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#11 Piece of my heart 〜心のかけらを粉々に飛び散らせるのは避けねばならなかった(4)

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 大騒ぎしながら2人は旅館に到着。響子が笑顔で出迎える。

「貴明ちゃん!またすぐ会えると思わなかったよ。こちらが前に言ってた妹さん?やーめんこいねー、本当に兄妹なの?」

 澄香がこの苦境に陥っているのは、ある意味響子の言葉が一因だ。だが、どうせ不可避だった挑戦のキッカケを与えてくれた響子には、むしろ感謝すべきかもしれない。

「妹の澄香。こちら阿寒の幼なじみの本間響子さんだよ」

「よろしくお願いします!」

「やー美人さんだわー。部屋は1部屋しか押さえれなかったけど…いいんでしょお?」 

「なんでそこで悪い顔なんだよ⁉︎妹だっての」

「ああそうだ、私明日から会合で釧路に行くんだわ。私がいない間もごゆっくりね」 


 それは気が楽だと、貴明は申し訳なくもホッとした。響子が迷惑なわけではないが、この旅は何が起きても不思議ではないのだから。


 2人は部屋に落ち着く。日本旅館だが純和風ではなく、ところどころにアイヌ紋様の飾りがあった。貴明は阿寒にいる頃、素朴で力強いアイヌの文化に惹かれていたので、こうした演出は嬉しくも懐かしい。


 軽く荷物を整理し、さっそく大浴場に向かう。澄香が離れないとはいえさすがに風呂まで一緒というわけにもいかず、先に上がった貴明は澄香を待っていた。

「遅い!何時間入ってんだか」

「女ですもの、おほほほ。ここの温泉最高だね。見て、お肌がスベスベなの!」

「よかったな、ほらアイス」

「わーありがとう!あ、あれゲーセン?見てみようよ!」

 いい感じの侘しさがスパイスの、正統派の「遊戯場」に入った。


「お兄ちゃん。こ、これは…澄香はぜんぜん知らないゲームばかりです。なんですかこの画面に貼ってるセロハンは?」

「そりゃあ温泉ったらレトロゲームだからな。むしろ最新機種があると引くね。ほらみろ、このピエロのやつ!こいつの音源をYMOが大胆に引用してだな…」

「うわー温泉でも面倒くさーい。あっ!これやろお兄ちゃん、もぐらたたき」

「やるか、だが俺に勝てると思うなよ!」


 澄香はすっかり調子が良くなったように見える。普段の無邪気で可愛い妹だ。どうしてこいつが、残酷な運命に翻弄されなければならないのか…

 
 夕食。御膳が部屋に運ばれる旅館ならではの食事は、澄香は初めてだ。今までの記憶が偽りだとわかると、むしろ体験するすべての出来事が子どものように新鮮に映る。手際良くセットされる豪華な料理に、澄香は目を回さんばかりにはしゃいでいる。


「おおお兄ちゃん!これがジャ、ジャパニーズディナールですか⁉︎」

「落ち着け澄香。ディナールって何だ。待て待て!それは火をつけないと食えん!」

 一人鍋を即食べようとする澄香を制し、貴明が固形燃料に火をつける。

「ひやあー、すごいねえ。これお鍋だったんだ。ダ・和食だね」

「日本人でもなかなかこういうのは食べられないけどな。響子が気を利かせてくれたらしいが、カニもついてて豪華すぎないかコレ?支払いが…」

「お兄ちゃん!澄香は感動しています。このメザシ的な魚もとっても香ばしいね」

「落ち着け澄香。それは柳葉魚だ。今では高級魚だからよく味わうんだぞ」

「これが柳葉魚!子持ちだ!美味しー」

 両頬に手を当てて満面の笑みを見せる澄香。貴明は嬉しくなり、酒も手伝って饒舌になる。


「そうだ澄香、アイヌ語で神は『カムイ』っていうんだぜ。不思議じゃないか?和人が北海道に来る前からそう呼んでるはずなのに、発音が日本語の『神』と近いのは何故だろうな」

「へえ、そういえばそうだね。カムイってどんな姿なの?」

「自然崇拝だから、動物の姿を借りてるんだ。フクロウ、オオカミ…」

「確かにここの自然には、得体の知れない力を感じちゃうよね」
「でも鮭や柳葉魚とかの魚は神の化身ではなく、神が贈ってくれる食べ物だそうだ。昔は数が多くてなんぼでも獲れたんだな。ちょっと都合いい気もするけど、素朴で奥深いだろ」


 いつになく喋る貴明を、微笑みながら見つめる澄香。一緒の時間が宝物に感じる。ジャニスが歌った「心のかけら」。今の2人の心のかけらは、少しばかり散逸しているかもしれない。だが今はそれを拾い集めて分け合いたいほどに、互いを慈しむひとときを過ごしていた。


 その後も澄香は、御膳を下げ、布団を敷くところまで仲居さんがやってくれることに感動しっぱなし。あまりのハイテンションに体調が心配になり、2人は早々に寝ることにした。

「ね、こうやって布団が並んでると新婚さんみたいだね。ドキドキ」

「ばっばっバカ言え、いいから寝ろ。速かに寝ろ」

「あはー、お兄ちゃん真っ赤ー!大丈夫、すみかちゃんを悲しませることはしませんよ」

 と言いながらも、澄香は貴明の布団にいそいそと潜り込んでくる。控えめで柔らかな胸が左腕に当たり、乱れた浴衣の裾から覗く白い太ももがまぶしい。


「阿呆なのかー!それがすみかちゃんを悲しませるやつー!」

「えへ、今日だけ。休憩だけで何もしないからさあ、よろしおまっしゃろ」

「されてたまるか!あとエセ関西弁!」

「温かい…。私ね、偽の記憶とわかった今でも、子どもの頃にお兄ちゃんとこうやって一緒に寝た思い出は忘れたくないよ」


 澄香は貴明の胸に顔を埋める。洗い髪の甘い香りが鼻をくすぐる。貴明は愛しさあまって、壊れそうに華奢な澄香の肩を抱きしめ、静かな声で話す。

「俺はさ、カムイの力を借りるためにここに来たんだ。初めての神頼みだよ」

「さっそく効果ありかも。澄香は元気になれそうです。でも、もしも澄香が…」


 その先は聞きたくない。言わせたくない。

「な、もう寝よう。しょうがねえからこのままくっついててやるからさ」

「うん…お休み」

 澄香は目を閉じ、ここに来てついに顕著になってきた、重大な体の違和感を考えていた。


(さっきお風呂で、爪先が少し欠けてるように見えた。足は実際になくなってはいないし、痛くもなく歩けるけど…あはは、嫌だな。これが進んで最後に…私は消えるんだ…)


 澄香はあふれそうな涙を悟られぬよう、貴明の腕の中で寝返りを打ち、背を向け、想う。

(お兄ちゃん。澄香はきっともう終わりです。許してね。怒らないでね)


「ん…ど、うした…澄香ー。風邪引く、ぞー」

 寝ぼけて問いかける貴明。澄香は背を向けたまま振り向けず、涙を堪えるのに必死だ。


(ずっとあなたが好きでした。最後に気持ちを伝えなきゃ…)

 澄香は体を向き直し貴明を抱きしめ、その胸で涙を拭った。



 時は、迫っていた。

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