11 / 13
10 白馬の盗賊
しおりを挟む
旅の仲間としてのエディサマルは、最初の印象とは裏腹に、驚くほど優秀だった。
道案内として頼りになるだけでなく、野盗に襲われた際には抜群の働きをみせてくれる。
さらに、退屈な道中の話し相手として話題も豊富なのだから、警戒心の強いアリアネであっても、いつしかすっかり打ち解けて長旅を楽しんでいた。
心配だった酒癖と女癖の悪さに関しても、旅のあいだは嗜む程度になりを潜めている。
夜のキャンプ時にはいくらか酒を飲んでいるものの、アリアネの寝込みを襲うようなことは一切なく、交代での見張りもサボらずにこなしてくれているようだった。
会話の端々に品のないジョークを紛れ込ませるのが玉に瑕ではあったが、アリアネはその種の言葉にとても疎いため、幸いなことにほとんど耳に届かなかった。
そうしてべスピアを出てから2週間ほどが経ち、アリアネの人生最期の旅も終わりが近づいてきた――
「さて、嬢ちゃん。
ここからが気の引き締めどきだ。
盗賊が増えるから、奇襲に警戒して進むといい」
「そうなのか?
そろそろヘルベルト様の領地に差しかかる頃だと思うのだが。
噂では交易が盛んでずいぶんと豊からしい」
「だから危険が寄ってくる。
羽振りのいい商人が行き来してるってことだからな」
エディサマルの言うとおりだった。
護衛つきの隊商ではなく、たった2人だけの旅人というのが手軽に襲える相手に見えてしまうのかもしれない。
隻眼の女と大男という見るからに厄介そうなコンビであっても、人数さえ上回っていれば楽勝とばかりに、次から次へと襲いかかってくる。
「私が女だから悪いのか?
ここらへんの盗賊全員に狙われてるんじゃないかってくらい斬り捨てた気がするよ。
報奨金をもらいたいくらいだ」
「ヘルベルト辺境伯様なら、言えばくださるかもな。
俺ほどのモノは持ってないが、あいつもなかなかにでっかい男だ」
「もったいぶらずにいい加減教えてほしいんだが、お前はヘルベルト様とどういう――」
チッ、と舌打ちするアリアネ。
世間話をする暇もなく、覆面をした盗賊たちが姿をみせた。
(数は……クソッ、8人もいる。
ここにきて最大の窮地かもしれない)
アリアネ1人で3人程度なら普通に対処できるが、それ以上となると相手の練度しだいでは苦しくなる。
連携なしに個別に斬りかかってくる相手ならともかく、時間差で剣を振るような工夫をされると、いかに力量で圧倒していても無傷で切り抜けるのは難しいだろう。
さすがにいったん逃げるべきか――
そう思って辺りを窺っていると、8人の盗賊たちの背後から、さらにもうひとり姿を現した。
同じような覆面をしているが、明らかに雰囲気が他と異なる。
金持ちから奪ったであろう見事な白馬にまたがったそと男は、すらりと長い剣を抜き、強者特有の落ち着き払った動作でエディサマルのほうへと剣先を向けた。
一騎打ちをするつもりだ。
「嬢ちゃん、逃げろ!
俺のことは気にしなくていい!」
エディサマルはそう叫ぶと、これまで見せたことのない真剣な表情で相手を迎え撃った。
激しい剣戟。
今のところ他の8人が加勢する様子はないが、1体1でも、あのエディサマルが押されているようにみえる。
(逃げろだと?
仲間を置いてそんなことができるわけがない。
だがここは、逃げるふりをしてでも他の連中を引きつけなければ。
エディサマルが優勢になった瞬間、やつらが一気に襲いかかるつもりなのは火を見るより明らかだ)
アリアネはわざと大回りをして、8人全員の注目を集めてから駆け出した。
そのまま小高い丘の上まで走り、逃げるようなそぶりを見せながらエディサマルの戦況をつぶさに見守る。
(白馬の男は手数こそ多いが、一撃一撃の重さならエディサマルのほうに分がある。
落ち着いて弾いて、弾いて……よし、そこだ!)
エディサマルの渾身の一撃を、白馬の男は剣で受けた。
が、衝撃を逃しきれない。
弾けるように剣が上空を舞い、白馬の男は丸腰になった。
「エディサマル!
今だ、一気にやってしまえ!」
他全員を引きつけておいたことがここで生きる。
彼らがボスのピンチに気づいた時には、エディサマルは不敵な笑みを浮かべ、剣を持たない白馬の男を頭から真っ二つに叩き割ろうとしていた。
が、
覆面を被った頭に剣が当たる直前、彼は白馬から跳ね、エディサマルの馬の上へと飛び移った。
曲芸師のように器用に背中に回ると、ちょうどそこに、先ほど跳ね飛ばされた長剣が落ちてくる。
計算していたかのごとくそれを掴み取った男は、エディサマルの背中に取り付いたまま、喉笛を斬り裂くように剣を真横に引いた。
「エディサマルー!!」
巨体がどさりと馬から落ちる。
離れていてよく見えないが、間違いなく致命傷を負っているだろう。
「……嘘、だろ?」
ダージアのアリアネは動揺した。
百戦錬磨の隻眼の女剣士は、仲間と共闘したことがなかったからだ。
敵と認識した相手の死ならいくらでも見てきたが、さっきまで横にいて談笑していた者の死を目にするのは、それこそ両親が殺されたとき以来の経験だった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」
叫びながら丘を駆け降りた。
取り乱して剣を振るアリアネを、エディサマルから奪った馬にまたがった男は冷静にさばく。
剣筋は乱れているし、防御のことも頭にない。
剣を振るたびにガラ空きになるアリアネの胴体を男はあえて斬らず、彼女の息が上がるまで相手をすると、最後は剣を使うまでもないと言わんばかりに腹部に拳を叩き込んだ。
「ぐうっ……。
師匠……ごめんなさい……」
そう呟いて意識を失ったアリアネの右目からは、自らの無力さを嘆くように一筋の涙が流れ落ちた。
道案内として頼りになるだけでなく、野盗に襲われた際には抜群の働きをみせてくれる。
さらに、退屈な道中の話し相手として話題も豊富なのだから、警戒心の強いアリアネであっても、いつしかすっかり打ち解けて長旅を楽しんでいた。
心配だった酒癖と女癖の悪さに関しても、旅のあいだは嗜む程度になりを潜めている。
夜のキャンプ時にはいくらか酒を飲んでいるものの、アリアネの寝込みを襲うようなことは一切なく、交代での見張りもサボらずにこなしてくれているようだった。
会話の端々に品のないジョークを紛れ込ませるのが玉に瑕ではあったが、アリアネはその種の言葉にとても疎いため、幸いなことにほとんど耳に届かなかった。
そうしてべスピアを出てから2週間ほどが経ち、アリアネの人生最期の旅も終わりが近づいてきた――
「さて、嬢ちゃん。
ここからが気の引き締めどきだ。
盗賊が増えるから、奇襲に警戒して進むといい」
「そうなのか?
そろそろヘルベルト様の領地に差しかかる頃だと思うのだが。
噂では交易が盛んでずいぶんと豊からしい」
「だから危険が寄ってくる。
羽振りのいい商人が行き来してるってことだからな」
エディサマルの言うとおりだった。
護衛つきの隊商ではなく、たった2人だけの旅人というのが手軽に襲える相手に見えてしまうのかもしれない。
隻眼の女と大男という見るからに厄介そうなコンビであっても、人数さえ上回っていれば楽勝とばかりに、次から次へと襲いかかってくる。
「私が女だから悪いのか?
ここらへんの盗賊全員に狙われてるんじゃないかってくらい斬り捨てた気がするよ。
報奨金をもらいたいくらいだ」
「ヘルベルト辺境伯様なら、言えばくださるかもな。
俺ほどのモノは持ってないが、あいつもなかなかにでっかい男だ」
「もったいぶらずにいい加減教えてほしいんだが、お前はヘルベルト様とどういう――」
チッ、と舌打ちするアリアネ。
世間話をする暇もなく、覆面をした盗賊たちが姿をみせた。
(数は……クソッ、8人もいる。
ここにきて最大の窮地かもしれない)
アリアネ1人で3人程度なら普通に対処できるが、それ以上となると相手の練度しだいでは苦しくなる。
連携なしに個別に斬りかかってくる相手ならともかく、時間差で剣を振るような工夫をされると、いかに力量で圧倒していても無傷で切り抜けるのは難しいだろう。
さすがにいったん逃げるべきか――
そう思って辺りを窺っていると、8人の盗賊たちの背後から、さらにもうひとり姿を現した。
同じような覆面をしているが、明らかに雰囲気が他と異なる。
金持ちから奪ったであろう見事な白馬にまたがったそと男は、すらりと長い剣を抜き、強者特有の落ち着き払った動作でエディサマルのほうへと剣先を向けた。
一騎打ちをするつもりだ。
「嬢ちゃん、逃げろ!
俺のことは気にしなくていい!」
エディサマルはそう叫ぶと、これまで見せたことのない真剣な表情で相手を迎え撃った。
激しい剣戟。
今のところ他の8人が加勢する様子はないが、1体1でも、あのエディサマルが押されているようにみえる。
(逃げろだと?
仲間を置いてそんなことができるわけがない。
だがここは、逃げるふりをしてでも他の連中を引きつけなければ。
エディサマルが優勢になった瞬間、やつらが一気に襲いかかるつもりなのは火を見るより明らかだ)
アリアネはわざと大回りをして、8人全員の注目を集めてから駆け出した。
そのまま小高い丘の上まで走り、逃げるようなそぶりを見せながらエディサマルの戦況をつぶさに見守る。
(白馬の男は手数こそ多いが、一撃一撃の重さならエディサマルのほうに分がある。
落ち着いて弾いて、弾いて……よし、そこだ!)
エディサマルの渾身の一撃を、白馬の男は剣で受けた。
が、衝撃を逃しきれない。
弾けるように剣が上空を舞い、白馬の男は丸腰になった。
「エディサマル!
今だ、一気にやってしまえ!」
他全員を引きつけておいたことがここで生きる。
彼らがボスのピンチに気づいた時には、エディサマルは不敵な笑みを浮かべ、剣を持たない白馬の男を頭から真っ二つに叩き割ろうとしていた。
が、
覆面を被った頭に剣が当たる直前、彼は白馬から跳ね、エディサマルの馬の上へと飛び移った。
曲芸師のように器用に背中に回ると、ちょうどそこに、先ほど跳ね飛ばされた長剣が落ちてくる。
計算していたかのごとくそれを掴み取った男は、エディサマルの背中に取り付いたまま、喉笛を斬り裂くように剣を真横に引いた。
「エディサマルー!!」
巨体がどさりと馬から落ちる。
離れていてよく見えないが、間違いなく致命傷を負っているだろう。
「……嘘、だろ?」
ダージアのアリアネは動揺した。
百戦錬磨の隻眼の女剣士は、仲間と共闘したことがなかったからだ。
敵と認識した相手の死ならいくらでも見てきたが、さっきまで横にいて談笑していた者の死を目にするのは、それこそ両親が殺されたとき以来の経験だった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」
叫びながら丘を駆け降りた。
取り乱して剣を振るアリアネを、エディサマルから奪った馬にまたがった男は冷静にさばく。
剣筋は乱れているし、防御のことも頭にない。
剣を振るたびにガラ空きになるアリアネの胴体を男はあえて斬らず、彼女の息が上がるまで相手をすると、最後は剣を使うまでもないと言わんばかりに腹部に拳を叩き込んだ。
「ぐうっ……。
師匠……ごめんなさい……」
そう呟いて意識を失ったアリアネの右目からは、自らの無力さを嘆くように一筋の涙が流れ落ちた。
0
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄からの絆
岡崎 剛柔
恋愛
アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。
しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。
アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。
ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。
彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。
驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。
しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。
婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。
彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。
アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。
彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。
そして――。
伯爵令嬢の苦悩
夕鈴
恋愛
伯爵令嬢ライラの婚約者の趣味は婚約破棄だった。
婚約破棄してほしいと願う婚約者を宥めることが面倒になった。10回目の申し出のときに了承することにした。ただ二人の中で婚約破棄の認識の違いがあった・・・。
完 これが何か、お分かりになりますか?〜リスカ令嬢の華麗なる復讐劇〜
水鳥楓椛
恋愛
バージンロード、それは花嫁が通る美しき華道。
しかし、本日行われる王太子夫妻の結婚式は、どうやら少し異なっている様子。
「ジュリアンヌ・ネモフィエラ!王太子妃にあるまじき陰湿な女め!今この瞬間を以て、僕、いいや、王太子レアンドル・ハイリーの名に誓い、貴様との婚約を破棄する!!」
不穏な言葉から始まる結婚式の行き着く先は———?
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
【完結】冷酷な悪役令嬢の婚約破棄は終わらない
アイアイ
恋愛
華やかな舞踏会の喧騒が響く宮殿の大広間。その一角で、美しいドレスに身を包んだ少女が、冷ややかな笑みを浮かべていた。名はアリシア・ルミエール。彼女はこの国の公爵家の令嬢であり、社交界でも一際目立つ存在だった。
「また貴方ですか、アリシア様」
彼女の前に現れたのは、今宵の主役である王子、レオンハルト・アルベール。彼の瞳には、警戒の色が浮かんでいた。
「何かご用でしょうか?」
アリシアは優雅に頭を下げながらも、心の中で嘲笑っていた。自分が悪役令嬢としてこの場にいる理由は、まさにここから始まるのだ。
「レオンハルト王子、今夜は私とのダンスをお断りになるつもりですか?」
処刑される未来をなんとか回避したい公爵令嬢と、その公爵令嬢を絶対に処刑したい男爵令嬢のお話
真理亜
恋愛
公爵令嬢のイライザには夢という形で未来を予知する能力があった。その夢の中でイライザは冤罪を着せられ処刑されてしまう。そんな未来を絶対に回避したいイライザは、予知能力を使って未来を変えようと奮闘する。それに対して、男爵令嬢であるエミリアは絶対にイライザを処刑しようと画策する。実は彼女にも譲れない理由があって...
【完結】クラーク伯爵令嬢は、卒業パーティーで婚約破棄されるらしい
根古川ゆい
恋愛
自分の婚約破棄が噂になるなんて。
幼い頃から大好きな婚約者マシューを信じたいけれど、素直に信じる事もできないリナティエラは、覚悟を決めてパーティー会場に向かいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる