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クロード編

07 チェルシー襲来

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 ユーナと直接話したことで、クロードだけでなく、エリクも彼女についての噂話を否定する側に回ってくれるようになった。
 曰く、「こそこそ密会する子があんな晴れやかな顔なんてしない」らしい。

 まあ実際のところは、ガヴァルダ屋敷での昔話を聞いて、どうやらクロードの恋を応援してくれているようだった。
 はっきりとそう言ってくれないあたりが、聖女ユーナのファンだったエリクの複雑な心境を表している。

 だが、彼らふたりが否定したところで、ユーナの噂は収束してくれなかった。
 それどころか日を追うごとに噂はセンセーショナルになり、いつしかユーナは、テオの情婦のような目で見られるようになっていた。

「ったく、あれ絶対やっかみだぜ。
 テオ様に惚れてるほかのメイドが、ありもしない目撃談を流しはじめてる」

 クロードが仕事を終えて部屋に戻ると、エリクが椅子にふんぞり返って憤慨していた。
 屋敷のなかにいる彼には、いろいろと腹立たしい話が聞こえてくるらしい。

「ありもしない目撃談?」
「いやもう、話したくないくらいひどいんだ。
 半裸でテオ様の部屋から出てきたとか、普通に考えてありえないし、荒唐無稽にもほどがある。
 なかにはベッドでのふたりの詳細なんかもあったりするんだから、もう完全に創作じゃないか。
 信じるほうも信じるほうだ」
「面白がってる連中がいるんだろう。
 信憑性なんてどうでもいいんだ。
 ただ騒ぎたくて騒いでいる、取るに足らない人たちだよ」

 おそらくユーナも同じように考えて、いちいち否定してまわるようなことはないのだろう。
 気高い彼女らしいとクロードは思った。
 だが、さすがにここまで話が膨らんでしまうと、噂がひとり歩きしかねない。
 なにか悪いことが起こるような気がして不安だった。

 そして、一ヶ月ほど経ったある日――
 クロードの懸念が的中した。

「テオ・ティンズリー!
 あなたいったい、どういうつもりなのかしら?」

 屋敷の玄関ホールに入るやいなや、その女性は大きな声で館の主を責め立てた。
 休日の昼間という、クロードも含めた多くの者が昼食を終え、自由に過ごしている時間帯だ。
 十人以上がそこいらで会話をしていたが、みんな何事かと思い、話をやめて注目している。

 女性を出迎えに出てきていたテオは、彼女のあまりの剣幕に驚きながらも、落ち着き払った声でなだめた。

「チェルシー、使用人のまえであまり騒がないほうがいい。
 きみのお父上の名誉にかかわりかねない。
 いいかい、深呼吸するんだ」
「いいえ、しないわ。
 名誉のことを言うなら、わたくしの名誉を傷つけたのはあなたのほうじゃないの。
 婚約者を馬鹿にしているわけ?」

 婚約者。
 その言葉に、野次馬たちがざわついた。
 誰もテオが婚約していることを知らなかったのだ。

 クロードも、もちろん知らない。
 婚約者を名乗るこのチェルシーという金髪の女性が、どこの令嬢なのかすらまったくわからなかった。

 そんな周囲の視線に気づいたのだろう。
 チェルシーはテオにではなく、みんなに向けて説明を始めた。

「わたくしは、運河の向こうにあるハーダウェイ家のひとり娘のチェルシーよ。
 テオと婚約したのは三年前。
 一人前の領主になってから結婚してほしいと言われたから、それを信じて待っていたの」

 なるほど、とクロードは思った。
 ハーダウェイ伯爵といえば、肥沃な土地を武器に交易をおこなっているそこそこの規模をもつ領主だ。
 大領主であるティンズリー家と婚姻を結ぶことは、農作物を備蓄したいティンズリー側にも、大きな後ろ盾がほしいハーダウェイ側にも利益のある、効果的な政略結婚と言えるだろう。
 誰も婚約を知らなかったのは、それが交易の一環で結ばれた内約だったこともあるが、なによりテオが自身のことを大っぴらに吹聴する性格ではなかったからに違いない。

 それにしても、玄関ホールで野次馬に向かって自己紹介とは、相当に勝ち気な女性である。
 クロードからすこし離れたところにいるエリクが、「すげえな」と呟いたのが口の動きでわかった。

 テオのほうは、そんな彼女に慣れているのか、やれやれとばかりに首を振って優しく諭す。

「なにに怒っているのか知らないが、使用人たちに聞かせる話ではないだろう?
 ここに来るなら、言ってくれれば関所まで出迎えたのに。
 いい子だから私の部屋へ行こう」
「もうっ、わたくしを子ども扱いしないで!
 あなたとはふたつしか違わないのよ?」
「ああすまない。
 大切な婚約者だと思うと、つい保護者の気持ちになってしまって。
 さあレディ、あちらへ」

 優しい声に乗せられ、テオの差し出した手に思わず触れたチェルシーだったが、すぐにハッとなる。
 手を振り払って彼に言った。

「大切な婚約者?
 よくも抜け抜けとそんなことが言えるわね」
「……どういう意味だ?
 私はきみをないがしろにしたことはない。
 手紙だって毎週送っているはずだ」
「ええ、あなたはとてもまめな、色男だわ。
 騙されるところだった。
 仕事でこの屋敷を訪れたわたくしの家の者から、ここで広まっている噂話を聞いたの」
「噂話?」

 テオは首をかしげたが、まわりで聞いている者たちにはこの後の展開が読めていた。
 この屋敷で持ちきりの噂話といえば、ひとつしかない。
 当事者のひとりであるテオは、雇い主という立場だからこそ、その噂話が耳に入らないようみんなから気をつけられていたらしい。

 チェルシーは怪訝な顔をしたテオの横にいる、美しいメイドを指さした。

「あなたがユーナとかいうメイドね?
 たしかに顔は良いけど、とんだ腹黒だわ。
 この泥棒猫!
 わたくしのテオと夜な夜ななにをしているのか、この場で言ってみなさい!」
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