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04 村の化け物
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数日が経過し、アリアネはベスピア領に辿り着いた。
わざわざ寄り道して立ち寄ったというのに、彼女はまるで偶然足を踏み入れたといった様子で、広大な農地を抜けた先の村へと馬を進めた。
「どう、どう。
……そうか、テローも今日はもう疲れたか。
すこし早いが、この村で休むとしよう」
馬はまだ元気だといわんばかりに足踏みしてみせたが、アリアネは意に介さず地面に降りる。
「ん? 村人たちが騒いでいる。
喧嘩でもしているのか?」
宿屋の近くにテローを繋ぐと、アリアネは揉め事の中心となっている村の広場のほうへと近づいた。
一人の老人を囲んで、若い村人が口々に意見を言い合っているようだ。
「俺はもう我慢ならねえ。
あの化け物にニワトリを食われたこともあるんだ。
とっとと退治してくれよ、村長さん」
「そうだそうだ!
前にうちの息子も怖い目にあった。
いつ人間を食うか分かったもんじゃない」
「話して分かる相手じゃないよ。
あれはどこからどう見ても化け物なんだから」
どうやらモンスターの被害について話しているらしい。
剣でどうにかなることなら、きっと力になれる。
この村で問題を解決してみせればエディサマルの耳にも届くだろうから、8年間の修行の成果を知ってもらうにはまさにうってつけだ。
あいにくとダージアのほうでは強力なモンスターに遭遇することはなかったが、アリアネは、村長と呼ばれている老人に向かって歴戦の勇者のように声をかけた。
「ご老人。
何かお困りだろうか?
モンスター討伐なら得意としているが」
「モンスター……?
ああ、いや、まあ、それはそうなのじゃが」
何やらモゴモゴしている。
女だからと甘く見られているのであれば心外だ。
「悪いな、申し遅れた。
私はダージアのアリアネという。
名前より、この傷のほうが知られているかもしれない」
村人の数人が、アリアネの左目をみて「隻眼の女剣士か!」と反応した。
幸い、この地にまで噂は伝わっているらしい。
(エディサマルも知っているだろうか?
あの時の少女が成長したと分かったら、喜んでくれるだろうか?)
これはもう、何がなんでも退治しなければ。
アリアネは村長のそばまで行き、「報酬は言い値で構わない」と耳打ちした。
よそ者の剣士に依頼する時には、往々にして高額の報酬をふっかけられたりするものだ。
「ああ、はい、それは助かります。
じゃが、しかし……」
「まだ何かご不安なことが?」
渋り続ける老人に手こずっていると、やや離れて見ていた中年の村人が、「村長、もうしかたないよ」と声をかけてきた。
「あいつは一線を越えちまった。
これまでみたいに温情をかけてやるのは、逆にあいつのためにならねえ。
殴られたのがエディサマルじゃなかったら、今ごろ死人が出てるところだ」
「エディ……!?」
思わず叫んでしまった。
村人全員の注目を浴びることになったアリアネは、「失礼」と咳払いをしてさりげなく近くの切り株に腰かけた。
立っていると足が震えそうだ。
「エディサマルというのは、噂に名高いあのベスピアのエディサマルのことか?
彼はその……無事なのだろうか?
同じ剣士として、無事を願わずにはいられない」
青ざめた顔で問いかけるアリアネに、村長は「剣士さんたちにも仲間意識があるんじゃな」と感心しながら、エディサマルの容体を説明してくれた。
モンスターに殴られた彼は壁を突き破るほどの勢いで吹っ飛ばされたというが、骨折と脳震とうだけで済んだそうだ。
今は自分の屋敷で療養しているらしい。
「エディサマルほどの猛者が敗れるとなると、私も心してかからないといけない。
そのモンスターは上位魔族か何かだろうか?
できるだけ情報をくれ」
「トロールですじゃ」
トロール最上位種、トロール・デスジャ。
そんなものはいない。
「エディサマルが……ただのトロールに負けただと?」
わざわざ寄り道して立ち寄ったというのに、彼女はまるで偶然足を踏み入れたといった様子で、広大な農地を抜けた先の村へと馬を進めた。
「どう、どう。
……そうか、テローも今日はもう疲れたか。
すこし早いが、この村で休むとしよう」
馬はまだ元気だといわんばかりに足踏みしてみせたが、アリアネは意に介さず地面に降りる。
「ん? 村人たちが騒いでいる。
喧嘩でもしているのか?」
宿屋の近くにテローを繋ぐと、アリアネは揉め事の中心となっている村の広場のほうへと近づいた。
一人の老人を囲んで、若い村人が口々に意見を言い合っているようだ。
「俺はもう我慢ならねえ。
あの化け物にニワトリを食われたこともあるんだ。
とっとと退治してくれよ、村長さん」
「そうだそうだ!
前にうちの息子も怖い目にあった。
いつ人間を食うか分かったもんじゃない」
「話して分かる相手じゃないよ。
あれはどこからどう見ても化け物なんだから」
どうやらモンスターの被害について話しているらしい。
剣でどうにかなることなら、きっと力になれる。
この村で問題を解決してみせればエディサマルの耳にも届くだろうから、8年間の修行の成果を知ってもらうにはまさにうってつけだ。
あいにくとダージアのほうでは強力なモンスターに遭遇することはなかったが、アリアネは、村長と呼ばれている老人に向かって歴戦の勇者のように声をかけた。
「ご老人。
何かお困りだろうか?
モンスター討伐なら得意としているが」
「モンスター……?
ああ、いや、まあ、それはそうなのじゃが」
何やらモゴモゴしている。
女だからと甘く見られているのであれば心外だ。
「悪いな、申し遅れた。
私はダージアのアリアネという。
名前より、この傷のほうが知られているかもしれない」
村人の数人が、アリアネの左目をみて「隻眼の女剣士か!」と反応した。
幸い、この地にまで噂は伝わっているらしい。
(エディサマルも知っているだろうか?
あの時の少女が成長したと分かったら、喜んでくれるだろうか?)
これはもう、何がなんでも退治しなければ。
アリアネは村長のそばまで行き、「報酬は言い値で構わない」と耳打ちした。
よそ者の剣士に依頼する時には、往々にして高額の報酬をふっかけられたりするものだ。
「ああ、はい、それは助かります。
じゃが、しかし……」
「まだ何かご不安なことが?」
渋り続ける老人に手こずっていると、やや離れて見ていた中年の村人が、「村長、もうしかたないよ」と声をかけてきた。
「あいつは一線を越えちまった。
これまでみたいに温情をかけてやるのは、逆にあいつのためにならねえ。
殴られたのがエディサマルじゃなかったら、今ごろ死人が出てるところだ」
「エディ……!?」
思わず叫んでしまった。
村人全員の注目を浴びることになったアリアネは、「失礼」と咳払いをしてさりげなく近くの切り株に腰かけた。
立っていると足が震えそうだ。
「エディサマルというのは、噂に名高いあのベスピアのエディサマルのことか?
彼はその……無事なのだろうか?
同じ剣士として、無事を願わずにはいられない」
青ざめた顔で問いかけるアリアネに、村長は「剣士さんたちにも仲間意識があるんじゃな」と感心しながら、エディサマルの容体を説明してくれた。
モンスターに殴られた彼は壁を突き破るほどの勢いで吹っ飛ばされたというが、骨折と脳震とうだけで済んだそうだ。
今は自分の屋敷で療養しているらしい。
「エディサマルほどの猛者が敗れるとなると、私も心してかからないといけない。
そのモンスターは上位魔族か何かだろうか?
できるだけ情報をくれ」
「トロールですじゃ」
トロール最上位種、トロール・デスジャ。
そんなものはいない。
「エディサマルが……ただのトロールに負けただと?」
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