上 下
73 / 100

第73話 追放幼女、使者と話す(前編)

しおりを挟む
 ある日の昼下がり、久しぶりに中庭でゆっくり刺繍をしていると慌てた様子のウィルがやってきた。

「姫さん! 大変っす!」
「どうしたの? 何かあった?」
「へい。なんか、クラリントンのほうから鎧を着た奴らが来たんす。あれ、多分騎士っす! どうしやしょう? もしかして攻めてきたんじゃ……」
「ウィル、落ち着いて。相手は何人?」
「鎧を着てんのが三人っす。他に二人、商人っぽい奴がいやす」
「そうなんだ。うーん? ってことは、商人は案内役かな? あ! ちょっと待ってね。ええと、この子は61か。Bi-61、他の監視のスケルトンと連絡を取って、村から三キロ以内にいる村人以外の人の人数を数えてきて」

 カタカタカタカタ。

 Bi-61はすぐに外へと飛んでいき、数分で戻ってきた。

「人数分、頭を下げて」

 カタ、カタ、カタ、カタ、カタ。

「五人か。ってことは使者だね」
「使者っすか?」
「多分ね。方角的に、やっぱりサウスベリー侯爵かなぁ」
「サウスベリー侯爵っすか? それって姫さんの……」
「うん」
「……今さらなんなんすかね?」
「さぁ。でも話も聞かずに追い返したら下手すると戦争だし、一応会うよ。案内役の商人ってことは、どうせあいつらだよね?」
「え? あー、そうっすね。たぶん?」
「分かった。とりあえずウィルたちを出すわけにはいかないから、パトリックを呼んできて」
「へい」
「よろしくね」

 あたしはやりかけの刺繍道具の一式を片づけ、マリーのところへと向かうのだった。

◆◇◆

「頼もう!」

 セオドリックは水堀の岸辺に立ち、一人でそう呼びかけ続けていた。それからしばらくすると、街壁に設けられた門がゆっくりと開き、中から弓を背負ったパトリックが一人で出てきた。

 パトリックは係留してあるボートに乗り込み、ゆっくりとセオドリックのほうへと近づいていく。

 そして水堀の中ほどまで来たところでボートを止め、立ち上がる。

「ここはスカーレットフォード男爵領だ! ひめ……男爵閣下の許可なき者の立ち入りは禁じられている!」

 するとセオドリックは剣を地面に置いて堀のギリギリまで出て直立し、胸に右手を当てる。

「我が名は! セオドリック・ドーソン! サウスベリー侯爵騎士団の! 騎士爵である! サウスベリー侯爵閣下の! 名代として参った! スカーレットフォード男爵! オリヴィア・エインズレイ閣下への! お目通りを願う!」

 それを聞いたパトリックはやや視線を泳がせたが、すぐに言葉を返す。

「お……我が名はスカーレットフォード自警団のパトリック! サウスベリー侯爵閣下の使者殿を歓迎する!」

 そう言ってパトリックはボートを漕ぎ、セオドリックのところへとやってきた。

「どうぞ、お乗りください」
「うむ」

 セオドリックが乗り込み、続いてモンタギューとリチャードが乗り込む。さらに商人たちが乗り込もうとしたところでパトリックがそれを止める。

「そこの二人は出入り禁止だ! 性懲りもなく戻ってくるなんて、いい度胸っすね」
「えっ!?」
「そんな! ここは魔のも――」
「黙れ! スカーレットフォード男爵閣下に無礼を働いたのであれば自業自得であろう。貴様らはそこで我々の帰りを待て」
「「そんなぁ……」」

 商人たちは情けない声を出す。

「あ、動くっすよ」
「ああ」

 パトリックがそう声を掛けると、すぐにオールを漕ぎ始めたのだった。

◆◇◆

 あたしが身支度をしていると、パトリックが三人の騎士を案内したという連絡が入った。

 聞いたところによると、どうやら向こうはあたしの名前を把握していたらしい。

 要するに、あいつらはこっちが女だって分かった上でアポなしで来たということだ。

 失礼にもほどがあるでしょ!

 こっちが弱小の田舎男爵の小娘だって舐めているのかなんなのかは知らないけど、女性を訪問するというのに先触れもないって常識、どうなってるわけ?

 やっぱり生物学上の父親のところの騎士はやっぱり同類になるってこと?

 ここまでされてはさすがのあたしも腹に据えかねたので、身支度をしていると告げてそのまま待たせることにした。

 そうしてマリーに入念に支度をしてもらい、二時間ほど待たせてからあたしは騎士たちの通された応接室へと移動した。

 ちなみに今日のドレスはお葬式用に買った黒。もちろん、ちょっとした当てこすり。

「スカーレットフォード男爵閣下のお成り!」

 パトリックがらしくない口調でそう言って応接室の扉を開けてくれた。マリーと一緒に室内へと入ると、そこには三人の騎士がいて直立不動であたしを出迎える。

「スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイですわ。サウスベリー侯爵騎士団のみなさん、道がとても悪い中、ようこそお越しくださいました」
「はっ!」

 すると三人の騎士はあたしの前にひざまずいた。

「お初お目にかかり光栄でございます、男爵閣下。我が名はセオドリック・ドーソン。サウスベリー侯爵騎士団の騎士爵でございます。サウスベリー侯爵閣下の名代として参りました」
「ええ、よしなに」
騎士爵
 あたしはそう言ってニッコリと微笑んだが、内心は心臓が飛び出るんじゃないかというくらい驚いている。

 というのもこのセオドリックって騎士、まほイケだと悪役令嬢オリヴィアの手足となって散々に悪事を働いたキャラなのだ。

 どこかの男爵家出身の生粋の貴族主義者で、平民のことは虫けらぐらいにしか思っていないとんでもないやつだ。まほイケだと悪役令嬢オリヴィアに絶対服従を誓っていて、死んだ後すらも自ら望んでゾンビとなってオリヴィアの命令に従って悪事を働き続けていたほどだ。

 そんな重要な敵キャラがなんでここに!?

「男爵閣下、残る者たちをご紹介しても?」
「ええ」

 あたしはなんとか動揺を抑えつつ、余裕がある風を装って許可を出す。

「まずこちらの者がリチャード・ラス、こちらの者がモンタギュー・パーシヴァル。どちらも騎士爵にございます」
「そう。それじゃあ皆さん、お掛けになって」

 あたしはなんとかそう答えたが、情報が多すぎてもうすでに頭の中はパンク寸前だ。

 騎士爵、つまり魔法を使える貴族出身の騎士が三人もいるということだけでもとんでもないのに、このモンタギュー・パーシヴァルってやつ!

 あたしがちらりとマリーのほうを見ると、マリーは困ったような表情を浮かべつつも小さくうなずいた。

 ああ、やっぱり。こいつはマリーと関係があるんだ。

 あたしはなんとか平静を装いつつ、セオドリックの前の椅子に腰を下ろした。

「それでセオドリック卿、今日はどのような用件で?」
「はっ! まずはこちらが我が主、サウスベリー侯爵閣下から男爵閣下に宛てた親書でございます」

 セオドリックはそう言って封筒を渡してきた。たしかにサウスベリー侯爵の紋章を模った封蝋がなされている。

「親書の内容を口頭にてお伝えするようにとの命を受けております。ご許可いただけますでしょうか?」
「ええ、許します」
「はっ! 我が主、サウスベリー侯爵閣下はスカーレットフォード男爵閣下を保護し、本家にお迎えしたいとのご意向をお持ちです。つきましては我々と共にサウスベリーまでご同行いただきたく」

 は? あんなことをしておいて今さら!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

令嬢に転生してよかった!〜婚約者を取られても強く生きます。〜

三月べに
ファンタジー
 令嬢に転生してよかった〜!!!  素朴な令嬢に婚約者である王子を取られたショックで学園を飛び出したが、前世の記憶を思い出す。  少女漫画や小説大好き人間だった前世。  転生先は、魔法溢れるファンタジーな世界だった。リディーは十分すぎるほど愛されて育ったことに喜ぶも、婚約破棄の事実を知った家族の反応と、貴族内の自分の立場の危うさを恐れる。  そして家出を決意。そのまま旅をしながら、冒険者になるリディーだったのだが? 【連載再開しました! 二章 冒険編。】

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

【短編】捨てられた公爵令嬢ですが今さら謝られても「もう遅い」

みねバイヤーン
恋愛
「すまなかった、ヤシュナ。この通りだ、どうか王都に戻って助けてくれないか」 ザイード第一王子が、婚約破棄して捨てた公爵家令嬢ヤシュナに深々と頭を垂れた。 「お断りします。あなた方が私に対して行った数々の仕打ち、決して許すことはありません。今さら謝ったところで、もう遅い。ばーーーーーか」 王家と四大公爵の子女は、王国を守る御神体を毎日清める義務がある。ところが聖女ベルが現れたときから、朝の清めはヤシュナと弟のカルルクのみが行なっている。務めを果たさず、自分を使い潰す気の王家にヤシュナは切れた。王家に対するざまぁの準備は着々と進んでいる。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

処理中です...