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01 浮かない誕生日

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 とうとう16歳になってしまった。
 自室のベッドで独り目を覚ましたアリアネは、まずそれを強く自覚して、深いため息をついた。

 最初に人を殺したのが8歳の時なので、彼女の人生は見事に二分されている。
 両親に抱かれて暮らした8年間と、剣を抱いて暮らした8年間。
 剣に自我があれば、アリアネを慕ってくれていてもいいくらいの年月かもしれない。

「まあ、剣なんて消耗品だ。これだって先月新調したばかりだしな」

 16歳になったばかりの女性とは思えない老成した口調でそんな独り言をいいながら、アリアネは身支度を整えて腰に剣を下げた。

 身支度といっても、ただ服を着替えただけ。
 髪をすいてくれるような侍女も、もうこの屋敷には存在しない。

 ちらりと鏡に目をやると、やわらかな金髪を男のような雑な手つきでかき上げている自分と目が合った。
 鏡に対して斜めに立っているので、右半身が映っている。
 こちら側だけなら、まあ悪くない。
 記憶の中の美しい母と、たぶん自分は似ている。

 だが――

 正面から鏡を見据えて、アリアネは自嘲した。
 そこにいるのは母とはまるで違う、薄汚れた女剣士。

 左目を失った時の傷は、顔の印象を180度変えてしまうほどに醜い。
 深く長く、縦に刻まれている。
 半分だけ見ると美しかった顔も、もう半分が醜いだけで、こうも醜悪になろうとは。

 まるで自分の人生のようだ、とアリアネは思った。
 輝かしい8年間の思い出を塗りつぶしてしまうほどに、それから8年間の血の記憶は暗く禍々しいものだった。

 両親が物盗りに目の前で殺された時、令嬢としてのアリアネは死んだ。
 ついでのように顔を斬られた彼女の恐怖の叫び声が、女剣士アリアネの産声だったのだろう。

「お嬢様、食事ができております」

 扉がノックされ、背の低い老人が入ってきた。
 ドワーフの血でも混じっているのではないかと疑うほど小柄で鼻が大きいが、これでもれっきとした人間族だというのだから驚きだ。

「またそんな怖い顔で笑いなすって。
 16歳のレディになられたのですから、もっとおしとやかになさいませんと」
「くだらない冗談をいうな」

 アリアネがにらんでみせると、執事のいない屋敷で執事長を名乗っているその変わり者の老人は、キシシシシという品のない含み笑いをした。
 老人の名はベンという。
 元々は執事の中でも一番の下っ端だったのだが、主を失って屋敷が没落すると、他の執事や侍女たちが次々と辞めていったことで繰り上がりに繰り上がりを重ね、結果、自称・執事長となった。

 猫の額ほどの広さながらも領地を維持できているのは彼が雑務を担当してくれているおかげなので、アリアネも強くは当たれない。
 最初の数年は屋敷を乗っ取る気でいるのではないかと疑ったものだが、どうやら本気でアリアネの両親への忠義を果たしているらしいのだから、人は見た目によらないというものだ。

「まったくの冗談というわけでもないんですがね。
 心根の美しさはあっしが存じておりますし、お嬢様は結婚の相手も決まっている立派なレディでさ」
「ちっ」

 いやらしい顔で笑っている老人を押しのけて、アリアネは食堂へと向かった。
 あの様子では、今朝もまた返事はきていないらしい。

(結婚……。この私が結婚だと?)

 ヘルベルトはどうして返事をよこさないのだろう。
 あんなに露悪的な書簡を毎月送りつけているというのに。

 いかに顔の傷が醜いか。
 今月は何人の男と戦い、いくつ墓標を立てたか。

 たとえヘルベルトが牛のように鈍感な人間だったとしても、さすがに4年もそんなことを聞かされ続ければ、喜んで婚約破棄を言い渡してくるはずだった。

(どうして婚約破棄してくれない……?)

 破棄されないまま16歳となり、アリアネは約束を守らなければならなくなった。
 許嫁であるヘルベルト辺境伯のもとへ嫁ぐという約束を。
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