さんと若い衆を見遣る。若い衆はその視線に気づき、こくりと頷く。
村長さんはしばらくの逡巡の後、苦しげな声を何とか絞り出した。
「お願いします……どうか……孫娘を……孫娘を……メアリーを救ってやってください」
最後のほうは涙声だった。NPC とはいえ、それは真に迫るもので、思わず胸が熱くなってしまった。
「分かりました。お任せください」
私は思った。ちょっとそれっぽい演技をしたらいいんじゃないか、と。
そこで、私は片膝をつくと両手を組んでお祈りのポーズを取る。そして、今適当に考えたそれっぽい呪文を唱えてみる。
「永遠《とわ》の時を彷徨いし迷える存在《もの》よ。この世ならざる虚ろな存在《もの》よ。我、フィーネ・アルジェンタータの名において、汝メアリーの迷える魂に救いを与えん。汝に天の祝福を。ホーリー・ブレス」
──── ちょっと強めに浄化魔法っと。臭いから早く浄化されてね
私を中心に辺り一帯に光が広がっていく。私はその光で目の前のゾンビが浄化されたのを感じる。
すると、あの鼻の曲がるようなあの臭いもしなくなった。悪は滅びた。めでたしめでたし!
「さあ、終わりました。外は寒いですし風邪をひかないうちに帰りましょう」
私は立ち上がると涙を流している村長さん、そして唖然としている若い衆とクリスさんを促してその場を後にする。
あれ? なんでクリスさんまで唖然としているの? もしかして出力間違えたかな?
とはいえ、クリスさんに何か聞かれるわけでも無かったので、私は村長さんの家に戻ってすぐにおやすみなさい、と一声かけて寝室へと直行した。だって、疲れたもの。
居間の方ではクリスさんが何か話しているようだが、もうゾンビ退治も終わったし任せておいて大丈夫だろう。
部屋に戻った私は寝巻に着替え、脱いだ服を収納に入れる。一瞬体を拭こうかとも思ったが、今はそれよりも眠気のほうが勝る。明日の朝でいいや、と自分を納得させた私はベッドに潜り込む。私の意識はあっという間に闇へと沈んでいった。
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嫌な予感がする。腐臭が強くなっていて鼻が曲がりそうだ。
あまりの臭いに私は顔をしかめているが、他の人達はクリスさんを含めて平気な顔をしている。こういう時は嗅覚の鋭い吸血鬼の体が憎たらしい。
村長さんの家の前に辿りつく。
「村長さん、無事ですか!」「「「村長!」」」
私たちは扉を開けて中に入るが返事はない。扉の鍵もかかっていなかった。
「中ではなさそうですね」
むしろ、家の外のほうが臭いがきつい。
「う゛ーー」
ゾンビのうめき声が聞こえる。昨日聞いた声よりも随分と声が高い。
「裏庭の方じゃないですか?」
若い衆の一人がそう言ってくる。なるほど。この家、裏庭なんてあったのか。
「案内してください」
「わかりましたっ」
私たちは彼に着いて村長宅を歩いていく。かなり奥まったところにある扉を開けると、小さな庭があり、さらにそこから森へと続く小道が伸びている。
腐臭はますます強くなってきて、ついにクリスさんたちも顔をしかめるようになった。
「うえぇぇ、臭いぃぃ」
「フィーネ様、あと少しの辛抱です。あの道を行ってみましょう」
あの匂いをあまり感じていないクリスさんたちはずるいと思う。
クリスさんに促されて私は森への小道を歩き出す。そして歩くこと数分、急に開けた場所に出た。
そこには膝をついている村長さんの姿があった。そしてその正面にはうめき声を上げながら村長さんへゆっくりと近づいていく、小さな女の子と思しきゾンビの姿がある。
そのゾンビの向こう側には小さな石碑が立っていて、何かが這い出てきたような穴が空いている。やはり、この石碑は墓石で、この小さな女の子のゾンビはそこから這い出てきたのだろう。
「メ、メアリーちゃん!?」
「ほんとうだ。あれはメアリーちゃんだ」
村の若い衆が驚愕している。どうやら何か事情を知っているようですね。
「何か知っているんですか?」
「あれは、去年の流行り病で死んでしまった、村長の孫娘のメアリーちゃんなんです。小さいのにやさしくて、器量よしで、思いやりもあって、村のみんなから好かれていた女の子なんです」
「村長は奥さんにも息子夫婦にも先立たれて、メアリーちゃんが唯一の肉親だったんです。メアリーちゃんを亡くしたときの村長の落ち込みようといったら、もう見ていられなくて」
あー、なるほど。それで共同墓地ではなく村長さんの家のすぐ側に埋葬した、と。
村長さんも若い衆も固まって動けなくなっている。それはそうだろう。自分の親しい人の死体がゾンビになって戻ってきて自分達を食べに来るなんて。もし現実世界で私のみにそんなことがあったら私も同じ反応をすると思うし、トラウマになる気がする。
ん? 待てよ? こういうイベントって、大抵は元に戻してあげるのが正解だったりするんじゃなかったっけ?
いや、でも病気で死んだっていう話だから無理か。いや、蘇生があればいけるのか?
最初のキャラ設定の時に、【蘇生魔法】の存在は見かけた覚えがある。たしか、【回復魔法】をオーバードライブさせるとレベル 1 の【蘇生魔法】が習得できるようになる、というような条件だったはずだ。多分。
で、死んでもどうせリスポーンするんだからわざわざ 10 ポイントを追加で割り振ってまで取得する必要はないだろう、と思って取得しなかった記憶がある。
あれ? 実はこれって蘇生魔法を持っていないと詰みなイベントだったりするのか?
ちょっと、うちの辞書に確認してみよう。
「クリスさん。あの子を助けてあげる方法って無いですかね?」
クリスさんが驚いたような呆れたような、そしてどことなく喜んでいるような、実に複雑な表情をしている。
うーん、自分が非常識なことは自覚しているけど。
「フィーネ様、やはりフィーネ様はお優しいお方なのですね。ですが、あのように迷ってしまった者はきちんと還してあげることが一番の救いです。ゾンビとなった者には自我が残っておりません。ゾンビとは、自らが失った生命力を求め本能のままに生者の血肉を喰らう哀れな魔物なのです。いくら生者の血肉を喰らったところで失った生命力を取り戻せるわけではないというのに……」
「そう……ですか……」
「元々は皆に好かれるような優しい子であったというなら尚のことです。大切な家族や村の者たちに危害を加えてしまう前に、この子にこれ以上罪を犯させないためにも、どうか彼女を還してあげてください」
私はちらりと村長さんと若い衆を見遣る。若い衆はその視線に気づき、こくりと頷く。
村長さんはしばらくの逡巡の後、苦しげな声を何とか絞り出した。
「お願いします……どうか……孫娘を……孫娘を……メアリーを救ってやってください」
最後のほうは涙声だった。NPC とはいえ、それは真に迫るもので、思わず胸が熱くなってしまった。
「分かりました。お任せください」
私は思った。ちょっとそれっぽい演技をしたらいいんじゃないか、と。
そこで、私は片膝をつくと両手を組んでお祈りのポーズを取る。そして、今適当に考えたそれっぽい呪文を唱えてみる。
「永遠《とわ》の時を彷徨いし迷える存在《もの》よ。この世ならざる虚ろな存在《もの》よ。我、フィーネ・アルジェンタータの名において、汝メアリーの迷える魂に救いを与えん。汝に天の祝福を。ホーリー・ブレス」
──── ちょっと強めに浄化魔法っと。臭いから早く浄化されてね
私を中心に辺り一帯に光が広がっていく。私はその光で目の前のゾンビが浄化されたのを感じる。
すると、あの鼻の曲がるようなあの臭いもしなくなった。悪は滅びた。めでたしめでたし!
「さあ、終わりました。外は寒いですし風邪をひかないうちに帰りましょう」
私は立ち上がると涙を流している村長さん、そして唖然としている若い衆とクリスさんを促してその場を後にする。
あれ? なんでクリスさんまで唖然としているの? もしかして出力間違えたかな?
とはいえ、クリスさんに何か聞かれるわけでも無かったので、私は村長さんの家に戻ってすぐにおやすみなさい、と一声かけて寝室へと直行した。だって、疲れたもの。
居間の方ではクリスさんが何か話しているようだが、もうゾンビ退治も終わったし任せておいて大丈夫だろう。
部屋に戻った私は寝巻に着替え、脱いだ服を収納に入れる。一瞬体を拭こうかとも思ったが、今はそれよりも眠気のほうが勝る。明日の朝でいいや、と自分を納得させた私はベッドに潜り込む。私の意識はあっという間に闇へと沈んでいった。
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