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10 白馬の盗賊

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 旅の仲間としてのエディサマルは、最初の印象とは裏腹に、驚くほど優秀だった。
 道案内として頼りになるだけでなく、野盗に襲われた際には抜群の働きをみせてくれる。
 さらに、退屈な道中の話し相手として話題も豊富なのだから、警戒心の強いアリアネであっても、いつしかすっかり打ち解けて長旅を楽しんでいた。

 心配だった酒癖と女癖の悪さに関しても、旅のあいだは嗜む程度になりを潜めている。
 夜のキャンプ時にはいくらか酒を飲んでいるものの、アリアネの寝込みを襲うようなことは一切なく、交代での見張りもサボらずにこなしてくれているようだった。
 会話の端々に品のないジョークを紛れ込ませるのが玉に瑕ではあったが、アリアネはその種の言葉にとても疎いため、幸いなことにほとんど耳に届かなかった。

 そうしてべスピアを出てから2週間ほどが経ち、アリアネの人生最期の旅も終わりが近づいてきた――

「さて、嬢ちゃん。
 ここからが気の引き締めどきだ。
 盗賊が増えるから、奇襲に警戒して進むといい」
「そうなのか?
 そろそろヘルベルト様の領地に差しかかる頃だと思うのだが。
 噂では交易が盛んでずいぶんと豊からしい」
「だから危険が寄ってくる。
 羽振りのいい商人が行き来してるってことだからな」

 エディサマルの言うとおりだった。
 護衛つきの隊商ではなく、たった2人だけの旅人というのが手軽に襲える相手に見えてしまうのかもしれない。
 隻眼の女と大男という見るからに厄介そうなコンビであっても、人数さえ上回っていれば楽勝とばかりに、次から次へと襲いかかってくる。

「私が女だから悪いのか?
 ここらへんの盗賊全員に狙われてるんじゃないかってくらい斬り捨てた気がするよ。
 報奨金をもらいたいくらいだ」
「ヘルベルト辺境伯様なら、言えばくださるかもな。
 俺ほどのモノは持ってないが、あいつもなかなかにでっかい男だ」
「もったいぶらずにいい加減教えてほしいんだが、お前はヘルベルト様とどういう――」

 チッ、と舌打ちするアリアネ。
 世間話をする暇もなく、覆面をした盗賊たちが姿をみせた。

(数は……クソッ、8人もいる。
 ここにきて最大の窮地かもしれない)

 アリアネ1人で3人程度なら普通に対処できるが、それ以上となると相手の練度しだいでは苦しくなる。
 連携なしに個別に斬りかかってくる相手ならともかく、時間差で剣を振るような工夫をされると、いかに力量で圧倒していても無傷で切り抜けるのは難しいだろう。

 さすがにいったん逃げるべきか――
 そう思って辺りを窺っていると、8人の盗賊たちの背後から、さらにもうひとり姿を現した。

 同じような覆面をしているが、明らかに雰囲気が他と異なる。
 金持ちから奪ったであろう見事な白馬にまたがったそと男は、すらりと長い剣を抜き、強者特有の落ち着き払った動作でエディサマルのほうへと剣先を向けた。
 一騎打ちをするつもりだ。

「嬢ちゃん、逃げろ!
 俺のことは気にしなくていい!」

 エディサマルはそう叫ぶと、これまで見せたことのない真剣な表情で相手を迎え撃った。
 激しい剣戟。
 今のところ他の8人が加勢する様子はないが、1体1でも、あのエディサマルが押されているようにみえる。

(逃げろだと?
 仲間を置いてそんなことができるわけがない。
 だがここは、逃げるふりをしてでも他の連中を引きつけなければ。
 エディサマルが優勢になった瞬間、やつらが一気に襲いかかるつもりなのは火を見るより明らかだ)

 アリアネはわざと大回りをして、8人全員の注目を集めてから駆け出した。
 そのまま小高い丘の上まで走り、逃げるようなそぶりを見せながらエディサマルの戦況をつぶさに見守る。

(白馬の男は手数こそ多いが、一撃一撃の重さならエディサマルのほうに分がある。
 落ち着いて弾いて、弾いて……よし、そこだ!)

 エディサマルの渾身の一撃を、白馬の男は剣で受けた。
 が、衝撃を逃しきれない。
 弾けるように剣が上空を舞い、白馬の男は丸腰になった。

「エディサマル!
 今だ、一気にやってしまえ!」

 他全員を引きつけておいたことがここで生きる。
 彼らがボスのピンチに気づいた時には、エディサマルは不敵な笑みを浮かべ、剣を持たない白馬の男を頭から真っ二つに叩き割ろうとしていた。

 が、

 覆面を被った頭に剣が当たる直前、彼は白馬から跳ね、エディサマルの馬の上へと飛び移った。
 曲芸師のように器用に背中に回ると、ちょうどそこに、先ほど跳ね飛ばされた長剣が落ちてくる。
 計算していたかのごとくそれを掴み取った男は、エディサマルの背中に取り付いたまま、喉笛を斬り裂くように剣を真横に引いた。

「エディサマルー!!」

 巨体がどさりと馬から落ちる。
 離れていてよく見えないが、間違いなく致命傷を負っているだろう。

「……嘘、だろ?」

 ダージアのアリアネは動揺した。
 百戦錬磨の隻眼の女剣士は、仲間と共闘したことがなかったからだ。
 敵と認識した相手の死ならいくらでも見てきたが、さっきまで横にいて談笑していた者の死を目にするのは、それこそ両親が殺されたとき以来の経験だった。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」

 叫びながら丘を駆け降りた。
 取り乱して剣を振るアリアネを、エディサマルから奪った馬にまたがった男は冷静にさばく。
 剣筋は乱れているし、防御のことも頭にない。
 剣を振るたびにガラ空きになるアリアネの胴体を男はあえて斬らず、彼女の息が上がるまで相手をすると、最後は剣を使うまでもないと言わんばかりに腹部に拳を叩き込んだ。

「ぐうっ……。
 師匠……ごめんなさい……」

 そう呟いて意識を失ったアリアネの右目からは、自らの無力さを嘆くように一筋の涙が流れ落ちた。




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