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ルイザ編

06 馬車のなか

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 ルイザは馬車に揺られていた。
 ムーニーに「寄付」させた豪奢な馬車で、ティンズリー家の結婚式へと向かっているのだ。

「はあ……教会を離れると身体が軽くなるわ。
 自分が仕事で呼ばれたときの移動時間だけが安らぎだなんて、アタシって働きすぎじゃない?
 ねえ、ムーニー。
 狐顔で狸寝入りはやめなさい」

 向かいの席で目を閉じていたムーニーが、「本当にうとうとしていたんだが」と文句を言いながら座り直す。

「まあ仕方ないさ。
 教会の仕組みをがらりと変えちまったんだから。
 いままで儀式に駆り出されたことのない若い子たちにまで、きみは仕事を与えることにしたんだ。
 どうしたって教育は大変になるうえ、教える側の聖女は数が少ない」
「それはそうだけど。
 愚痴くらいは言わせなさいよ」
「はいはい」

 ルイザが変えた仕組みとは、各地の儀式に派遣する聖女のランク付けだ。
 これまでは多額の寄付が必要な代わりに、ほとんどの儀式にルイザが派遣されていた。
 それを、少額の寄付で呼べる聖女もいることをムーニーに広めてもらい、本来であれば未熟とされていた聖女たちにも派遣の要請がくるようになった。

 まるで聖女を値札のついた商品のように扱う罰当たりな話だが、そもそもこれには、教会に神聖な儀式を頼むにあたって支払う寄付金が、年々高騰しつづけていたという背景がある。
 教会は対価を求めないのが原則なのに、トップの聖女を呼ぶことが領主間での権力の誇示に利用されるようになり、自然と寄付金を払うことが慣例になっていたのだ。

 いつのまにか、儀式に聖女を呼ぶというのは、高い寄付金を払える者だけの特権のようになっていた。

 ルイザは、この一極集中の仕組みが教会の聖女たちを腐らせているとつねづね考えていた。
 アイーシャのことではないが、末端の聖女たちには儀式の機会がまるで訪れないため、場数も踏めなければ鍛錬の意義も見出せなくなってしまう。
 経験が積めないことで、さらに上との差が広がる。
 なにもかもが悪い方向へと傾く原因となっていた。

 そこで、ランク付けだ。
 トップの聖女に安い寄付金を払うのには抵抗があっても、誰でもいいから予算に合った聖女を呼びたいという需要は意外なほど多かった。
 本当は大きな祭り以外にも、建物の竣工などのこまごまとしたタイミングで儀式をしたいという領主があちこちにいて、そういう者たちがムーニーの話に食いついてくれたのだ。

 ただまあ、いかに安価といえど、儀式は儀式である。
 派遣された若い聖女たちが滞りなくおこなえるようにするには、経験豊富なルイザの指導が不可欠だった。
 後輩たちも自分が必要とされるようになったことでやる気に満ちあふれており、教会のなかでは、まるで舞台役者の稽古のように、来る日も来る日も儀式の実践練習が繰り返されることとなった。

「ほら、この膝を見てみなさいよ。
 祈るときには必ず膝をつくから、何度も教えるうちにあざができちゃって。
 もう、『立って祈るのがこれからの正式』って宣言したいくらい。
 アタシが言えばきっと許されるでしょう?」
「どうかな、際どいところだろう。
 なんせ、ユーナが膝をついて祈ってたんだ。
 あの姿が目に焼き付いている者がいるかぎり、そこを変えるのは難しいかもしれない」
「まじめに返答しないで。
 こういうときは、アタシを立てるのがあんたの役目でしょうが」

 ルイザに睨みつけられ、ムーニーは苦笑しながら「その膝は勲章だよ」と彼女を褒めた。

 彼は彼で、最近はとても忙しくしている。
 聖女の派遣が増えたことで、領地間の人の交流も自然と増えてきた。
 合わせて物流も活発になり、商人である彼は毎日が商機のような暮らしを送っている。

 今日だって、テオ・ティンズリーと商談をするというのが、ルイザの馬車に彼を同乗させた理由だ。
 けっして、ティンズリー邸で働いているというユーナやクロードを驚かせたかったわけではない。

「……まあ、驚くのはあっちの勝手だけど」
「なんのことだい?」
「ううん、独り言よ。
 ユーナってあそこでメイドをしているんでしょう?
 式のあとはそのまま泊まることになっているから、せいぜい顎で使ってやるわ。
 心のままに生きないと、加護の力が弱まっちゃいそうだし」
「ひどい聖女もいたもんだよ」

 高笑いするルイザと呆れるムーニーを乗せて、馬車はティンズリー領へと軽やかに走っていった。
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