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第64話 騎士団と魔の森(前編)
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翌日の早朝、セオドリックたちはスカーレットフォードへと向かう道の分岐がある場所へとやってきた。
分岐の入口の地面には数本の杭が打ち付けられており、馬車が通れないように封鎖されているが、人や馬であればその杭の間を通ることはできるだろう。ただ、その先の道は完全に藪と化しており、どこが道なのかすら判別がつかない状況だ。
「……もはや森の中を進むのと変わらんな」
「これは骨が折れそうですな、セオドリック卿」
「ああ。まったく、一体どれほどの憎悪があれば魔の森を通る唯一の道を塞ぐなどと言う発想となるのか」
セオドリックはそう言って眉を顰めた。
「まったくです。これだから、下賤な商人どもは……」
「金に目のくらんだ卑しい連中だからな。仕方あるまい。死後は地獄に落ちるだろうな」
「そうですな」
「さて、そろそろ行くぞ。この密度の藪は危険だ。草刈りをせよ!」
「はっ!」
セオドリックの命令に、従騎士たちが前に出る。
「草むらにはホーンラビットが潜んでいる可能性がある。刺されれば大怪我をすることになるだろう。十分に注意するように」
「「「はっ!」」」
従騎士たちは慎重に草むらへと近づき、草刈りを始めるのだった。
◆◇◆
それから半日ほどかけ、森の中へ五百メートルほど進んだセオドリックたちの前に立派な角を持つ大きな鹿が姿を現した。さらに引き締まった肉体と素晴らしい毛並みと相まって、一種の風格のようなものまで漂わせている。
「あれ? 鹿だ」
「大きいな。狩猟大会であんな鹿を捕まえられたらなぁ」
「優勝できるかもしれないな」
従騎士たちは呑気にそんなことを話していたが、すぐに背後からセオドリックの怒鳴り声が聞こえてきた。
「何をしている! あれは魔物だ! 従騎士たちは下がれ! 俺たちが出る!」
「えっ!?」
「あれが?」
恐怖で固まる者、好奇心からかよく見ようと身を乗り出す者、大慌てで逃げ出す者と、従騎士たちの反応は様々だ。
「馬鹿者! 早く下がれ!」
「ひっ!?」
セオドリックに一喝され、従騎士たちはようやくセオドリックたちの後ろへ下がっていく。
「フォレストディアだ! 来るぞ! 受け止めろ!」
「「「はっ!」」」
すると巨大な盾を持ち、金属製のフルアーマーを装備した騎士たちが前に並んだ。そんな彼らに向かってフォレストディアは目にも止まらぬ速さで突っ込んでくる。
ガキィィィィィン!
騎士の一人がフォレストディアの角をその盾で受け止めた!
「うぐっ」
あまりの衝撃にか、騎士はうめき声をあげる。
「今だ!」
「「「はっ!」」」
すると他の騎士たちが次々と槍をフォレストディアに向かって突き出した。ほとんどは硬い皮膚に弾かれたが、そのうちの一本がフォレストディアの腹部に突き刺さる。
キュゥゥゥゥ!
フォレストディアが特有の甲高い声で鳴いたかと思うと頭を下げた。すると次の瞬間、盾でフォレストディアの突進を止めていた男が高々と宙を舞う。
そう。フォレストディアが下から男をかち上げたのだ。
「ひるむな!」
セオドリックの怒号が飛び、騎士たちは次々と槍を突き出した。だがフォレストディアはそれを器用に躱し、距離を取る。
「来るぞ! 構えろ! 受け流し!」
「「「はっ!」」」
再び騎士たちが盾を構えた。対するフォレストディアはその身にほんの薄っすらとではあるが、オーラのようなものを纏っている。
キュゥゥゥゥ!
再び甲高い声で鳴いたかと思うと、今度は先ほどとは比べ物にならない程の速さで突進してきた。
だが騎士たちは先ほどの男のように正面から受け止めることはしなかった。角による体当たりを受け止める瞬間に角度をずらし、その衝撃を受け流す。
予想外の動きにフォレストディアはバランスを崩し、一列に並んだ騎士たちの間をよろめきながら抜けていく。そしての先には、剣を抜いたセオドリックが待ち構えていた。
「火の精霊よ。我が求めに応じ、我が刃に宿れ!」
セオドリックの剣が赤く燃え上がる。そして――
ザシュッ!
目にも止まらぬ速さの一撃が、フォレストディアの首筋を切り裂いていた!
キュィィィィ。
弱々しい鳴き声を上げたフォレストディアは、そのまま力なく地面に崩れ落ちた。すぐに肉の焼けた香ばしい匂いが漂ってくる。
そんなフォレストディアには目もくれず、セオドリックは次々と指示を出していく。
「お前たち、すぐにポール卿の手当てをせよ。そっちのお前はフォレストディアの肉を運べ。貴重な食料だ」
「「「はっ!」」」
「各自、装備の点検をせよ」
「「「はっ!」」」
指示に従い、騎士たちはテキパキと動いていく。一方のセオドリックはフォレストディアに吹っ飛ばされた騎士の許へとやってきた。
「ポール卿、大丈夫か?」
「……」
しかしポールは答えない。どうやら意識を失っているようだ。
ポールは従騎士たちによって次々に鎧が脱がされていく。
「……ずいぶんと顔色が悪いな。手首はどうだ?」
「はっ。今脱がせます」
すぐに籠手が脱がされる。
「異常はなさそうだな。しばらく寝かせておけ」
「はっ!」
そう言うと、セオドリックは騎士たちのほうへと歩いて行くのだった。
◆◇◆
一方その頃、町長の執務室に一人の若い男がやってきた。
「町長、ご報告いたします」
「ああ、なんの件ですか? 私は今、忙しいんです。手短にお願いしますよ」
「はい。緊急で予算を回した砂金の報奨金についてなのですが」
「ああ、あれですか。何かありましたか? まさかまた無くなったとでも?」
「いえ、違います」
「ならば何か?」
「はい。どうやらここ最近、まったく報奨金が支払われていないのです」
「ん? どういうことですか?」
「どうやら以前までと同じように砂金がほとんど採れなくなったそうです」
「……」
町長は一瞬考え込むような仕草をしたが、すぐにやれやれといったような表情で口を開く。
「つまり、流れてきた分を採り切ったということでしょうね。また大雨でも降れば流れてくるでしょう」
「そうなのでしょうか……」
「ええ。そのようなものです」
「それと……」
「まだ何か?」
「はい。この季節にしては珍しく、川の水位が下がっています。今のところは農業への影響は出ていませんが……」
「この前の嵐以降、まとまった雨が降っていませんからね。その影響でしょう」
「そうでしょうか……」
「そうに決まっています。他には?」
「いえ、以上です」
「ならばさっさと仕事に戻りなさい」
「はい。かしこまりました」
そう言って男は執務室から退室していった。その後ろ姿を見送った町長は大きなため息をつき、ぼそりと呟く。
「やれやれ。魔の森の道の復旧なんて、一体いくら掛かるんでしょうね。ただでさえ地下の件のダメージが残っているのに」
分岐の入口の地面には数本の杭が打ち付けられており、馬車が通れないように封鎖されているが、人や馬であればその杭の間を通ることはできるだろう。ただ、その先の道は完全に藪と化しており、どこが道なのかすら判別がつかない状況だ。
「……もはや森の中を進むのと変わらんな」
「これは骨が折れそうですな、セオドリック卿」
「ああ。まったく、一体どれほどの憎悪があれば魔の森を通る唯一の道を塞ぐなどと言う発想となるのか」
セオドリックはそう言って眉を顰めた。
「まったくです。これだから、下賤な商人どもは……」
「金に目のくらんだ卑しい連中だからな。仕方あるまい。死後は地獄に落ちるだろうな」
「そうですな」
「さて、そろそろ行くぞ。この密度の藪は危険だ。草刈りをせよ!」
「はっ!」
セオドリックの命令に、従騎士たちが前に出る。
「草むらにはホーンラビットが潜んでいる可能性がある。刺されれば大怪我をすることになるだろう。十分に注意するように」
「「「はっ!」」」
従騎士たちは慎重に草むらへと近づき、草刈りを始めるのだった。
◆◇◆
それから半日ほどかけ、森の中へ五百メートルほど進んだセオドリックたちの前に立派な角を持つ大きな鹿が姿を現した。さらに引き締まった肉体と素晴らしい毛並みと相まって、一種の風格のようなものまで漂わせている。
「あれ? 鹿だ」
「大きいな。狩猟大会であんな鹿を捕まえられたらなぁ」
「優勝できるかもしれないな」
従騎士たちは呑気にそんなことを話していたが、すぐに背後からセオドリックの怒鳴り声が聞こえてきた。
「何をしている! あれは魔物だ! 従騎士たちは下がれ! 俺たちが出る!」
「えっ!?」
「あれが?」
恐怖で固まる者、好奇心からかよく見ようと身を乗り出す者、大慌てで逃げ出す者と、従騎士たちの反応は様々だ。
「馬鹿者! 早く下がれ!」
「ひっ!?」
セオドリックに一喝され、従騎士たちはようやくセオドリックたちの後ろへ下がっていく。
「フォレストディアだ! 来るぞ! 受け止めろ!」
「「「はっ!」」」
すると巨大な盾を持ち、金属製のフルアーマーを装備した騎士たちが前に並んだ。そんな彼らに向かってフォレストディアは目にも止まらぬ速さで突っ込んでくる。
ガキィィィィィン!
騎士の一人がフォレストディアの角をその盾で受け止めた!
「うぐっ」
あまりの衝撃にか、騎士はうめき声をあげる。
「今だ!」
「「「はっ!」」」
すると他の騎士たちが次々と槍をフォレストディアに向かって突き出した。ほとんどは硬い皮膚に弾かれたが、そのうちの一本がフォレストディアの腹部に突き刺さる。
キュゥゥゥゥ!
フォレストディアが特有の甲高い声で鳴いたかと思うと頭を下げた。すると次の瞬間、盾でフォレストディアの突進を止めていた男が高々と宙を舞う。
そう。フォレストディアが下から男をかち上げたのだ。
「ひるむな!」
セオドリックの怒号が飛び、騎士たちは次々と槍を突き出した。だがフォレストディアはそれを器用に躱し、距離を取る。
「来るぞ! 構えろ! 受け流し!」
「「「はっ!」」」
再び騎士たちが盾を構えた。対するフォレストディアはその身にほんの薄っすらとではあるが、オーラのようなものを纏っている。
キュゥゥゥゥ!
再び甲高い声で鳴いたかと思うと、今度は先ほどとは比べ物にならない程の速さで突進してきた。
だが騎士たちは先ほどの男のように正面から受け止めることはしなかった。角による体当たりを受け止める瞬間に角度をずらし、その衝撃を受け流す。
予想外の動きにフォレストディアはバランスを崩し、一列に並んだ騎士たちの間をよろめきながら抜けていく。そしての先には、剣を抜いたセオドリックが待ち構えていた。
「火の精霊よ。我が求めに応じ、我が刃に宿れ!」
セオドリックの剣が赤く燃え上がる。そして――
ザシュッ!
目にも止まらぬ速さの一撃が、フォレストディアの首筋を切り裂いていた!
キュィィィィ。
弱々しい鳴き声を上げたフォレストディアは、そのまま力なく地面に崩れ落ちた。すぐに肉の焼けた香ばしい匂いが漂ってくる。
そんなフォレストディアには目もくれず、セオドリックは次々と指示を出していく。
「お前たち、すぐにポール卿の手当てをせよ。そっちのお前はフォレストディアの肉を運べ。貴重な食料だ」
「「「はっ!」」」
「各自、装備の点検をせよ」
「「「はっ!」」」
指示に従い、騎士たちはテキパキと動いていく。一方のセオドリックはフォレストディアに吹っ飛ばされた騎士の許へとやってきた。
「ポール卿、大丈夫か?」
「……」
しかしポールは答えない。どうやら意識を失っているようだ。
ポールは従騎士たちによって次々に鎧が脱がされていく。
「……ずいぶんと顔色が悪いな。手首はどうだ?」
「はっ。今脱がせます」
すぐに籠手が脱がされる。
「異常はなさそうだな。しばらく寝かせておけ」
「はっ!」
そう言うと、セオドリックは騎士たちのほうへと歩いて行くのだった。
◆◇◆
一方その頃、町長の執務室に一人の若い男がやってきた。
「町長、ご報告いたします」
「ああ、なんの件ですか? 私は今、忙しいんです。手短にお願いしますよ」
「はい。緊急で予算を回した砂金の報奨金についてなのですが」
「ああ、あれですか。何かありましたか? まさかまた無くなったとでも?」
「いえ、違います」
「ならば何か?」
「はい。どうやらここ最近、まったく報奨金が支払われていないのです」
「ん? どういうことですか?」
「どうやら以前までと同じように砂金がほとんど採れなくなったそうです」
「……」
町長は一瞬考え込むような仕草をしたが、すぐにやれやれといったような表情で口を開く。
「つまり、流れてきた分を採り切ったということでしょうね。また大雨でも降れば流れてくるでしょう」
「そうなのでしょうか……」
「ええ。そのようなものです」
「それと……」
「まだ何か?」
「はい。この季節にしては珍しく、川の水位が下がっています。今のところは農業への影響は出ていませんが……」
「この前の嵐以降、まとまった雨が降っていませんからね。その影響でしょう」
「そうでしょうか……」
「そうに決まっています。他には?」
「いえ、以上です」
「ならばさっさと仕事に戻りなさい」
「はい。かしこまりました」
そう言って男は執務室から退室していった。その後ろ姿を見送った町長は大きなため息をつき、ぼそりと呟く。
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