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第16話 追放幼女、後悔する
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「お嬢様……」
「うん。あれがあたしのやってしまった結果だよ」
目的の場所にやってきたあたしたちが見たのは、バラバラになっているのに蠢いているおぞましい緑色の肉片だった。
そう。あれが死霊術によって作られたゾンビの末路だ。
自然に発生したゾンビは日の光の下では消滅し、夜になるとまた復活する。だが死霊術によって作られたゾンビは闇の魔力を帯びているため、たとえ日の光を浴びたとしても消滅することはない。
だから術者が解放するか、光の神聖魔法によって浄化されない限り、永遠にああして苦しみ続けることになるのだ。
あのまま放っておけばゴブリンの魂は穢れ、輪廻の輪に戻れなくなってしまう。
いくら相手が襲ってきたゴブリンだとしても、たとえ自分たちが殺されかけたという状況だったとしても、それでもやっていいことと悪いことはあると思う。
あたしは罪の証であるゾンビからすぐさま魂を解放し、あの世に送ってやる。するとゴブリンのゾンビは崩れ去り、跡形もなく消滅した。
続いてあたしは連れてきたゴブリンのスケルトンたちに指示を出す。ゴブリンに破られた壁は壊れたままで、このままでは簡単に魔物や危険な野生動物の侵入を許してしまう。
「G-1、G-2、G-3、ここから魔物や動物が入ってこないようにここを守って」
カタカタカタカタ。
「G-4、ゴブリンの死体を掃除して、一ヵ所にまとめて」
カラン。
スケルトンたちは即座に命令を実行に移す。
「マリー、行こうか」
「はい」
それからあたしたちは魂を送ってやるために死んでしまったアントンとローランドの家に向かったが、二人の魂はすでにこの世にはいなかった。
なので墓に入るのを待つ二人の遺体に祈りを捧げ、最後の犠牲者であるアリスの家へと向かった。
家に入ると、ゴブリンと戦って重傷を負ったモーリスがベッドに寝かされており、安置された遺体を三人の子供たちが囲んでいた。
アリスの魂は……まだここに留まっている。
うん。そうだよね。かわいい子供が三人もいて、新しい旦那さんと子供を作ろうって意気込んでたんだもん。未練がないわけがない。
でもね。ここにいちゃダメなんだ。死んでしまった人の魂はあの世に行かないといけない。
「モーリス」
「はい……」
意識ははっきりしているようで、モーリスはベッドの上からしっかりと返事をした。
「これからアリスの魂をあの世に送るよ。最後の別れになるけど、心の準備はいい?」
「はい」
「えっと、君はたしかピーターだっけ?」
アリスの子供たちの中で、一番年上の男の子――といっても十二歳なので肉体年齢的にはお兄さんだけど――に声を掛ける。
「はい」
「悪いけど、モーリスがお母さんとお別れできるように、体を起こしてあげてくれる?」
「……」
「このままお母さんがゾンビとして彷徨うのは、見たくないよね?」
「……っ!」
ピーターは小さく息を呑み、唇をきゅっと噛んだ。
「ピーター、すまない。辛いのは分かっているが……」
モーリスにそう言われ、ピーターはハッとした表情となった。そしてすぐにモーリスに寄り添う。
「おじさん」
「ああ。すまない。ありがとう」
「うん……」
ピーターはモーリスの背中に手を差し入れると、その上体を起こしてやった。モーリスの表情こそ苦痛に歪んでいるが、それでもしっかりとアリスの遺体を見据えている。
「じゃあ、いくよ」
あたしはアリスの魂に向けて葬送魔法を発動した。するとモーリスたちにもその姿が見えるようになったようで、四人ともハッと息を呑んだ。
「「お母さん!」」
下の二人の子供――たしか名前はヘレナとテッドで、それぞれ十歳と七歳の女の子と男の子だ――が同時に叫んだ。
「お母さん……」
「アリス……」
ピーターとモーリスも辛そうに呼び掛ける。そんな四人にアリスの魂も気付いたのか、寂しげで、それでいてとても優しい笑みを向けた。
アリスの魂はまずテッドとヘレナのところに行き、優しく二人を抱きしめる仕草をしながら何かを語り掛けた。声が聞こえているはずはないのだが、二人にはきちんと想いが伝わったのだろう。
「お母さん!」
「やだ! 行っちゃヤダ!」
「お母さん! お母さん!」
二人はしばらくそうして泣き叫んでいたが、徐々にその声は小さくなり、やがてすすり泣きへと変わっていった。
続いてアリスはピーターを抱きしめ、同じように何かを囁いた。そして少しの間ピーターを抱きしめる。
最後はモーリスのところへと向かい、同じようにモーリスも抱きしめた。
そうしているうちにやがてアリスの魂は徐々に色褪せていき、そして、そして……。
ついには見えなくなった。
「……あ、お母さん? お母さん!? お母さぁぁぁぁぁん!」
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
テッドとヘレナは大声で泣き、ピーターとモーリスも嗚咽を漏らしている。
そんな四人の慟哭に触れ、胸が抉られるような気分になる。
ごめんなさい。
あたしがもっと上手くやっていれば。
あたしが判断を間違えなければ……。
「うん。あれがあたしのやってしまった結果だよ」
目的の場所にやってきたあたしたちが見たのは、バラバラになっているのに蠢いているおぞましい緑色の肉片だった。
そう。あれが死霊術によって作られたゾンビの末路だ。
自然に発生したゾンビは日の光の下では消滅し、夜になるとまた復活する。だが死霊術によって作られたゾンビは闇の魔力を帯びているため、たとえ日の光を浴びたとしても消滅することはない。
だから術者が解放するか、光の神聖魔法によって浄化されない限り、永遠にああして苦しみ続けることになるのだ。
あのまま放っておけばゴブリンの魂は穢れ、輪廻の輪に戻れなくなってしまう。
いくら相手が襲ってきたゴブリンだとしても、たとえ自分たちが殺されかけたという状況だったとしても、それでもやっていいことと悪いことはあると思う。
あたしは罪の証であるゾンビからすぐさま魂を解放し、あの世に送ってやる。するとゴブリンのゾンビは崩れ去り、跡形もなく消滅した。
続いてあたしは連れてきたゴブリンのスケルトンたちに指示を出す。ゴブリンに破られた壁は壊れたままで、このままでは簡単に魔物や危険な野生動物の侵入を許してしまう。
「G-1、G-2、G-3、ここから魔物や動物が入ってこないようにここを守って」
カタカタカタカタ。
「G-4、ゴブリンの死体を掃除して、一ヵ所にまとめて」
カラン。
スケルトンたちは即座に命令を実行に移す。
「マリー、行こうか」
「はい」
それからあたしたちは魂を送ってやるために死んでしまったアントンとローランドの家に向かったが、二人の魂はすでにこの世にはいなかった。
なので墓に入るのを待つ二人の遺体に祈りを捧げ、最後の犠牲者であるアリスの家へと向かった。
家に入ると、ゴブリンと戦って重傷を負ったモーリスがベッドに寝かされており、安置された遺体を三人の子供たちが囲んでいた。
アリスの魂は……まだここに留まっている。
うん。そうだよね。かわいい子供が三人もいて、新しい旦那さんと子供を作ろうって意気込んでたんだもん。未練がないわけがない。
でもね。ここにいちゃダメなんだ。死んでしまった人の魂はあの世に行かないといけない。
「モーリス」
「はい……」
意識ははっきりしているようで、モーリスはベッドの上からしっかりと返事をした。
「これからアリスの魂をあの世に送るよ。最後の別れになるけど、心の準備はいい?」
「はい」
「えっと、君はたしかピーターだっけ?」
アリスの子供たちの中で、一番年上の男の子――といっても十二歳なので肉体年齢的にはお兄さんだけど――に声を掛ける。
「はい」
「悪いけど、モーリスがお母さんとお別れできるように、体を起こしてあげてくれる?」
「……」
「このままお母さんがゾンビとして彷徨うのは、見たくないよね?」
「……っ!」
ピーターは小さく息を呑み、唇をきゅっと噛んだ。
「ピーター、すまない。辛いのは分かっているが……」
モーリスにそう言われ、ピーターはハッとした表情となった。そしてすぐにモーリスに寄り添う。
「おじさん」
「ああ。すまない。ありがとう」
「うん……」
ピーターはモーリスの背中に手を差し入れると、その上体を起こしてやった。モーリスの表情こそ苦痛に歪んでいるが、それでもしっかりとアリスの遺体を見据えている。
「じゃあ、いくよ」
あたしはアリスの魂に向けて葬送魔法を発動した。するとモーリスたちにもその姿が見えるようになったようで、四人ともハッと息を呑んだ。
「「お母さん!」」
下の二人の子供――たしか名前はヘレナとテッドで、それぞれ十歳と七歳の女の子と男の子だ――が同時に叫んだ。
「お母さん……」
「アリス……」
ピーターとモーリスも辛そうに呼び掛ける。そんな四人にアリスの魂も気付いたのか、寂しげで、それでいてとても優しい笑みを向けた。
アリスの魂はまずテッドとヘレナのところに行き、優しく二人を抱きしめる仕草をしながら何かを語り掛けた。声が聞こえているはずはないのだが、二人にはきちんと想いが伝わったのだろう。
「お母さん!」
「やだ! 行っちゃヤダ!」
「お母さん! お母さん!」
二人はしばらくそうして泣き叫んでいたが、徐々にその声は小さくなり、やがてすすり泣きへと変わっていった。
続いてアリスはピーターを抱きしめ、同じように何かを囁いた。そして少しの間ピーターを抱きしめる。
最後はモーリスのところへと向かい、同じようにモーリスも抱きしめた。
そうしているうちにやがてアリスの魂は徐々に色褪せていき、そして、そして……。
ついには見えなくなった。
「……あ、お母さん? お母さん!? お母さぁぁぁぁぁん!」
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
テッドとヘレナは大声で泣き、ピーターとモーリスも嗚咽を漏らしている。
そんな四人の慟哭に触れ、胸が抉られるような気分になる。
ごめんなさい。
あたしがもっと上手くやっていれば。
あたしが判断を間違えなければ……。
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