追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎

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第58話 追放幼女、ますます噂をされる

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 それから経ったある日の午前中、王宮の洗濯場で下女たちが大量のリネンの洗濯をしながら雑談をしていた。

「ねえ、聞いた? あの噂」
「噂って、あの悪魔きの?」
「そうそう。怖いわよね~。父親がこーんな小さな自分の娘を乱暴して殺すなんて」

 そう言って下女の一人は自分の太ももぐらいの高さを示した。当然のことではあるが、八歳のころのオリヴィアの身長はそれよりも遥かに高い。

「なんかね。その子、天才児だったらしいのよ」
「えっ? 天才? 貴族の子供が天才ってことは、魔力がすごいんでしょ?」
「多分ね」
「ならなんでそんな子を殺すわけ? 絶対偉くなるはずでしょ?」
「噂なんだけど、なんかその子って、前妻の子供らしいのよ」
「そうなの?」

 下女たちの手がピタリと止まり、視線が彼女に一気に集中する。

「うん。それでね。後妻との間にできた子供に爵位を継がせたかったからなんじゃないかって」
「でも、だからってそんな小さい子に乱暴はしないんじゃない?」
「ほら、そこは悪魔憑きだからよ。普通の人がしないようなことをするのが悪魔憑きでしょ?」
「たしかにそうよね」
「でしょ? 司祭様も悪魔憑きで神罰を受けるって断言してたらしいし」
「そうなの?」
「うん。らしいよ」
「じゃあもしかして、サウスベリーって……」
「ね。近づかないほうがいいかも」
「あたし、親に手紙を出しておくわ。サウスベリーは危ないみたいって」
「あたしも」

 そんな話をしていると、ベテラン風のメイドが怖い顔をしながら近づいてきた。

「ちょっと! あなたたち! 仕事は終わったの?」
「あっ!」
「はーい! 今やってます!」
「今日は午後から雨が降るかもしれないって言いましたよね!」
「わかってまーす」

 下女たちは慌てて仕事を再開するのだった。

◆◇◆

 その日の午後、ルディンハムは突然の土砂降りに見舞われた。市場で商品を広げていた行商人たちは大慌てで商品を片づけていく。

「ああ、まったく。なんでこの季節にこんな大雨が降るんだよ」

 思わずそんな愚痴をこぼした行商人に、隣で片づけをしていた別の行商人が答える。

「そりゃあ、アレだろ? 悪魔憑きがこの国にいるからじゃないか?」
「は!? 悪魔憑きだって!?」
「なんだ、知らないのか? 有名な話だぞ」
「聞いたことないぞ。どういうことだ?」

 行商人たちはテキパキと片づけながらも話を続ける。

「なんか、サウスベリー侯爵が悪魔憑きらしいんだよ。教会の司祭様も神罰を予言しているらしい」
「はあっ!? 本当か!?」
「ああ。なんでも幼い実の娘に乱暴をした挙句、それを隠蔽するためにめった刺しにして魔の森に捨てたらしい」
「うわぁ……」
「しかも、そのときの侯爵は全身血まみれになりながら高笑いをしていたらしいぞ」

 あまりの衝撃に、片づけをする手が止まる。

「おいおい、商品が濡れちまうぞ」
「おっと! そうだった」

 指摘された男はすぐに片づけを再開する。

「でも、それって本当なのか?」
「なんか、司祭様が言ってたんだってよ。何人ものお客さんがそう言ってたし、何より、いくつかの有力な商会がサウスベリー侯爵領を避け始めてるんだ」
「有力な商会?」
「ああ。たとえばハンプソン商会とか」
「ハンプソン商会? それってたしか……砂糖の?」
「そうそう。そのハンプソン商会だ。あそこがサウスポートの港を使っていたのは知ってるだろ?」
「そりゃあ、もちろん。そもそもサウスポートは国で一番の港なんだし、使わない手はないだろう? 設備も道も、一番整ってるのはあそこだしな」
「でも、今はもう使ってないらしいぜ」
「え? じゃあどこの港を使ってるんだ?」
「それが、テイルベリーってとこらしい」
「どこだ? それ?」
「南東のほうにある小さな男爵領の港らしい」
「へぇ。聞いたことないな」
「実際、結構遠いらしいぜ。ここに来るのにも、サウスポートからと比べると倍以上掛かるらしいぞ」
「なんだ。大損じゃないか。それでもわざわざサウスポートを避けるってことは……」
「そういうことなんじゃないか?」
「なるほどなぁ。サウスベリーには近づかないほうが良さそうだな」
「だろ? 俺もサウスベリーにはしばらく行かないからな。悪魔なんか、関わらないに越したことはないぜ」
「だな。異端審問とか、冗談じゃないな」

◆◇◆

 一方その頃、サウスベリー侯爵領随一の港町であるサウスポートにサウスベリー侯爵の姿があった。

 どうやら港の視察に来たのか、部下らしき男たちを連れながらまるまると太った腹を揺らしてのっしのっしと歩いている。

「ご覧のとおり、複数の商会を追い出してタークレイ商会用の倉庫スペースを確保しました」
「そうかそうか。ようやく取れた砂糖と香辛料の交易権だからな。たっぷりと儲けるんだぞ」
「はっ! お任せください。ただ、立退料をかなり支払いましたので……」
「そんなものはすぐにでも回収できるだろう。砂糖と香辛料だぞ?」
「それはそうですが、元々権益を持っていた商会は残っていますし……」
「サウスポート以上に便利な港などあるものか。陸送の距離が伸びてうちには価格で対抗できないといったのはお前だろうが」
「はい。それはそうですが……」
「なんだ? まだあるのか?」
「はい。商会の数が減ったために働き手が減りまして、様々な方面に影響が……」
「同じ仕事をさせればいいだろうが」
「ですが……」
「いいからきっちりやれ。あとはブライアンにでも聞いておけ」
「……かしこまりました」

 するとサウスベリー侯爵は満足げな面持ちとなり、立ち並ぶレンガ造りの倉庫を見回すのだった。
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